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空での回顧

 翼竜が羽を力強く羽ばたかせる度にグングンと上昇して行き、実家の屋敷が帝都の街並みに埋もれて見えなくなる高さまで上がるとそのままマージナル王国の在る西に進路を取り移動し始めると、ようやく静かな遊覧飛行が始まり、心地よい風が白銀の髪を靡かせる。


 久々の帝都上空から見下ろす風景を堪能していると不意に背中に重みを感じ、振り向くといつの間にかネコマルさんの使い魔の猫が肩口まで登って来て顔をこすりつけて来た。


ニャー


「こらこら、お前のご主人は後ろにいるでしょう?」

 そう言いつつもついつい顎の下を撫でてやるとゴロゴロ言って甘えて来るのが楽しい。相手をしてあげてると反対側の肩に小さな白い蜘蛛が昇って来て自分も撫でろを言わんばかりに髪をモシャモシャ引っ張って催促しに来るので指で頭を撫でてあげる。


「よしよし、キュローも可愛いよ」


 キュローと名付けた小さい子供の白蜘蛛はまだ使い魔としての能力は低い為、普段は私の髪の毛の中に隠れているが猫が撫でられてるのを見て嫉妬したのか珍しく出て来たようだった。

 二匹の使い魔を撫でながら遠く見える西の山脈を越えた先にあるマージナルという国について自分の知っている情報を整理していこうと思う。


 魔鉱石交易で商業レベルでの交流のあったマージナル王国が何を思ったのか突然、大国でもあるアルカンディア帝国に宣戦布告をして来たのは十七年ほど前の話しだ。


 開戦当初こそ異世界から召喚されて来た勇者の非常識な力によって機先を制されたが、最終的な結果は当時の皇帝陛下の命を賭した勇者との一騎打ちの末、相討ちという形で最大の危機を脱した。

 陛下を失ったものの私の父でもある獣王ガデライン将軍、吸血王ベクタール将軍、鬼王ムラクモ将軍による軍の再編、反撃で元々10対5の差を勇者で埋めていた王国軍が戦線を維持できるはずもなく、圧倒的戦力の前にマージナル王国は事実上降伏という形の講和をする事となったと聞いている。



「ねえ、ネコマルさん?マージナル王国はなんでウチに攻めて来たんだっけ?」


「ネクマールです。 歴史勉強の復習ですか?」

 振り向き後ろで涼しい顔をして風景を眺めているメイドに声を掛けると、いつもの返事から返って来る。


「まあ、これからお世話になるから多少はね」


「なるほどそうですね、わたくしの知識は座学の授業と大差ありませんが、あの国は魔法や魔具の文化が発展してますから魔石の使用頻度が高いのは知ってますよね?となると魔石消費量が高くなるのは当然として自国で補えない量を解消する為には鉱山を多く持っている他国との交易でとなる訳ですが……」


「異世界からの勇者という分不相応な力を持ってしまった為に、要らぬ野心を抱いたと」


「正解です。まあ、結果的には野心を抱いた者は自滅して現国王はその後始末に追われて十数年って感じですね。最近は南方のライハンドル帝国の動向も気になりますし、我が国との更なる関係改善は急務になっているのでしょう」


 彼女の話しの中で出たライハンドル帝国はマージナル王国の丁度南に位置する国で、国境線の大河セノーペ川を挟んだ大陸南部の大国だけど、両国の戦争時はどちらとも組みせず中立を保ち戦後は何かと理由を付けてマージナルとの国境沿いの戦力を徐々に増やしている(したた)かな国らしい。



「なるほど、ネコマル先生ありがとうございます」


「ネクマールです。 どういたしまして」



 前に広がる雲海に視線を移し、再び思いに耽る。動機に関してはネコマルさんから教えてもらった通りだろう。以前の座学で皇家と女神の盟約、そして陛下の遺言がある為に賠償金と係争地の獲得で和平をしたと聞いた時はそれでよく矛を収めたなと感心していたが、後日父から特に鬼族と皇帝直衛で命を失った竜王アマツ将軍の遺族の説得が一番大変だったと聞かされた時はその怒りは最もだとも感じた。


