首都への道程
途中で視点変わります。
馬車で移動する事、一日目。
アルカンディア帝国の国境付近にあるガルタネの森に生い茂る木々の間をしばらく進み、マージナル王国の国境へと到達した。国境警備隊の兵士は当初警戒する様な姿勢で対応して来たのだが、ネコマルさんが差し出した入国許可証を見せた所、態度がガラリと一変してすんなりと通してくれたのだった。
許可証には一体何が書いてあったのか非常に気になる所だが、彼女は頑なに見せてくれなかったのは不満だったが何にせよトラブルもなしに入国出来たのはありがたい。
長閑な田園風景がしばらく続き、途中の小さな村で宿を取り退屈な旅を続けていると、ふと変化を求めたくなるもので、そんな不埒な事を考えてる罰が当たったのか二日目に面倒ごとが私達の元へ舞い降りて来る。
マージナルの首都へ続く幹線道路が徐々に整備されて馬車のガタつきも収まった頃、御者のシルドが窓を三回叩いてくる。それは野盗などの襲撃に警戒せよの合図だ。
「まったく、迎えが来る前にこれですか」
ネコマルさんが嘆くのは無理もない。次の街ローブレルで王国の迎えが来る予定であった為、間が悪かった。
馬車の速度に合わせていつの間にか集まった何頭もの馬に乗ったガラの悪い連中が何か叫んで半弓を放って来るのを無視して馬車は速度を上げて行く。護身用程度に馬車にはシールド魔法で補強をしているので半弓程度では傷もつかない。
(はぇ~、あれが野盗……初めて見たな)
「さてお嬢様、少しの間、頭を下げて的にならない様にお願いします。それと、くれぐれも力を使わない様に」
「はいな」
こちらの返事を待たずにスルリと曲芸の様に馬車の屋根の上に上がったネコマルさんを見送ると頭をさげるが、やはり気になるので窓の隙間から少し覗くと屋根を足でドンッ!と警告を受け慌てて頭引っ込める。
(どこに目があるのよ……って犯人はお前か)
片目で私を見ながら後ろ脚で耳を掻いている猫を見て溜息をつきながら身をかがめていると、ネコマルさんの得意とする鞭の撓る音と男の悲鳴が交互の聞こえ始めていた。
◇◇◇
レイソード・アナンケは側近のサージ・ラグナールと共に馬を飛ばしながら一路ローブレルを目指していた。
「レイ様、このまま行けば夕刻にはローブレルの街を越えられそうですね」
「マジか、間に合わなかったら親父にまた殴られる所だったが、このペースなら問題ないな」
レイと呼ばれた青年は錆色の髪をなびかせながら天を仰ぎ安堵の息をつくと、隣を並走する亜麻色の髪の青年はニコリとしながら答える。
「そこから順調に行けば学園の入学式典には十分間に合いますね」
「ああ、久々にジルに会えるしな、あいつ今も氷の王子とか言われてるのかねぇ」
しみじみ思い出に浸ってると、並走しているサージが真剣な眼差しでレイを見ていた。
「レイ様……」
「なんだ?本人には言わないぞ?」
「いえ、斜め前方で民間の馬車が襲われております、あ!足元気を付けて」
「なんと!?」
慌てて手綱を操作し、落馬してくる野盗を間一髪で避けながら言われた方向に視線を移すと、二頭立ての馬車が十数人の野盗に襲われてるのが見て取れる。しかもよくよく観察すると、マントを翻し走る馬車の屋根上から鞭を振るって戦ってる勇ましい女性が見えた。
「なんかよくわからんが、加勢した方がいいな」
「はい、行きましょう」
「それ!」
さらに愛馬を加速させて、後方で矢を射かけてる野盗の一人を鞘に納めたままの剣で殴りつけると、バランスを崩して馬からすべり落ち、悲鳴を上げながら後方へと砂煙を上げ転がって行った。さらにサージと共に連中の後方から追い立て一人、また一人と野盗は脱落していく。
「くっそ!護衛騎士だと!?どこに隠れてた」
護衛などいないと思っていた所への奇襲に残った野盗達は動揺し始め、先ほどまでの統率の取れた動きが出来なくなり、さらに女性の鞭が追い打ちをかける様に容赦なく叩きつけられ次から次と落馬して数を減らす。
「くそ、引け!引け~い!!」
その様子を見て焦ったリーダーらしき人物が手を上げ、撤退を促し残った野盗達は我先にと蜘蛛の子を散らす様に付近の林の奥へと消えて行った。
