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METAL HUMA  作者: NAO
チャプター1「カスケード」
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EP#1「前線」

 挿絵(By みてみん)



 ――――人類史上、最も優れた兵器とは、人間である。



 1948年11月。


 暗闇の中。


 息遣いは深く、早い。


 棺桶の中で、酸素マスクの空気を腹を潰して吸い込む。


 生きる為に息をする。


 殺す為に息をする。


 息の根を止める為に。


 息の根を止められない為に。


 棺桶から生者として這い出る為に。


 灰色の山間、黒い巨影が音を置き去りにして稜線を掠め、押し退けられた空気は衝撃波となり山頂の砂を震わせた。音の主は、この山脈へ侵入する存在に向かって飛び去り、影は空の白みへ溶けて消えた。


 大気を切り裂き標的へと向かって連なる、航空機でも、戦車でも無い、その巨影には手足のような構造はあるが、人の骨格とはかけ離れている異質なシルエット、それらは編成を成し爆音を轟かせ高空を飛行している。


 境界線を越えて飛来した存在を地面へ叩き落す為に。


「識別応答無し、南のボギーをバンディットと判定、ウェポンフリー、片付けろ」


 前線警戒任務のアラート出撃、彼らは警報の度に何度も繰り返し飛び立つ、どれだけ返り討ちにしても人間の代え等いくらでもあるというのか、日々、昼夜問わず飽きもせず新たな命の銃弾達は、彼らが死守厳命を受けるこの山脈へ踏み込んでくる。


 彼らの隊では、今となっては識別が済んだ後にいちいち交戦規定の指示や会敵宣言等は無くなっている、本来なら必要なものであるが、あえて撃つなと言われない限り全て撃ち落とせという意味だ、儀式的となりつつある隊長からの指示は、これから始まる戦闘の前に無線の調子を予め確かめておくぐらいの意味合いに等しい。


 変わらないルールはひとつ、上がってからやる事は味方以外の存在を全て消すことである。


「ロナ、南のシングルはお前が対処しろ、見えているな」

「ラジャー」

 暗闇に浮かぶ電球色をした光点の数々は意識の集中と共に寄って、集まり、それは遥か向こうから接近する敵のシルエットを模した、彼らドライバーは周囲を目で見てはいない、瞼の裏のように脳裏に映るそれは、駆体を通して肉体で認識している。


 街燈に集る羽虫に似た無秩序な輝点が脳内一面に広がり、意識の集中に従って得た情報を象る。山も、雲も、空も、地面も、人も全て暗黒に浮かぶ輝点の集まりだ。


「ブラカウとディコンは東のグループをやれ」

 カスケード隊、ダンフェイゲン隊長の無線は指示を続けている。


「アビィ、ロナのバックアップにつけ」

「ラジャー、ヘディングレフトターン」


「ロナ、アビィとトレインを組め」

「……ラジャー」

 今日のところはそいつの手は借りないだろう、ロナはそう言いたいのか隊長からの指示には生返事だ。何故ならこれから起こりうる状況の中でペアであるアビィがフォローに入るタイミングとは、一人では対処しようがない状況に陥ってしまう等のイレギュラーが発生した時である。三対一にでもなれば、加勢を頼みたいがそんな状況はこりごりであるのだ。


 後方の向こうにアビィが駆るネメグドバーターがこちらへ合流アプローチをしているのを確認し、速度を合わせ前後に連なる編成を取った。


 右手がグリップを握りこみ、セカンドトリガーを引くと、コックピット内壁を貫くスピアは徐々に深度を増した。伴って同時に身体から駆体へ入力されるパワーも高まり、手には強い熱を覚え、グリップ上部に備えられた扇状のメーター針は徐々に振れた。


 本日二回目のアラート出撃、今ここで余力を出し渋って時間をかけるか、一瞬で仕留めるか、少しの葛藤がよぎる。多いと日に五回と飛び立つ事もあれば何も無く待機所で暇を潰す日もある。どうせなら後に響かないやり方で済ませておきたいのだ。