 ともあれ、後で聞いた話だけどベクタールのおじ様の見立てでは我が国との関係改善が見込まれないと窮地に立った時、また召喚術に頼ろうとする輩が出るとも限らないと考えてるようで、そうならない為にも交流要請に答えたわけだ。


(そういう危険性も考えれば、とてもじゃないが皇女殿下を留学になんて出せるわけもないよね)



 唇に手をやりぼんやりと思考をめぐらしていると、翼竜の手綱を握る御者のシルドが声を掛けて来た。


「お嬢様、そろそろ国境が見えてきましたよ」


「あら、意外と早く着いたわね。もうちょっと乗っていたかったんだけど」


「このまま乗って行けば三日程度で着くのですが、そうも行きませんので諦めて下さい」

 手綱を慎重に操作していくと、翼竜はゆっくりと降下を始めて行く。


 無事に下へ到着すると、一日前に出立して待っていた使用人達が一斉に集まり荷物下ろしと二頭立ての馬車への積み替えを始める。

 世話しなく動き回る使用人の邪魔にならない様に辺りの石に腰を下ろし猫を抱きながら待機していると、ネコマルさんがやって来て手の平で馬車のドアへと促して来た。


「さあ、準備が出来ました。お早くお乗り下さい」


「え?もう出発??」

 私の声に”何言ってるんですか?”みたいな呆れ顔で溜息を吐いた。


「当たり前です、竜と違って地上を走る馬車だと二倍の時間が掛かると予想して動かないと間に合いませんよ?」

 グイグイとお尻を押されて渋々馬車の中に入ったが、二頭立ての馬車なだけあって意外と中は広く椅子に横になっても大丈夫そうだった。しかしこの認識が甘かったのを動き出したすぐ後に後悔する事となる。


 翼竜をこれから屋敷に帰る使用人達に預けてお別れをした後、今後の流れとして私達を乗せた馬車は一路マージナルとの国境を通過し、最初の宿場街ローブレルで向こうの国から派遣された案内役の騎士と合流する事になっていたのだが……。



――ガタガタガタガタガタ


「ちょ、ちょ、ちょっとこの馬車揺れすぎじゃないですか?」

 動き出した途端に馬車の中は小刻みに上下左右に揺れまくり、時折お尻と椅子が離れてしまう程の振動が体を揺らしまくる。道を見た時はここまで酷い道にはみえなかったのに。


「まあ、マージナルとは魔石交易に制限が掛かったお陰で商人の行き来がほとんどなくなりましたから道も荒れてますね」


「そんなすまし顔で…あ!ちょっとそのスカートの中みせてよ!!」

 ネコマルさんの”あっ”という顔を見逃さなかった。すかさずスカートをたくし上げると案の定自分だけ大きなクッションをお尻に引いていたのを見つけた。


「も~ずるい、分かっていたんだったら私にも用意しておいてよ!」


「たまには不便さを体験するのも旅の醍醐味として良いかと思いまして」

 渋々といった表情で座っていた座席の上部分を開け、荷物入れからもう一つのクッションを出してきてポンっと渡してくれる。


「そんな醍醐味は要らないわよ、これで六日以上乗ってたらお尻が割れちゃうわ」

「元々ですよ」

 くだらない文句を言いながらも椅子にクッションを敷いてお尻を落とすと、先ほどよりは大分マシな揺れに感じた。それでも長時間はきついなあと思っていると、猫がポンと膝の上に乗って来て我が物顔で寝始めた。


「あんたも主人と同じでいい性格してるわね」

 丸くなってる体を軽く撫でると、尻尾をペシペシと動かす姿はもっとちゃんと撫でろと催促されてる気がして思わず吹き出しそうになる。






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