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23時のシンデレラーココアオレの上にはマシュマロをのせてー

作者: 企画開発部


 夜、21:50に仕事が終わるやいなや、私はタイムカードをきると走り出した。

 こんなに走ったのはいつの頃だっただろうか?高校生以来ではないだろうか。その高校生の頃だって、もう20年は経っているんだから、少し走っただけで、老体に片足つっこんでいる私はすぐに息が上がってしまった。

 それでも、目的地までなんとかたどり着いたはずだったのに、店先の看板を見て今日も落胆した。


ーCLOSEー


「あぁあ………今日も間に合わなかった…」

 私は、コーヒーを仕事終わりに飲みたかった。その願いは、2週間ほど叶えられずにいる。

ゴオォンっと、あまりにも気落ちしすぎて、看板に額を打ちつけた。打ちつけたつもりもないのだが、私の口からは今日もため息がもれた。

「なんでぇ…………」

 今日は、会社からここまでの道のりの信号機が全部赤だった事がいけないのだろうか。

 とぼとぼと来た道を帰ろうとした時、お店のドアは内側から開けられた。

「あの……………どうぞ?」

 私が振り返って目が合ったのは、イケメンのお店の店員さんだった。

「え?」

「コーヒーまだ作れますので、どうぞ」

 長めの金髪を1つにくくった20代の男性が、にっこりと微笑んだ。一応、目は合っているので、言っている相手は私であると信じたい。

 私は少しふわふわとした気持ちで、コーヒー店のドアをくぐった。

「あの!いいんですか??」

「すごい音が聞こえて、扉に大きめの動物がぶつかったんじゃないかってビックリしていたら、綺麗なお姉さんで余計にビックリしてしまいましたよ。ケガはありませんか?」

 イケメンが私の顔を覗き込みながら、前髪をかき分けてきてオデコの確認をされる。

「わっ!!大丈夫ですヨぉっっ」

 突然のことに声が裏返る。

「ふふっ……どうぞ、こちらへ」

 優しく微笑んだ男性が、私に椅子を引いてくれた。本当にコーヒーを出してくれるつもりみたいだ。

 男性が私を椅子に座らせるとカウンターの中へ戻っていく。

「もう閉店時間ですよね?」

「ボク、入ったばかりの新人で、まだ美味くコーヒーを淹れられないから、居残りしてたんですよね」

 どうやら、それで私をお店に入れてくれたみたいだ。

「コーヒーに好き嫌いはありますか?」

 とくにコーヒーが大好きなわけではないのだけれど、大人の女性を演じたくて自分の中にあるコーヒーの情報を絞り出した。

「えと、酸っぱいのは苦手かな」

「なるほどなるほど?」

 髪の長い男性は、私の話を聞きながら、豆を選び出し、細かくする機械がガリガリと言う音がするころには、コーヒー豆の良い香りがしてきてきた。

 沸騰させたお湯をくるくると回して待っている間にも、どんどん二人がいる空間は、コーヒーの心地よい香りに包まれていく。

「でも、苦いのは苦手じゃないんけど……」

 すべてを言い終わる前に、優しく微笑んだ彼がミルクと砂糖をテーブルに出してくれた。

「ミルクと砂糖は多めですね。少しチョコの香りがするコーヒーはいかがでしょうか」

 そういわれて、家にあるパッケージをふと思い出した。

「私、ココアオレが好きなんです!!」

「……ココアオレ?聞き馴染みのない言葉ですね」

 私の一言に彼が作業する手を止めてしまった。

「えーと、それは、ココアとコーヒーを半々ですか?」

「ううん。たぶん、ココアと牛乳を半々かな」

 向こうが苦笑したくなるのも当たり前なんだけど、自分でもコーヒーじゃないじゃん。と思ってしまった。

「なるほど。そうなんですね。…………コーヒーやめます??」

「ううん。ココアオレは風呂上がりが一番!仕事終わりにね、コーヒーが飲みたかったの」

 私は出されたコーヒーを自分の方へと引き寄せる。そこにシュガー2本とミルクを溢れそうなくらい注いだ。こぼれないように、ゆっくりとスプーンでかき混ぜる。

 真っ黒かった飲み物が白と混ざって違う色に変わる。なんだか、コーヒーってマジックを見てるみたいだなって思う。

 猫舌だから、冷ますために息を吹きかけたらカップから溢れてしまいそうだった。

 せっかく練習をしているという彼が作ってくれたのに感想を持たせるのは悪いかなって思ったから、熱そうだけどカップに口をよせた。

「あ、たしかにチョコの香りがしますね!」

「気に入ってもらえましたか?」

「はい!!」

