3.花の記憶
高い所から落ちる感覚ってこんななんだって、死ぬ間際にわかった。私は重力を感じながら、真っ逆さまに地表に落ちていった。すべてがスローモーションのように流れていく。
人は死ぬ間際、今までの人生が走馬灯のように流れるという。私もまた、例外ではなかった。
総じて見れば、しょうもない人生だった。ドラマなき人生だった。後悔ばかり。もっと、何かに一生懸命没頭すればよかった。その何かも、とうとう最後まで見つからなかった。
お母さん、お父さん、ごめんなさい。麗は悪い子でした。
小学校の頃、私はいじめられていたのではなく、いじめていた側だった。それは、いじめられるのが怖かったから、仲間から外されるのが怖かったから、一緒になっていじめていた。トイレにその子を追い込んで、個室に閉じ込めて、上からバケツ一杯の水を浴びせたりしていた。それが悪いことだなんて、その時は一度も思ったことなかった。むしろ、正義感があった。だってその子、気持ち悪かったんだもん。気持ち悪い子を排除するのは、みんなにとって良いことでしょ?
でも今はわかる。それがどれだけ、人として恥ずべき行為であったかということが。
もう名前は忘れてしまったけれど、その子はいつもおとなしく、足が悪くて歩くのもままならなかった。彼女の弱々しい姿を見るたびに、自分の中に何か重苦しいものが湧き上がってくるのを感じた。
ある日の放課後、私は偶然にも彼女が一人で校庭の隅に座っているのを見かけた。いつもなら近づかないようにしていたけれど、その日はなぜか彼女の元へ足が向いてしまった。
「何してるの?」私は思わず声をかけた。
彼女は驚いたように顔を上げ、弱々しい笑みを浮かべた。「花を見てるの。とっても綺麗でしょ?」
その時初めて気づいた。彼女の目の前には小さな花壇があり、色とりどりの花が咲いていた。私は普段、そんなものに興味を持ったことがなかったけれど、彼女が話すと不思議とその花が輝いて見えた。
「触ってみる?」彼女はそっと花の一つを摘んで私に差し出した。
私は戸惑いながらも、その花を手に取った。花びらは柔らかく、微かに甘い香りが漂っていた。その瞬間、心の中に温かいものが広がった。
「どうしてそんなに花が好きなの?」私は尋ねた。
彼女はしばらく考えた後、静かに答えた。「花は、誰にも見向きされなくても一生懸命に咲いてるの。私もそんなふうになりたいって思うんだ。」
その言葉を聞いた時、私は初めて彼女の強さを感じた。足が悪くても、彼女は自分のペースで一生懸命に生きている。その姿勢に、私は深い敬意のようなものを心に抱いた。
でも、ただそれだけのことだった…。ただそれだけの…。
今の私は、真っ逆さまに塔のへりを地面に向かって落ちていく…。