 徐々に距離が縮まり、真正面に向かい討つ敵は高度を千五百から二千に上げた。


 通常、セオリーとして撃ち合う前に相手より高度を高く取った方が有利ではあるが、奴はその辺の連中よりいくらか早めに高度を上げ始めた、しかしそのスピードは速くない。


 昇るなら速く、進むなら昇らない。降りるなら眼前で。これがセオリーで、それが大抵に対して効果的だ。


 チンタラと様子見をしながら高度を稼ぐそいつは、ビギナーか、それとも既に疲労困憊でこれが精一杯の上昇なのか。あえてロナは接近する速度を増しつつ、相対高度差をイーブンより若干下に留めて上昇を止めた。


 すると相手は緩上昇を止め、速度を変えずにヘッドオンの状況、そのままマージするつもりだ。


 念のため周囲を見遣るが、不審な存在は見受けられない。


 ロナはもう結果を見据えたのか、戦闘機動開始直前であるパワー入力増加に伴いコックピットシェル内に音叉に似た金属音が響き渡ったが、それと反比例して、肩の力はすっかり抜けてリラックスしている。


 ラクに殺してやる、そういう腹積もりだ。

 鶏を捕まえて首を捻るのにイレギュラーは存在しない。


 距離が縮まり明確になった敵の駆体種別はプテロダウストロ、魚の骨身と頭がある位置に薄く尖った手足が生えたような格好をしている。この地域ではうんざりする程頻繁に遭遇するものだから、大抵の機動や特徴も体で覚えきってしまっていた。これまでの同種とは違う何かを見せてくれるか、僅かながらの警戒を胸に留め、アクションを起こすタイミングを図った。


 スピードは九百。

 マージまで五秒。

 奴の射程内に入る二秒前。

 両手のプライマルトリガーをがんと握りこむ。

 暫く交換していないグローブの穴はまた大きくなった。

 

 メーターの針が一気に赤線と黄色線の中間まで振れた。


 奴の緩上昇で稼がれた高度差を、全速の急上昇はイーブンを飛び越えて圧倒的優勢のギャップをつけ、曇天に立ち込める雲を突き抜けた。


 太陽に当てられたロナが駆るハーストイーグルのシルエットは鋭く光った。


 敵は昇りについてこれていない。

 上がってはいるが、こっちのほうが速い。


 上昇の速度をわざと落とし、追って上昇する奴の射程内に意図的に入った。戦闘直後の初弾は互いに余力が十分ある為、余程の不意を突かれない限り大抵は避けられる、であれば最初に撃つより、撃ち返した後にこちらの流れに乗せた方が楽なのだ。


 奴はいきなり近づいてしまった事に必中射程の存在というものを冷静さと一緒に失ったのか、すぐさま射撃を連発してきた。


 必中射程外から秒間七発程度のレートで行われた射撃。


 ロナにとっては回避行動を取るまでもなく、精度に欠ける烈弾は駆体を避けて通るようだった。


 当たりっこない烈弾が傍らを通り過ぎるとごうごうとした音を鼓膜に感じる。実際には聞こえてなどいないのだが、駆体がドライバーへ伝達する聴覚認識を通して、肉体の脳はまるで聞こえているように錯覚している。


 直にこちらの射程に入る。


 駆体の右腕にある四本指のインターフェースが伸びて、交差し、絡まり、形を成したのは銃槍マーヴェリック。


 三角定規に棘を突き刺したようなシルエットの先端には、破断したパイプのように不揃いに切り詰められた発射口が尖る。


 マーヴェリックは近中距離での撃ち合いにおいて大抵の仕事を任せられる弾速と威力を持つ。


 ロナは息を吸い込み、腹で留めた。


 敵のプテロダウストロが放つ烈弾に対してすぐさま射撃し、空中を交差し合ういくつもの烈弾の内一発が接触爆発を起こして視覚認識の暗黒一面にオレンジが広がり、シルエットは隠れて見えない。


 接触爆発の炎を全速力の急降下で突き抜け眼前に見据えるのは明後日の方向である真上を向いたままの敵。


 今、ラクに終わらせてやる。


 そのまま真下につく直前、左腕にも銃槍マーヴェリックを生成し、敵の下方から両腕で秒間二十発レートの斉射。コックピットシェル内にごんごんと振動が伝わると同時に、回避も儘ならなかった相手は烈弾に次々と撃ち抜かれ、手足胴を散り散りに失った。


