ロザリアの憂鬱
途中視点が変わります。
「それではこれから貴方の部屋へ案内しますので、ついて来て下さい」
残りの手続きはネコマルさんに任せて私は学園長達に挨拶をし寮母の案内に従って部屋を後にした。
そうしてしばらく長い渡り廊下を進んで行く途中で足を止め、彼女はクルリと向き直り対面する。
「これから部屋に案内しますが、部屋は相部屋となっています。急な留学生受け入れだった事もあり、同室の令嬢には手紙にて連絡はしてありますがちゃんと確認してるか分かりませんので注意をして下さい」
「わかりました、留意しておきます」
たぶんいきなり魔族が同室なんて言われれば嫌がる可能性もあるだろうし、しばらくは正体見せるなという所だろう。まあ、私が反対の立場だったら貧乏くじ引いたくらいには思うかも知れない。
「よろしい、あなたは大分物分かりのよい人物の様で安心しました」
満足したような顔で頷く寮母に先ほどから気になっていた事を聞いてみる。
「あのぉ……先ほどから生徒の姿が見られないのは授業中か何かですか?」
「ああ、今日は入学式後に講堂で新入生と在校生集めてのレクリエーション兼ねて先輩方と顔合わせをしています。残念ながら貴方は手続きを兼ねた学園長への挨拶などがありましたから、参加は見合わせて頂きました」
「なるほど、そういうことでしたか」
もっとも、生徒が集まってる所に”どうも魔族の国から来ました”と入り込めば多少の混乱が起こると言う理由なんだろうと思うが私的にはさっさと紹介してもらった方が良いような気がするが。
寮の建物に入ってから、階段を三階まで上がり一番奥の部屋312と札の付いた場所まで案内されて来た。新入生は三階と決まってようで、階段をへーこらと教室、食堂、自室を行ったり来たりするわけだ。
寮母はおもむろにポケットから鍵の束を取り出し、鍵をガチャリと回しドアを開けると南と西に窓のある比較的大きな部屋が目に飛び込んで来る。
部屋の対角線上に各々ベッドが設置されており、西側のベッドにはすでに脱ぎ捨てられてた服や整理途中の荷物が置かれているのを見ると、よほど慌てて出て行ったのがわかる。
「どうやら貴方のベッドは東側ね、後で貴方の荷物が搬入されますから。それと、我が学園では自主自立がモットーなのでメイドや執事などを呼び込む事は基本禁止です。すべて自分で出来るように」
「わかりました」
(だよね……ネコマルさんに頼りっきりだったから面倒だなぁ)
「よろしい、では授業は明日から、食事の時間や入浴、就寝時間など学園や寮における規則、罰則はここに書いてありますからよく読んで頭に叩き込んでおきなさい。何か質問は?」
そう言いながら渡して来た紙の束を受け取り、数枚軽く目を通す。
「いえ、今のところはありません」
「そうそう、悩み相談や病気、他生徒とのトラブルに関してわたくしの他、誰かしら一階の寮母室に居りますから声をかけると良いでしょう」
「はい、これから三年間よろしくお願い致します」
「よい返事です。がんばりなさい」
ニコリと笑顔になり、部屋を去って行く寮母を見送り思わず安堵の溜息をもらす。
「ふぅ」
――コンコン。
ベッドに横になろうとした時、不意にノックがなって慌ててドアに駆け寄りそっと開けると、寮の職員らしき人が荷物を持って立っていた。
「えっと、クロノス様ですか?搬入予定の荷物のお届けにまいりました」
「ああ、えっとあちらのベッドの横に積み上げておいて下さい」
「はい、わかりました」
ネコマルさんに預けていた荷物の搬入も終わり、改めてベッドの上に大の字になって倒れ込むと意外にふかふかして、気持ちが良い。
