弐(に)
「神様バイトって、何をすればいいんですか?」
掃除等は神社の方々が日々されていて、当たり前だけれど正月用の飾り付け供え物等もきちんと調えられている。
祭神様はずくには答えずに小指で耳をほじっている。
しかもほじったものを指先で「ぺいっ」てやったその瞬間をしっかり見てしまった。
(うわあ···、この神様、何もしなければ普通にイケメンなのに)
長身の白装束、腰まで届く長い白髪は、どう見ても異世界の住人にしか見えない。
歳は三十手前ぐらい。
もっとおじさんやお爺さんでもない、神様のイメージとしてはなんか中途半端だなぁ。
黙っていれば整った顔立ちの、素敵な神様って思えたかもしれないのに、残念過ぎるなという心の声を見抜かれたのか、更にイメージをぶち壊される発言をされてしまった。
「神だって元は人間だからな、鼻もほじりゃ、屁もこくぞ」
「······そこまで聞きたくなかった」
ぼそりと、へこみながなら小さく呟いた。
「あんた、名前は?」
「都築今日香です」
「お今日」
なんだか、その呼び名、昭和のスケバンみたいじゃない?
私が不服そうに見えたのか、「お今」に呼び直したが、それだと江戸時代の人か、狐みたいだ。
「普通に、きょうかと呼んで下さい」
「お今」
とにかくこのこの神様は普通に呼びたくないんだなと理解した。
「いいです、お今日で」
それよりも、自分の身体が透けていることに気がついた。
「私、生きているのですよね?」
「ああ、あんたの身体は病院のベッドの上だ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「魂だけの方が都合がいいから、当分はこれで頼む。後でちゃんと戻してやる」
本当に大丈夫なのだろうかと思いつつ、私の初めての神様バイトは、絵馬の整理だった。
神様の仕事のお手伝いというのがこのバイトなのかな?
「絵馬を読み上げろ」
「は、はい」
既に神様は寝転がっている。肘をついて頭を支えながらこちらを見ていた。
「全部に目を通すのですね」
「まあな」
「でも、全員のお願いを叶えてあげるわけではないんですよね」
「そりゃそうだ」
「あの、叶えてもらえる秘訣はなんですか?」
「願った奴がまともかどうかだな」
ここの祭神様は確か縁結びの神様だ。
「ほれ」
バラバラと数枚の絵馬を私に寄越した。そこに書かれていた内容に驚いた。
『不倫がバレませんように』
『奥さんと別れて私と再婚してくれますように』
『彼が離婚しますように』
『○○君が私以外の人と結婚しませんように』
こ、こんな内容を絵馬に書く人がいるの?!
お願いじゃなくて、奥さん達からしたら、これはまるで呪いみたいだ。
もしその願いが叶ったら、他の人が困るようなことを願うのはどうなの?
こういうことを願う人達って、自分のことしか考えていないのかな?
「こ、これはまさか、叶えたりしませんよね?」
「愚問だ。これを絵馬に書く時点でまともじゃあねえ」
「そもそも、こんなことを書いていいんですか?」
「書くのも願うのも自由だが、そこにそいつの本性、人間性が現れる」
『金持ちになれますように』
『楽して成功できますように』
「これは?これも叶えるのですか」
「それはケースバイケースだな。そうなるように本人が現実的な努力や工夫をちゃんとしているならばやぶさかではない」
「現実的な努力って、人を騙すとか、人の物を盗むとか人から奪ってとかではダメですよね?」
「当たり前だ。でもな、昨今変なスピリチュアルが蔓延っていてな······、アタオカな願い事が激増してんのさ。宮司もビックリだ」
溜め息混じりに祭神様は肩をすくめた。
「願いさえすればどんなものでも何でも叶うみたいな?」
「まあ、そんなところだ。自由を履き違えてるとか、善悪の判断がつかねえ奴は話が通じねえからな」
「話が通じない人は、神にも通じない?」
「そういうこった」
(やっぱりそうなんだ)
「ふう······重いな」
疲れたような表情を浮かべている。
「重い?」
「人が多いと、雑多な念が飛ぶからな。特にアタオカな念が多いと疲れる」
「····神様も疲れるんですね?」
「そりゃそうだ。だから人があまりにもごった返すような時は別の場所に避難している神もいるんだぞ」
彼は肩をすくめた。
「えっ?それじゃ空っぽではないですか!?」
「あまりにも虫のいい御利益信仰の掃き溜めだと、いやんなって出て行って帰らないなんてこともある」
「ええ?!それじゃどうなるんですか?」
「空っぽなままか、そこに別物が巣くうかだな」
「······別物?」
「神ならざるものさ」