 機動力を喪失し、慣性に任せ放物線を描き空中に放られたプテロダウストロの胴に向かって、一撃を放ち、貫いた。


「バンディットシャットダウン、ドライバーキル」

 撃墜と併せ搭乗者であるドライバーを確殺した事を意味するコールを行った。


「ナイスキル、バンディットシャットダウン、ヴァニッシュド」

 バックアップのアビィが続いて隊へ効果確認のコールを伝える。


 本来、撃墜の発音はシュートダウンであるが、誰かが言い間違えたのか、シャットダウンの発音がそのまま慣例的に使われるようになり、やがて元の意味を変えてシャットダウンとは攻撃対象の戦闘能力喪失や無力化を意味するようになった。


 数秒前は形を成していた複雑骨格の駆体は原型を失い、視覚認識に映るオレンジの輝点の集まりは、空中に散る無数の破片となり地上へ落下していった。


 塵になったドライバーに苦痛は無かっただろう、恐らく全ての感覚器官が信号を受ける前に、経路となる神経も、受け取る脳も、あの直撃の有様なら痛みという電気信号を脳が理解する前に蒸発したはずだ。


 隊の仲間も既に仕事を片付け終える頃合いで、無線にはその他の敵駆体がシャットダウンされたコールが続いた。


 今日のアラート出撃は損失無く終了し、ロナとアビィは隊との合流に向けて駆体を旋回させた。



 カスケード隊の駐留地へ帰投したロナは、駆体を降りてヘルメットとマスクを脱ぎ、ドライバーの出撃待機所であるテントへ歩みを進めた。


 野戦テントと外界を隔てるベークライトで出来たペラペラのドアを開けると既に隊員達は各々椅子や机に腰を掛け、ただ黙って過ごしている、水を飲むなり、タバコ片手に書類へ目を通すなりしていた彼らはロナがテントに入った瞬間、顔を一瞥するとバツが悪そうに伏せるのであった。


 理由もわからず気分も悪いが、嫌な予感だけは胸の中にじわりと滲む。ロナは帰還報告の為、ダンフェイゲン隊長はどこかと目線を左右に動かして探していると、何者かにいきなり鼻っ柱をぶん殴られた。


「てめぇ、何がしてぇんだ、あの時何に十秒以上もタラタラ時間をかけた」

 眉間に深いシワを寄せ歯を剥いて怒りを見せるダンフェイゲン隊長は、鼻血を抑えて机に寄りかかるロナの腹へ追い打ちの蹴りを叩き込んだ。


「おめぇが実戦でクソみてぇな遊びをしてる時、アビィを何一つカバーしていなかったな、何故か言ってみろ」

「敵は一体、周囲は警戒していました、マージ直前の上昇すらままならないビギナーか雑魚だと判断しました」


 言い訳、というものを彼は並べたが返事より先に胸倉をつかまれそのまま振りかぶって地面に叩きつけられた。


「あいつがルアーだった可能性を考慮しなかったのか、パッシブスピアに切り替えている敵が潜んでいたら、アビィをカバーしていないお前は上昇直後に短時間の間二対一になっていたか、アビィが狙い撃ちされていた」

「二対一でも勝てます、それにパッシブはいなかった」


 隊長は地面に倒れて何の意味もなさない弁明を連ねるロナの手を取り、立たせた後に頭突きを見舞った。鼻と額と腹、どこの痛みを庇えばいいか順序に迷ってしまう。


「おい、俺はお前にとって都合のいいだけの結果オーライな話をしているんじゃねぇよ、可能性の中でお前とアビィは粉々に撃ち抜かれてるんだ、舐めてんのか?」


 隊長の言う事は実のところその通りであって、あの時ロナがすべき行動は補足した敵に接近せず、真っ向からの一騎討ちであるマージを避けアビィと足並みを揃えて射程外から同時射撃するか、より長射程の武装を生成して会敵数秒でカタをつける事だった。


「おめぇも何ボサっと眺めてんだよボケナスが」

 アビィにもとばっちりではあるが隊長の右フックが飛び、彼の細い体はテント内の地面に投げ出され、頭の傍らにマグカップが叩きつけられ破片が散乱した。当たる直前に彼が首を振って避けて無ければ間違いなく直撃して流血沙汰だろう。脅しや鳴り物として投げつけたのではなく、正確に頭目掛けて投げられていた。


 今のは避けて正解であったと、アビィの表情は転がる破片を眺めて語るようだった。

 

