参(さん)
「神ならざるもの? 狐とか蛇とかですか」
「眷属には狐も蛇はいるが、邪の輩が神のふりをして神を騙る」
祭神様は忌々しげに語っている。
「時々、なんか怖いなとか、暗くて冷たい感じがする神社もありますが、それもそういうことなのでしょうか?」
「そういうこともある。さすがお今日は元巫女だけはあるな」
「元巫女? 今じゃなくてですか?」
「······過去世ってわかるか?」
「はい。わかります」
「フッ、その歳でか?」
馬鹿にされたみたいで私は少しムッとした。
16歳だって前世ぐらいわかる。
もっと小さな頃から、前世という言葉は知っていた。
······なんで知っていたのかわからないけれど。
「あんたは結構な頻度で巫女や神官だったことがある。この国以外も含めてな」
「そうなんですか?!」
ああ、それで子どもの頃からあんなに巫女に惹かれたのだろうか?
なんだかとても腑に落ちた。
そう言われると懐かしい気持ちが込み上げて来て、胸がいっぱいになった。
「しかも、ここは三度目だぞ」
「えっ?······」
ということは、祭神様とも以前に······ということなの?
「久しいな。覚えてはおらんだろうが」
「は······い」
祭神様は懐かしむような眼差しを私に向けている。
柔和な笑みにほんの少しだけときめいた。
「ということで、ほらちょっと肩を揉め」
ときめいたのは即撤回しよう。
これでは俺様上司ではないか。
「でも、私、身体透けてますけど」
「いいから」
神様の肩を揉む巫女っているのかな?
もしかして、これはレアなこと?
とりあえず私は言われるままに肩に手を置いた。
スルリと通り抜けてしまうかと心配したが、そんなことはなく、意外とガッシリした体躯にドキリとした。
『神に恋をしてはならぬ』
どこからからそんな声が聞こえた。
「え·····」
「どうかしたか?」
「な、なんでもありません」
しばらく肩を揉むと、寝入ってしまった。
そっと手を離すと「まだやめるな、続けろ」と言う。
起きてたの?!
仕方なくまた再開した。
······さっきの、恋をしてはならないという声は誰のものなのだろう?
その時から時々、祭神様以外の声が聞こえるようになった。
***
バイトをはじめて三日目頃に、祭神様が突然私の手を掴んだ。
「ほら、行くぞ」
「ど、どこにですか?」
「あんたのいる病院。気になるだろ?」
「は、はい」
霊体でいるせいなのか、時間の感覚がよくわからなくなっている。
音もなく瞬時に移動し、私は病院のベッドに横たわる自分の姿を祭神様と見下ろした。
頭に包帯が巻かれ、痣ができた顔が痛々しくも恥ずかしかった。
病室には友華が彼氏と一緒に見舞に来てくれたようで母に挨拶している。
母は席を立って部屋を出て行った。
「ダサっ」
友華はそう言いながら私の寝顔を携帯で写真をパシャパシャ撮っている。
動画まで撮りはじめていた。
「撮ったやつはどうするんだ?」
「ネットに流すに決まってるでしょ」
「お前、ひっでえな」
「あたし、この子嫌いなの。いい気味よ。このまま目覚めなけりゃいいのに」
「ははっ、友達のふりってか?」
「何が一緒に巫女さんやろうよ。あたしがそんなのやるわけないでしょ!馬鹿じゃないの」
(······友華?)
ピシリという音と共に眩い閃光が走った。
友華の携帯が砂状になって、手からこぼれ落ちるように消えた。
「わあっ、なんだこれ!?」
「どうして!? あたしの大事な携帯が!」
その時、看護師がやって来て、「お静かに」と二人を諌めた。
そそくさと彼女らは病室から出て行った。
「友人はちゃんと選ベ」
「······」
「あいつは、巫女面接にわざと落ちるような姿で来ただろう?」
「···!」
友華は元からやる気がなかったということなの?
「全く舐めたことをする」
「え?」
「冷やかしでやっていいものとそうではないものもあるんだぞ。まあ、馬鹿にはわからないんだろうがな」
「ご、ごめんなさい······」
「あんたが謝ってどうするんだ、まったくお人好しだな」
祭神様は呆れ顔で、私の頭をわしゃわしゃ撫でた。
良い友人だと思っていたのに······。
ショック過ぎて涙も出ない。
「まあ、これで邪な奴が祓えて良かったじゃねえか」
「······はい」
「邪な奴ほど、善とか清い奴にわざとちょっかい出すとか絡みたがるもんだから、気をつけろよ」
味方や仲間のふりして近よって来て落とす、瀆そうとするのが人の皮を被った魑魅魍魎みたいな奴だからなと、祭神様は言った。