雷雨の中の怪物
曲が終わると自分達の周りやダンスにと色々気を使っていたせいかお互い顔を合わせると、思わず笑みがこぼれた。
「またこういう催し物があったら…さ、さそってもいいか?」
少し顔を背けながらそんな事を言って来る彼に少し驚きつつ笑顔で答えた。
「ええ、もちろん。でももう少しエスコートが上手くなっている事を期待してるわ」
「はっ!それはお互い様だ」
相変わらずの減らず口を叩きながら軽く手を上げて取り巻き連中の居る方へ戻って行くガイラス君を見ても嫌な気分にならないのは、きっと根っからの悪ではないのかも知れない。
レイがいる場所へ戻ると、彼が壁に寄りかかって両肩を上げる仕草をしながらテーブルを指をさす。がぶ飲みされたグラスがいくつも並んだテーブルに生気が抜けたロザリーが突っ伏している様子を見るに、最初の曲から休む事も出来ずにずっと踊っていたのだろうと察した。
「うう、疲れた…もうお家に帰りたい」
「もうちょっとがんばりなさいな、今はレイが誘いに来た輩を追い払ってくれてるから」
「うん……あれ?雷なってる?」
「そうね」
少し不安そうな顔をしながらも顔を上げて窓の外を眺めるロザリーと同じ様に窓の外を眺める。
――ゴロゴロゴロゴロ
時折遠くの雲の隙間から光がチカチカと漏れる様子が見て取れ、会場の外では雷鳴が鳴り始めていた。この時期の天気は崩れやすいというのは良く聞くが、よりにもよって今日でなくても良いのではなかろうか。
外の心配をしていると、やっと解放されたのか殿下とサージ君が二人して戻って来た。疲れた様子をおくびにも見せない姿はさすがと言うべきだろう。
「やあ、みんなお疲れっていうかロザリー君が一番疲れているようだね、大丈夫?」
「あはは、大丈夫です。もう少し休めば問題ないです」
力なく体を上げ疲れた笑顔でそう答えるロザリーを優しい笑顔でコクリと頷く。
「そうか、やはり先輩方だと断り辛いものだしな。なんだったら俺の方からも断りを入れておくから」
「ありがとうございます」
いつもの元気が半分ぐらいになっているのは見ていると心配になってくるが、殿下が動いてくれれば必然的に婚約者候補に手を出すなという空気が出来、おのずとダンスを誘って来る輩も減るだろう。
外ではとうとう降り出した雨粒が窓ガラスに叩きつけられる音も次第に大きくなり、風も吹き始め屋内と言えど皆が心配顔になって外の様子を見ていた。
しばらく休憩がてら談笑をしていると、雨音がさらに激しくなり会場の窓が一瞬白く光った次の瞬間に絞り出すような音と共に大きな雷鳴が会場を揺らすように響いたのだ。
――ガラガラガラ ドスーン!!!
「「キャー!!」」
女生徒数人の叫び声が上がった。
突如大きな音が会場全体に鳴り響き、緩やかな曲を奏でていた音楽隊の手までが止まり一瞬の静寂が流れる。それを機に会場全体が騒めき始めた。
「なに?落ちた??」
「近くない?」
「なんか向こうで火の手が上がってる!」
騒然とする会場内を生徒会の面々がすぐさま収束させようと生徒達に声掛けをする手際はさすが生徒会と思ったが、混乱は中々収まる様子はない。それというのも誰かが気づいたのか窓から見える東側の奥にある塔の一部が崩れて赤い炎と煙が大雨の中、モクモクと激しく燃え上がる様子が見て取れたのが原因だった。
「…またあの場所か」
外の様子を見ながら殿下が目を細めて呟いたのを聞き逃さなかった。
「あの、またというのは?」
「ほら、ついこの間の火事があった場所をおぼえてる?そこと同じところなんだが、そんなピンポイントで同じ場所に自然の雷が落ちるのだろうかと思ってね」
「確かにそうですね…」
目を凝らしながら燃えている塔の辺りを見つめていると、騎士団や衛兵達が現場に集まって行く様子が見えたのだが、火事の消火にしては物々しい重武装をしていたのが気になっていたが現状、こちらもそれを気にしている状態ではなかった。
――ザワザワ