 隊長は鬱憤を気が済むまで一頻り晴らした後、テントを後にした。


「お前ら二人揃って、被弾した数より隊長に殴られた数の方が多いな、負傷兵勲章を貰いに行ったらどうだ」

 カスケード隊、同僚であるボディサは数か月前発行の週刊誌から目を逸らさない。


「俺達と組む時には余計な事をしてくれるなよ」

 同じく同僚のブラカウは二人が食らった叱責について突き放す物言いだ。


 するとテントにもう一人男が入ってきた、ディコン副隊長だ。顔の下半分を覆うブラシのような髭に咥えているタバコをガムのように吐き捨てると足でもみ消し、鼻血を拭うぺーぺーといつまでも地面に腰を預けている若輩者には目もくれていないまま、テントの支柱に背をつけてペラ紙を読み上げた。


「これからの時間はフェンサー隊がパトロールを引き継ぐ、十八時間は自由にしていろ」

 カスケード隊と三十キロ離れた駐留地に存在するフェンサー隊はこの地域を二交代でパトロールし、前線にやってくる敵を追い払うかそのままお陀仏にしている。


「ブラカウとボディサはついてこい、隊長がお呼びだとさ」

「サー」

 隊の中堅である二人は手にしている物を放り投げると腰を上げ、出口へと向かった。


「お前ら二人は掃除でもしていろ」

「サー……」

 鉄砲玉には雑用、ではあるが言葉の中身としては好きに過ごしていろという意味だ。この隊には戦闘をこなす以外の規律というものは形を失っている。


 副隊長は二人を呼びつけては何の用か見当もつかないがテントを後にして、説明より過分に殴られた二人の若者だけが残った。


 ロナはテーブルのキャンティーンを手に取り、水を含んでは口に広がる血をうがいと共に地面に吐き捨てた。


「なぁアビィ、今日は悪かった」

「敵を撃ったのは君だ、謝る事じゃない」

 アビィは謙遜か卑屈なだけなのか、隊長からとばっちりを食らった事を責めなかった。


「ひとつ聞いていいか、俺の前任者はなんで死んだんだ、確かキャリアのあるドライバーだったんだろ?」

 この隊は強い、危険な前線任務であるにも関わらず、起こる状況をこなすように終わらせていく。ロナが着任してからダンフェイゲン隊長に至っては撃ってるとこすら見た事が無く、それよりも前に中堅組が粗方の始末をつけてしまう。

 だからこそ補充兵として交代でやってきたロナにとっては前任者が何故死んだのか、目下の疑問であったのだ。


「ブルース少尉は作戦行動中に死んだわけじゃない、任務外で事故に遭ったって聞いてる、僕も見た訳じゃないから詳しく知らないし、隊長も特に説明していなかった」

 アビィも当事者ではないためか、詳しくは知らない様子であった。


「ロナ、多分ブルース少尉の事は詮索しない方がいい、本当に詳しくは知らないんだけど」

「へぇ……どうして、ってこれも詮索になるな」

「僕に聞かれても何も出てこないよ、こんな前線地だし、僕はその内かかる異動までこの隊では大人しく過ごしていたいんだ、君も多分そうしていたほうがいい」


 アビィにしてみたら聞いてどうするという内容で、敵より味方から殴られる事に気を付けなければいけない、こんな不条理ばかりの隊は大人しくやり過ごすに限る方針についてはロナも同意見だった。ただ前任者がもし何かの落とし穴に落ちたのなら、その二の舞にならない様、事前に知っておきたい気持ちではあった。


「……藪から棒な事聞いて悪かった、今のは無かったことにしてくれ、次は隊長からパンチを食らわないように工夫するから」

「貸しひとつだ、次も一番槍を頼むよ」

「俺が負傷兵勲章を先に貰ったら、アビィに譲るよ」


 ロナは軽口を叩いてアビィへ後ろ手を振って別れを告げると、与えられた十八時間を有意義に過ごすべく、テント脇にある調子の悪いモトに跨ってアクセルを開けた。




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我完全素人、先謝罪。アーカイブ1まで読みました。 長文失礼します。 駆体デザインのカッコよさも相まって、世界観と設定に魅力を感じました。特に、戦闘後の視覚認識による輝点の散乱は「ロナの視点で見たら綺…
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