壱(いち)
七五三の時に初めてその存在を知ってから、白衣に緋袴の巫女姿にずっと憧れていた。
神社の子供に生まれるか、出家しないとなれないと勘違いしていた小学生時代。
巫女はアルバイトやパートでもなれると知って嬉しさ半分、「えっ、そうなの?!」という軽い幻滅をした中学時代。
そして晴れて高校生になった。
友人の友華と共に年末年始の巫女のアルバイトに応募した。
15歳以上、未婚、髪を染めていないことが応募条件だった。
友華は明るく染めていた髪を黒髪に戻していたにも関わらず、メイクが派手という理由で面接で落ちた。
「ど、どうしたの友華?!」
なぜか今日に限って派手派手メイク、ネイルを落とすのを忘れていたのもマイナスだったようだ。
私がメイクやネイルを全くしないため、同じ日に面接を受けたので余計に目立ってしまったのかもしれなかった。
普段よりも新年の巫女バイトは応募者が増え倍率が上がるため、より厳しくなっていたのだろうか。
「受かって良かったね」
「うん、でも友華と一緒に巫女さんやりたかったな」
「仕方ないよ、私は他のバイト探す」
高校生は私を入れて3人、後6人は女子大生だった。
自宅から歩いて通える、私の馴染みの神社だ。
***
「今日香、いいよ。似合ってるじゃん」
元旦になって、初詣に新しい彼氏を連れて友華が巫女姿を見に来てくれた。
巫女バイトに落ちてから速攻で黒髪を元の明るい色に染め直していたが、その方がやっぱり友華らしいと思った。
「ありがとう、今年もよろしくね。良いお年を」
彼氏とお揃いの御守りと破魔矢を購入した友華に手渡し、二人で睦まじく歩く後ろ姿を見送った。
「都築さん、休憩に行くついでにこれを社務所の裏に運んでもらえる?」
「はい、わかりました」
荷物を受け取ると、参拝客の人混みを避けながら足早に歩いた。
足袋を履いていても、自分の足に馴染んでいない草履の鼻緒が食い込んで、ほんの少し痛かった。
休憩が終わる頃、急に荒天になって雨がバラバラと勢い良く降って来た。
傘がなかったので濡れないように急いだのが悪かったのか、草履が境内の段差に引っ掛かり、そのまま勢い良く前方へ倒れ込んでしまった。
(ああっ)
すぐそこにあった燈籠を避けられずにそのまま激突した。
その衝撃で燈籠が崩落し、倒れている私の身体を打ちつけた。
気は失っていなかったけれど、身体が全く動かせない。痛くて呼吸ができなくなってゆく。
(うう、く、苦しい······)
誰かが悲鳴を上げたのがわかった。
救急車を呼べという声がしたのは覚えている。
そして私は意識を失った。
「おいおい、元旦早々何やってくれてんの?流血の正月なんぞにしてくれるなよ」
どこからか男の声がした。
姿は見えなかったが、がつりと私の身体を抱え上げた。
横抱きではなくて、肩に担ぐように持ち上げられている。
「すみません······」
救急隊員かなと思っていたが、男性はどうやら白い着物を纏っているようだった。
男は大股でざくざく進み、ごった返している境内から、一気に空高く舞い上がった。
(ええ?!)
男がふわりと着地したのは、社の中だった。
「あんた、元旦から何やってんだ」
ドサリと床の上に降ろされた。
先ほどまでの息苦しさや痛みはもう消えていた。
見上げると、白装束の男が立っていた。
「鬼······?」
なぜか一瞬そんな気がしてしまった。
「はあ?!俺はここの祭神だぞ」
「えっ······」
(神様って、あの神様?)
「えええ!? どうして男? ここは女の神様ではないんですか?」
「細けぇことは気にするな」
「······女だとばかり思っていました」
それに、この言葉づかいは······。
(あ、あれ? 私ってもしかして死んだの?)
「まだ死んじゃいねぇが、丁度いい、あんたここで神様バイトしねえか?」
「えっ······」
「巫女バイトなんだろ? ならいいじゃないか」
「で、でも···」
「いいから、やれ」
(か、神様バイト!?)
「あのう···、ちなみに時給は······」
恐る恐る聞いてみた。
「んなもん、無給に決まってるだろうが」
「なっ、なぜですか?お金をもらえないならバイトじゃないんじゃ?」
祭神様は面倒臭そうに溜め息をついた。
「あんたの命は、俺に助けられたんだ。四の五の言わずに俺のために働け」
こうして私は神様バイトをやらされることになった。