次第に瞼が重くなり、馬車での長旅の疲れが出たのかそのまま眠りについてしまった。
◇◇◇
ロザリア・オデュッセイは講堂の壇上にて演説をしてる生徒会長の声が頭に入ってこない位に頭を抱える事案を抱えていた。
(あーもう、なんでこんな事になるのよ)
事の発端は、学園への入学を明日に控えて準備を進めていた時に、父から呼び出されてそこで聞かされた事実に衝撃を受けたのだ。
「ロザリアよ、お前も成人し明日は名門ファールバウティ―学園に入学だ。それに合わせてお前の婚約者を探していたのだが…… 喜べ!王家の目に止まり、第二王子ジルベール殿下との婚約候補に抜擢されたぞ」
「え? えええ!?」
「はっはっはっはっ…そんなに嬉しいか、そうだろうとも、なにせあの神童と呼ばれていた王子だからな、いずれ大物になるに違いない。しかし、お前と同じ候補としてキオーネ侯爵家のメティス嬢が候補に居るが、これから三年間で目いっぱい自分自身をアピールすればきっと殿下のお眼鏡に叶う可能性は大だ」
自慢の髭をいじりながらご満悦の父上とは打って変わって、彼女の気分は奈落に突き落とされた気分であった。そして引きつらせた笑顔で一言絞り出す。
「――実に光栄です」
ロザリア・オデュッセイはこの世界では割と珍しい黒髪以外は普通な伯爵令嬢。何故か両親も弟も金髪で、まるで醜いアヒルの子状態だったが家族仲は一般的で悪くはない。そんな彼女には両親にも打ち明けられない秘密が二つある。一つは物心がついた頃から年齢を重ねるたびに鮮明になって来る過去の記憶、いやこれはたぶん前世の記憶。”早瀬 梓”という人物の記憶。
たどった記憶によると、その日、部活帰りにコンビニへ行き買い物中の友達を待って外でスマホを見ていた彼女は、丁度駐車場に入って来た車が急加速し、梓を巻き込みながらお店のガラスを突き破った。そんな嫌な記憶まで甦り、おかげで時々夢見が悪くなっている。
そんな記憶を頼りに、最初の頃こそ前世の知識を駆使して生活の充実とお金儲けを図ろうと短絡的な思考で行動をしていたが、現実はそう甘くなかった様だ。
身近な料理、生活用品など前世で使っていた物が、どうやって作られるのか?材料はなんなのか?料理も目玉焼きが精々な学生が知りようもない。色々試行錯誤を繰り返し自分には無理という結論が出る頃には周りからちょっとヤバイ変な娘扱いされて同じ年の友人はおろか、貴族同士の付き合いに寄るお茶会などにも呼ばれる事はなかった。
困った両親が方々に手を回し、お情けで呼ばれた侯爵令嬢主催のお茶会でも距離を取られて腫物扱いをされてしまったのは当然だろう。
また成長するにつれ、自分には貴重な聖魔法の素質がある事がわかり嬉々として何が出来るか過去の文献を調べると歴史上発現した聖女達は、勇者召喚時の生贄の様な扱いをされていた事実に愕然とし悩みが増える事になる。
現在、王国では内外的に勇者召喚の永久封印を宣言しているが、一部王国内では未だに聖女探しをしている者がいるらしいと言う噂が実しやかに囁かれているがゆえ、転生者である事と聖魔法の力は極力他人に知られない様にしようとロザリアは心に誓ったのであった。
そんな事もあり、結局彼女は婚約者候補についても何の準備も対策も出来ずに当日を迎え入学式、レクリエーションと順に参加している状態である。
「はぁ~、あたしって何でこの世界に生れ落ちたんだろ……」
「???」
呟きが聞こえたのか隣に座っている令嬢が怪訝な目でこちらをチラチラ見ている。
「申し訳ございません、独り言なのでお気になさらず…ほほほほ」
そう言い訳しつつ壇上で祝辞を述べている生徒会長を見ながら口元を隠して小さく欠伸をした。