表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
METAL HUMA  作者: NAO
チャプター1「カスケード」
13/40

EP#8「処刑」




 灰色の空。


 灰色の雲。


 色の無い山。


 風は石のように冷たい。


 幾度となく戦場となった灰色の山岳地帯は、焼けて灰となった人骨が降って成した光景である。


 一人死んで丘に積もり、一人死んで川に溶ける。

 空から棺桶の残骸が落ちては、灰色の石になる。

 

 どんな意思があろうと、どんな生があろうと、立ち所に風となって消える。

 葬儀場と違う点は、はじめに生きたまま棺桶に詰められる事だ。

 

 灰にならない為に、向かい合う相手を灰にする。

 棺桶の死体にならないように、代わりに誰かを死体にする。

  

 棺桶から這い出る事が叶った人間の姿に命はあるのか。


 ここは戦場、命の捨て場所。

 心の死に場所。


「アビィ、まだ削れるなよ、こいつらを片付けたらいよいよ殺し合いだ」

 ブラカウが駆るネメグドバーターは急上昇しながら旋回を加え、プレオンダクティルスの上空背後を取った。敵は追って応射するも、その狙いはブラカウの機動を追い切れていない。


「……ロナを説得する為に何度も無線で謝罪と弁解の限りを尽くしたけど、何も応答がない……そりゃ当たり前だけど、僕らは到底許されない事をしたけど、どうにか、何かいい方法がある筈だ、身内同士で殺し合いなんてお終いだ」

 アビィはブラカウを追う敵に向かって切り込んで急接近し、両腕に生成した散弾武装であるレクシャと尾部のレシーバーを併せ、三点斉射を放ちプレオンダクティルスのシールド諸共、原型無きまで粉々にした。


 三角形を連ね合わせたシルエットをしたレクシャの先端は赤熱している。


 バラバラに砕けて火花を散らす破片の中に、人体の一部が見え隠れした。


「お前ら、自分の女をぼろ雑巾にして殺した連中を許す男が存在すると思うか? 潔く正面を切れよ」

 無線の向こうから隊長の声が遮った、ダンフェイゲンは遥か背後で高みの見物を決め込んでいる。


 隊長の言葉は続いた。

「ロナはとっくに自分の持ち分を捌いたぞ、おいディコン早くしねぇと腿の出血で先にお陀仏じゃないのか? モタモタしてんじゃねぇよ」

  

 無線からはディコン副隊長の苦しい息遣いが漏れている、識別線を越えてやってきた四体の内最後の一体を追い詰めようと牽制機動を繰り返しているが、銃創による出血の影響もあってか駆体へのパワー入力に難儀し、それ故に効果的に戦えていないのは明らかだった。


 ブラカウはディコンのカバーに入る前に、ロナが駆るハーストイーグルの位置を確かめようと辺りを注意深く見回したが、ロナはコントロールスピアをアグレッシヴからパッシヴに差し変えているのか、視覚認識の内どこにもそれらしい影は捉えられない。


 であれば派手な移動はしていないと思われるが、同時にそう近くにはいない事を意味する。これは既に有利な位置を取られている可能性が高い。

 

 今追っている最後の一体をやれば、十中八九その瞬間から殺し合いが始まるのである。


 ディコン副隊長は敵のプテロダウストロを追い切る事が出来ないまま時間を浪費していた、やがて彼の機動と体力は見破られ、敵は尾部の大型レシーバーを振るい、その先端には湖の反射のように光が明滅し烈弾が放たれようとした瞬間、アビィが上空から急降下しプテロダウストロへ垂直から体当たりを食らわせた。


 空中接触の中、アビィの駆体が手にするレクシャの散弾は数回放たれ、プテロダウストロの尾部と両腕のインターフェースを吹き飛ばし、片側の脚部を引きちぎった。


 ほぼ激突に近い速度で地上の河川に突っ込んだ、爆弾でも炸裂したかのような土と水飛沫が辺りに舞い、土煙が風に流された先には、アビィが駆るネメグドバーターの右腕が、手足を失いダルマと化したプテロダウストロの胴体を高く掲げていた。


 内部にいるドライバーの様子は推し量れない。

 視覚認識ではある程度活発なオレンジの輝点でシルエットが見えている為、息こそはあるようだ。


「ロナ、聞こえるか、僕らは何も知らなかった、君の女だったなんて知らなかったんだ、許されない事をしたのは理解している、でもこのまま殺し合うのは間違ってる」


 ロナが無線を開いているかどうかすら不明瞭ではあるが、聞いてはいるだろうという望みにかけ説得を続けた。


 無線の向こうからはダンフェイゲン隊長のせせら笑いだけが聞こえる。


 山の静けさが辺りを包み、ネメグドバーターの足先は川底に着いていた。


 戦闘機動直後の高温に達する駆体に触れる川水は蒸気となり、それはのろしのように高く昇っていた。


 アビィは一向に応答の無い無線機を見つめ、いよいよ腹を括るしかないと考えがよぎった直後だった「アビィ避けろ!」とブラカウの声が響く。


 視線を向けた先の光に目が眩む。


 一条の烈線がネメグドバーターの側面から中央を一気に貫いた、雷光のごとく輝く超高温の光線は駆体周囲の水流を一瞬にして沸点へ到達させ、アビィの肉体を胴体部分ごと蒸発させた。


