2.塔から塔へ
ここから見る景色が、好きだった。
この町にひとつだけある、誰が作ったのかもわからない塔。誰が、何のために作ったのかもわからない。その最上階に、私はいた。
この時間帯にここにいると、日の出がよく見える。塔の最上階から見える日の出は、私にとって特別な瞬間だった。朝焼けの光がゆっくりと空を染め、夜の闇を押しのけるようにして広がっていく。その美しさに、私はいつも心を奪われていた。
淡いオレンジ色の光が街全体を優しく包み込み、静かに目を覚ますように世界が輝き出す。静かな風が頬を撫で、鳥たちのさえずりが聞こえてくる。まるで、この瞬間だけが永遠に続いてほしいと思うくらい、穏やかで平和な時間。
「綺麗…」私はそう呟きながら、手すりに寄りかかってその光景に見入った。すべての事象がこの景色の中に溶け込んでいるような気がした。
感傷に浸りながら、私は深呼吸をした。この塔から見る景色が、私の心を癒してくれる。どんなに辛いことがあっても、この場所に立てば、すべてが少しだけ楽になる気がした。新しい一日の始まりを迎え、私は再び歩き出す決意を胸に抱いた。
そっと、肩に手を置かれた。そうだった。君との待ち合わせ場所だったね。
私はその手に自分の手を重ね合わせ、ゆっくりと振り向いた。
「久しぶ…」私は振り返った。そこには、見慣れない二人の男が立っていた。どちらもスーツを着ていて、片方は年配で渋い顔つき、もう一方は若くて鋭い目をしていた。
私の心臓は凍りついた。違う。この人たちは、私の知っている誰かではない。
「違う!おまえじゃない!」声が震え、喉が乾く。目の前の二人は厳しい表情を崩さず、私をじっと見つめていた。年配の方が冷静な声で言った。
「鯖戸麗さんですね。あなたを人殺しの容疑で逮捕します。我々は、中央警備隊の刑事です。」
そう言って二人揃ってエンブレムを見せてきた。その瞬間、頭の中が真っ白になった。何のこと?人殺し?私が?そんなはずない。心当たりなんて全くない。
パニックに陥り、私は無意識に後ずさりしていた。逃げなければ、捕まってしまう。この二人の目は本気、逃げるしかない。
「待ってください!私、何もしてない!」叫びながら、塔の周りを走り始めた。追いかけてくる足音が聞こえる。心臓がバクバクと音を立て、頭がぐるぐる回る。
逃げなきゃ。絶対に捕まらない。塔の周りを全力で駆け巡りながら、私は必死に道を探した。
「あなたは昨晩、この近辺で殺人事件があったことを知っているはずです。その現場から、あなたの指紋が見つかったんです。」
「そんな…私がそんなことするわけないじゃないですか!」声が震える。頭の中で状況を整理しようとするが、パニックで何も考えられない。
「証拠は揃っています。抵抗せずに大人しく来てもらいましょう。」若い刑事が冷たく言い放つ。
「待ってください!本当に何もしてないんです!」
刑事の形相が、みるみる鬼のように変わっていくのが見えた。言い方も、次第に乱暴になっていった。
「おまえは、人を殺した!」
「私は、人を殺したことなんてない!」
「いいや、おまえが生きているということが、人を殺しているということなんだ!」
(何を言っているの…?私が生きているということが、なにがどうなって人を殺すということに繋がるっていうの!?)
その言葉と同時に、刑事の顔がまるでカボチャを割ったかのように裂けた。皮膚が裂け、中から牙のようなものが露出し、その姿はまるで放送禁止のシーンのようだった。あまりにもグロテスクで、見ていられなかった。
私は塔の周りを、かろうじて踏める足場に沿って、ぐるぐると回り続けた。目を背けながらも、逃げるしかないという焦燥感が胸を締め付ける。足音が響き、心臓が激しく鼓動する中、どうしてこうなったのか、理解できないままでいた。
そして、私はとうとう足を踏み外した。