 どの豆を買って帰ったら、家でも同じものが飲めるのかしら。…でも、ズボラな私が家でコーヒー豆からコーヒーを入れたりはしないかもしれない。

「隣に座ってもいいですか?」

 彼がカウンターから余ったコーヒーの分を持ってやってきた。

「え、ええ。どうぞ」

「ありがとうございます」

 感謝をのべた彼が私の隣に座ると同じものを飲み始める。

「うん♪いかがでしたか?」

 彼は自分の入れたコーヒーに納得したように頷くと、私にも感想を求めてきた。

「美味しかったです!家でも飲みたいくらい」

 私の言葉を聞くと彼はとても嬉しそうな顔になった。

「それは、よかったです。今度はココアオレも作れるようになっておきますね」

「あ、いえ、それは、忘れてくださいっ」

 彼の真面目さにびっくりさせられてしまう。

「冬になれば、この店にもココアは並びますよ?」

「ぁ………えと、ココアオレはコタツとの相性が最高といいますか」

 季節がまだ秋だからと言うことではなくて、やっぱりココアは家でホッとした時に飲みたい飲み物なのだ。

「もしかして、僕は…今フられましたか?」

「え?!いえ、そういう事じゃないですけど」

 そこには、どういう意味があるんだろう。

「仕事の終わる時間がいつもこの時間なら、またいらしてください。CLOSEになってても開けますから、またボクのコーヒーを飲んでいただけませんか?」

「わぁ、ありがとうございます!ぜひ」

「よかった」

 私は、コーヒーの代金を払おうとカバンから財布を取り出した。

「えっと……お代は…」

「大丈夫です。こんな練習用のコーヒーにお金は取れないです。」

「でも……」

 財布を開こうとする手に相手の手が重なった。

「次に来店する時には、もっと他にも美味しいコーヒーを作れるように練習しておこうと思います。だから、お姉さんはコーヒーじゃなくて、ボクに会いに来てくれたら……嬉しいです」

 まさか、20代の人にそんなこと言われると思っていなくてドキドキしてしまった。

「み、みんなにそういう事、言ってる…の?」

「いいえ、閉店した店内に誰かを入れたのは、初めてですし、お姉さんだけですよ?」

 いままで、このお店を利用してきたけど、この方に会った事はない気がするし、はじめましてのはずなのに、なんでこんなに優しくしてくれるんだろうか。

「どうしてそんな……」

「一目惚れに理由をつけろと言われても難しいです」

 相手が優しく微笑む。…新手の結婚詐欺とか…?年上キラーとか?なんだろうか。

「またボクのコーヒーに会いに来て欲しいです。ボクの事はムリに意識しなくていいので」 

 好きだとは言われてないけど、ここまではっきりとした意思表示をされると、意識しないのには無理がある。

 でも、コーヒーは確かに美味しかった。

「む…無料でケーキもつけますか?」

「だめだめ!そういうのは良くないよ!コーヒーの代金払わせてくれなかったのに!」

 私ばかりが得をしてしまっても商売あがったりだろうし、人の優しさにつけこんでいるのはよくないと思う。

「じゃーお姉さんの誕生日の日に、もし用事がなくて1人だったら、その時にはボクがケーキをサービスしますね♪」

 自分の誕生日なんて5年近く誰かに祝ってもらったことなんてないよ。

「次に来た時には、ちゃんとコーヒー代払うからね」

「よかった。また、来てくれそうで♪」

 なんだか、落とし穴にはめられてしまったような気分だわ。

 でも、閉店したお店を開けてくれたり、無料でコーヒーを飲ませてもらったんだから、またこの店に来ないっていうのも悪い気がする。

「寒いのでお気をつけて」

 彼がお店の扉を開いてくれた。

「ごちそうさまでした。またね」

「はい。また、です」 

 お店の扉をくぐって振り返ると、彼がまだ扉を開いて見送っていて手をふってくれていた。

 私もペコリと頭を下げて家路に帰る。

 自分の腕時計を見てみると、23時少し前あたりを指していた。

「なんだか、シンデレラなったような気分だわ」

 24時ではないけれど、王子様のようなイケメン店員さんに出会えた事が、仕事終わりにコーヒーを飲むことよりも幸せに思えてしまう。

 あの空間を知ってしまったら、まるで異次元の扉を開いたかのようで、ただの日常はくすんでしまったかのようだわ。

「ガラスの靴すら持ってないのに、へんなの」

ココアオレよりミロ派の作者です。

ムカデにコロコロで立ち向かう貴女を忘れられないボクは悪い子なんでしょうね。

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