「手際のよい引き方でしたね」
「やってる事は褒められたもんじゃないがな」
レイソードは呆れたように野盗が去った方向を見ながら大きく息をつく。十数人近くいる野盗連中が全て馬に乗っていると考えると相当羽振りの良い傭兵崩れと思われる連中なのが分る。
国同士の魔石輸出入が厳しく制限された今のご時世でも抜け道はいくらでもあるもので、そういう抜け目ない商人のおこぼれを預かろうと目を付けてこの辺りを通る馬車を定期的に襲っていたのだろう。
いずれにせよ街に入ったら警護隊に報告しておかなければならないなと思った瞬間、頭をガシガシ掻きむしった。
せっかく予定通り首都に着きそうなのに、野盗の存在を街の警護隊に報告で時間が取られそうで頭が痛くなる。そんな事を考えていると、例の襲われていた馬車がゆっくり停止して、先ほど果敢にも鞭を振るっていた女性が降りて来る。
「先ほどは助太刀をして頂き、有難うございます」
うやうやしく頭を下げて来た相手に馬上では失礼に当たると思い、サージに合図して二人で彼女の前に立つ。
黒いボンネット帽子と旅用のマントを羽織った長身の女性は、先ほどまで馬車の屋根の上で鞭を振るっていたとは思えないほどの美人さんで驚く。
「大事無くてよかった。最も我々の手助けが必要があったのか分らないくらいお強いですね」
「そんな事はありません、半弓使いに手こずっていましたから助かりました。これは少ないですがお礼です。是非受け取ってください」
マントの内ポケットから小袋を渡して来たが、大した手助けが出来た訳でもないので受け取る訳にはいかない。
「いやいや流石に受け取る事は出来ません、お礼を貰う為に助けた訳ではないので、お気持ちだけで結構です」
いえいえと、しばらく押し問答が続くと思われた時、後ろから突然別の声が掛かった。
「折角だから食事代と思って貰って下さいな」
声の主の方に振り向くと、馬車からいつの間にかメイドの主人かと思われる小柄な銀髪の少女が降りて来ている。
少女と評したが、背丈の割にグラマラスな体つきに小麦色の肌と胸の辺りが大きく開いた白いドレスを着こなし、特に引き込まれるような金色の瞳に釘付けになっていた。しかし、それ以上に彼女の印象が昔会った事のある少女にどことなく似ていた事に少し動揺したのが見て取れたのか、心配した表情で聞いてくる。
「あの?どうかされました?」
「あ、えっと、失礼。あなたのお美しさに思わず見とれていました」
見つめたまま止まっていたのを不思議そうな顔で聞かれ、思わずいつもの調子で返答してしまうと彼女は少し困ったような笑顔で感謝の口にした。
「…はあ、有難うございます」
「そうですね、そこまで仰られては僕も無下に断るわけには行きません。有難く頂戴いたします」
そう答えると、彼女は帽子の女性から小袋を受け取ってニッコリしながらレイの手へ渡してくれる。隣でサージが渋い顔をしていた彼に小袋を手渡し、気にせず挨拶を済ますと彼女は女性に促されて馬車へと戻って行ってしまった。
その後は同じ目的地のローブレルまで同行し、残念ながらそこでお別れとなった。どうやら彼女らはここで待ち合わせがあるらしいとの事だ。
「いや~、こんな辺境にもエキゾチックな娘さんがいるんだなあ」
「雰囲気からしてたぶん南部ラインハルド辺りの商家の娘さんなんでしょうか?」
「そうかもな、貴族だったら調べ易かったのに」
「またそんな事を言っていると旦那様にどやされますよ、この間もお見合いで別の女性に声かけて失敗しましたし」
「ああっ!?」
「ど、どうしました?」
突然大声を上げたレイを見ると、額に手を当てて大きな溜息をついている。理由を聞くと案の定、大した事ない事で悩んでいた。
「あの娘の名前を聞くのを忘れた……」
サージはヤレヤレと呆れつつ、貰った袋の中を確認すると純度の高そうな宝石並みの魔石が金貨と一緒にいくつか入っていた事に驚く。そして別れた方向を見ながらあの妙な感じの銀髪の少女を思い出す。
(――あの金色の瞳と気配の無さは……まさかね)