騒然とする会場ホールの中、生徒会長が青いスカートを翻しながら掛け上がり中央二階の踊り場に立つと、すぐさまリーサ副会長が隣に立ち大声で生徒達に呼びかける。
『はい!みなさん会長に注目して!!』
「え~舞踏会を楽んでいる皆さま、詳細はまだ不明ですが先ほど落雷による火事が起こった様です。騎士団の方から避難指示が来ておりますので今回は実に残念ではありますが、このあたりで舞踏会は終了とさせて頂き延焼の危険も御座いますので各自生徒会の指示に従って裏門口からの避難をお願いします」
会長の適切な指示のお陰で会場にいる生徒達は落ち着きを取り戻し、素直に指示にする方向へとゾロゾロと移動し始めたのだった。
◇◇◇
――城内東塔付近
「城外に出すな!必ず押さえろ!!」
アルトレー騎士団長の怒号が飛び、六人の重装騎士がランスと大盾を構えてその怪物を取り囲むように展開し、後ろに十人の長剣を構えた騎士が更に囲み塀の上ではボウガンを構えて弓隊が隙間なく目標を狙っていた。
アルトレーはこの怪物を見た瞬間から魔物ではなく、明らかな人口的な何かを感じ取っていた。それは身長は三メートルを超え人の形を取っているが、腕は地面に着くほど長くあちこちに継ぎ接ぎされたような縫い跡と、その奇妙なアンバランスさが異質さを強調しているのが見て取れる。これは報告にあった殿下達を襲った人の肉体を使いしフレッシュゴーレムそのものに違いない。
しかしそう断定をするも、少し気になる点も見て取れる。報告では胸の奥に大きな魔石が埋め込まれていてそれを砕く事で倒したとの情報だったが、この怪物は最初から胸の魔石が表に出ている点が不可解でもあった。
どちらにしろこいつを倒さない限り、何もわからない。そう思いつつアルトレーは部下に指示を発した。
「よし、輪を縮めろ!」
団長の合図と共に、ジリジリと盾を構えた重装騎士達がゆっくり怪物に対しての囲みを縮めてゆくと、怪物は周りを見渡し迫りくる騎士達を紅い瞳で見据える。
次の瞬間、重装騎士が構える六本のランスが一斉に怪物へ撃ち込まれると、怪物はその長い腕を利用して地面を蹴り、驚異的な跳躍で飛び上がり崩れかけた東塔の縁へと張り付くもすぐさま弓隊の矢が次々と放たれた。
しかし、矢が怪物の体に吸い込まれる様に何本も当たってはいるが、まるで効き目がまったくないように塔の壁をにじり昇ってゆく。
「くっそ、やはり魔石を直接攻撃しなければ止めきれんか」
「団長、弓隊で狙い撃ちをしたい所ですが奴は現在背中を向けていて当てるのは難しい状態です。さらにこれ以上上に行かれると、この大雨で命中率と威力低下が否めません」
副官の言ってる事は最もだ。これでは奴が塔を上り切って屋根から逃げられてしまう。
――ドゴーン!!
ガラガラガラ……ドスーン!!!
そう思った矢先、頭の上を火球が通り過ぎ怪物の近くで大爆発が起こると、瓦礫と一緒に怪物が地面へと落下してきた。
「アルトレー、今の内だ!」
市内を回っていた王宮魔術師長のスィオーネが駆けつけてくれたのだった。
その様子を確認したアルトレーは頷き、すぐさま魔石を砕くよう指示し、背中から落ちた怪物の胸に光る魔石にランスの切っ先が唸りを上げて何本も魔石に突き刺さると、石は砕け残っていた魔素が噴き出すと怪物の体は徐々に石化を始め、ボロボロと崩れてゆく。
「スィオーネ、助かったぞ」
「なに、いいって事よ」
そう言いつつ雨で濡れた長髪を手で弾きながらニヤリと笑う。つられてアルトレーもニヤリとした刹那。怪物を討った部下の一人が声を上げた。
「団長!奴の頭が!!」
振り向くと頭だけは石化せずに残っており、目の部分が紅く明滅しそれが次第に早くなってゆく。
「!?」
『ブービートラップだ!伏せろ!!!』
アルトレーの声に反応して近くにいた騎士団の面々が一斉に地面に突っ伏した次の瞬間、爆発が起こった。
――ドゴ――ン!!!!
爆音が城内に鳴り響き、爆炎の中の東塔は瓦礫を撒き散らしながらさらに傾斜を増してゆく。
そしてその轟音が収まる頃には雨の音だけが辺りに鳴り響いていた。