 ブラカウはハーストイーグルの位置はどこかと、発射点を注意深く索敵した。

 山間の向こう、雲の影、山脈の稜線。


 どこにも見つからない。


 見えない駆体等、存在しえるのか。


 焦りがブラカウを支配した。


 五キロほど向こうだろうか、ブラカウの視覚認識には上昇する駆体が見えた、ディコン副隊長だろう。


「ディコン副隊長! 高度を上げて合流する! アビィを狙った攻撃は水平に近い、パッシヴスピアのまま高度は稼げないなら先に上から見下ろせれば俺達からはただのマトだ!」

 

「了解、既に上昇をはじめている、二千まで上げるぞ……」


 ブラカウは向こうに見えているディコン副隊長と合流を目指し、追いつく為に上昇と併せ進路を接近へ取った。徐々に近づき、これからどう生き残るか思考を巡らせていた、多対一での戦闘は各個撃破が基本である。この状況を始めから想定しているロナが合流を許すだろうか、おそらくその前に何等かのコンタクトがある筈だ。


 やがて違和感に気付いた、一体を追い回すのもままならなかったディコン副隊長の創傷であんな急上昇が出来るのだろうか。


 再度上下左右辺り一帯を見渡し、下方に目を向けると遅れて上昇しているネメグドバーターのシルエットがはっきりと見えた。


 見誤った。


 前方に見える雲を越えつつある輝点のシルエットはハーストイーグルであった、そいつは両腕に長物を生成していたために、ブラカウが真正面から見たそれはネメグドバーターのシルエットだと誤解してしまっていたのだった。


「ディコン副隊長! 助けてくれ!」


 既にハーストイーグルの射程内に入る間近、両腕の何かわからない長物をかまされる前に回避機動と同時に、自らの腕にあるインターフェースに武装カクサを生成した、細長い柄の先にヒレがついたこの長大な武器は斧等ではなく長距離誘導砲撃が可能なれっきとした射撃武装である。


 暗黒の中に映るハーストイーグルの輝点を狙い、渾身のパワー入力でカクサを三連発で放った、初速は上々であり弾道は確かに奴を狙っていたが、撃つのが遅かった。


 既に有用な射程から近付き過ぎてしまい、更なる加速をしたハーストイーグルは唸りのような駆動と共に何段もスラストを噴射させ弾道の旋回半径の内側へ内側へと食い込むように突き進み、前進のみで全てを躱しきった。


 最初、奴は両腕に長物を生成していた為に長距離からの撃ち合いを挑むものと勘違いをしていた、とうにハーストイーグルの両腕には武装など無く手ぶらであり、回避と接近一択の全力機動だ。


 ブラカウは急ぎカクサを霧散させ、近接武装の生成を開始したが遅すぎていた。


「ディコン副隊長! 応答してくれ!」


 ハーストイーグルの両腿にあるレシーバーから高速の烈弾が放たれ、武装生成に努めていたブラカウのネメグドバーターは回避をしきれず被弾。


 胴体に強烈な衝撃が走り、左側側面の手足をそれぞれ喪失した。

 ブラカウは被弾衝撃によってコックピットシェル内で頭部を強打しており、片目は流血が沁みて開かない。


 素早く持ち直さないと殺される。


 真っ暗闇のコックピットシェルの中、焦る手つきでコントロールスピアのグリップに指先が触れ、位置を確かめて強く握った、しかし力を込めても何も手応えが無い。


 何度握り直しても駆体を通す視覚認識が頭に入ってこない。手探りでグリップの向こうを辿るとコントロールスピアが電球の切れたフィラメントのように破断してしまっていた。


 今も駆体は上空から降下しているだろう、コックピット内はガクガクと振動が止まらない。急いでシート裏の交換用スピアを取り出し、赤く溶解し破断したスピアを抜き去って差し直した。


 すかさずグリップを握り直すと視覚認識が脳裏に現れ、これで墜落は免れて持ち直せると安堵したのも束の間、眼前に映るのはハーストイーグルが手を伸ばし、自らの駆体であるネメグドバーターの胴体を腕で鷲掴みにしていたのであった。


 奴は尾部の先端にあるレシーバーをサソリの尾のようにこちらに尖らせ、何か動こうものなら一瞬でトドメを刺すつもりなのは明白であった。


 手立てがもうない事を悟り、ブラカウの肩から力が抜けた。


 コックピット内の振動は高まり、やがて船体の軋みのような不協和音が四方八方から響いてきた、シェルの側面に亀裂が走り、軋みの間隔は徐々に激しさを増した。


「ちくしょう、やめてくれ、やめてくれぇ……」

 崩壊とともに狭くなるシェルの中で、シートの真ん中で膝を抱えて情けなく耐えるしかなかった。


 目の前にいるハーストイーグルの頭部に浮かぶ赤々とした四ツ目は、語る言葉など無いと睨むようであった。


 ついに駆体との視覚認識が途切れ、ブラカウは暗黒に引き戻された。


 ハーストイーグルは空中でネメグドバーターの胴体に手を突っ込んでコックピットシェルを握りこんでいた、一度シャットダウンした駆体が内部でスピア交換後に単眼を光らせリブートしたが、握りを強めるとその光は失われた。


 もうこれ以上何も変化が無い事を知ると、握りこむインターフェースの指先には急激に何百トンものパワーが加わえられ、シェルを文字通り卵の如く握り潰した。


 腕先からずるりと半壊したネメグドバーターが抜け落ち、駆体の指先にはヘドロのようなひき肉が絡まり付いている、ハーストイーグルは旋回の後に加速をはじめ、駆体の表層防護膜を再生成すると指先のヘドロは瞬く間に焦げて蒸発した。


 駆体に迸るパワーに構造体は嘶きを轟かせ、次の獲物へと向かった。



 山間の先、ディコン副隊長の駆るたった一体のネメグドバーターは谷底で静止したままだった。


 ブラカウと共に上昇して上空でロナを迎え討つつもりであったが、撃たれた腿の出血は止まらず、ついに駆体へパワーも供給できずに上昇を諦め、なんとか墜落にならない程度に着地するのが関の山であったのだ。


 もうグリップを握り駆体を通した視覚認識で周囲を警戒するのもままならず、真っ暗闇の棺桶の中、ただ一人悶えていた。


「くそっ、くそっ、血が止まらねぇ……」

 ディコンのドライバースーツにはぬらぬらと血が溢れ、シートはスポンジのように血液をじゃぶじゃぶと含み、コックピットシェルの底部には血だまりが出来ている。


 腿に負った銃創を止血する為にスーツの袖をちぎり、足の付け根にどれだけ強く巻いても滴りは止まらない、何度締め上げても止まらない。

 より強く圧迫する為に、一層力を込めて布切れを縛ると、それは虚しく千切れてしまった。


 圧迫を失った腿に開いた真っ赤な穴から勢いよく血液が噴き出る。


 この在りようではもう戦闘どころではないのだ。


「止まれ、クソが……」

 顔から血色は失せ、眩暈の深さは増していき視界は霞む、今何に取り組んでいるのか、これから何をしなければいけないのか、何に狙われているのか。


 意識も碌にはっきりとはせず、涎を垂らして気付けば瞼を閉じては開いて、口元を拭って両足を叩いて気を取り直してもいつの間にか目を閉じていて、寝ぼけた年寄りのようにはっと顔を上げてしまう始末。


 アビィはどうなった。

 最後の無線はなんと言っていたか。


 ブラカウは今どこにいる。

 確か俺の助けを呼んでいた。


 ダンの野郎、俺達を巻き込みやがって畜生。

 ロナはどうなってる、今どこにいる、もうとっくにくたばったのか。


 何がなんだかもうわからねぇ。


 遠のく意識の中、最後にやった女の姿が浮かんだ。

 見下ろすのは叫びをあげて跳ねる女の背中。


 振り乱される長い髪に、掴んでも指が余る細い腕。


 くびれた腰に丸い尻。


 なめらかな白い肌、甘い声。


 あいつ、あんないい女を隠してやがった。

 許せねぇ。


 ちくしょういい女だった。


 股間に覚える粘膜の感触を思い出し、真っ赤に染まった手の平は震えながら股の間に向かった。


 あぁ、いい女だった。


 あぁ、またやり……


 谷底に耳をつんざく強烈な金切り音が響き渡った、それは間抜けに佇むネメグドバーターを銃槍マーヴェリックの鋭角な砲口が突き抜けたのだった。


 夢うつつであろうとハーストイーグルはレレイへの侮辱を許さなかった。駆体ど真ん中を貫いた銃槍の先端には、ドライバーの臓物が引っかかって垂れ下がっている。


 駆体上半身をゆっくりと回転させてマーヴェリックを獲物から引き抜くと、砲口に絡まる臓物を焼き飛ばすように一発を放ち、ハーストイーグルは最期の標的を葬るために土柱を上げて谷底を飛び立った。


 


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