出立の日
マージナル王国首都までの道程は馬車でも宿泊を入れて一週間かけて行く距離。部屋で準備を進めてると後ろに気配を感じ振り向こうとした瞬間、黒色の際どいドレスを着た長身な女性に抱き着かれた。
「ペルちゃ~ん、ママ寂しいわ~」
「え?あれ?お母様?里帰りしてたんじゃ……」
「馬鹿ね、大事な娘が他所の国へ長期滞在しちゃうのに見送りもしないなんてありえないでしょ?」
「う、うん、わざわざありがとう」
セイリーン・クロノス、サキュバス族長の娘であり長身の美しい女性でそして私の自慢の母だ。
私の本当の生母は亡くなった母の妹だったらしく、養子に迎える時は尽力してくれたと父から聞いていたが、物心ついた頃には母はずっと彼女なので生母が居たと言われても今一つピンとこなかったが、そんな私を見て生母がどんな人だったのかをよく話聞かせてくれていた。
「そうそう、これを渡したかったのよ~」
何処から取り出したのか小さな小箱を私に差し出して来た。それを受け取り蓋を開けて中身をみると二つの小さな銀色の指輪が仲良く並んでいる。
「ん?えっと、何の指輪ですか?」
一つを摘まみ上げ外の光に掲げて眺めてみるが、なんの変哲もない銀の指輪だ。よくよく見ると精巧な文様が彫ってある。
「ふふ、ママの御下がりだけど~、すごい便利な指輪なの」
そう言いながら、私の左手を取って持っていた指輪を薬指に差してくれた。
「???」
「じゃあ、そのまま姿見鏡を見て見なさい」
言われるがまま部屋の隅に置いてある姿見鏡を見るとある事に気が付いた。角がないのである。
「え?角が……あれ?羽根も尻尾も消えてる」
「すごいでしょ?なくなった訳じゃないのよ、不可視化してるだけなの」
「へえ、凄い!」
そういいながら頭をさわると見えないが角を指で感じる事が出来た。そして背中もお尻もさわってみるとたしかにそこに羽根や尻尾があるけど視認が出来ないのである。この素晴らしい指輪の性能にはしゃいでる私の姿を見て母は少し困った顔をして両肩に手を置き、私をジッと見て来る。
「ペルちゃん、これから言う事は大事な事だから良くお聞きなさい。この指輪には一つ弱点があるの」
「弱点?」
「私達魔族は人族に比べて腕力にしろ魔力にしろ持っている力が非常に強いのだけどね、この指輪は視覚的な効果を出すと同時に付けた者の力を四割ほど減衰させてしまうの」
「え?ほぼ半分じゃないですか」
「とは言えあなたと同じ年の男の子に力負けする事はないから向こうに行ってる間は常時着けていなさい」
でもなんで?と言いかけてハッとした。
そう、私は人族の国に行くのだ。魔族を嫌う人間は山のようにいる場所でそのままの容姿だと色々トラブルに巻き込まれる可能性は大だ。そんな母の気遣いに感謝をしつつ、ふと頭に浮かんだ疑問に思った事を口にした。
「ありがとう、お母様。でもなんでこんなもの持ってたの?」
「え?いや、その、たまたまよ!そう、たまたま……ね」
舌を出しあさっての方を見ながら母の目が泳いでいる。時々ふらりと数日いなくなるのは……まあ、サキュバスの血がそうさせてるのは致し方ないのかも知れないが、素直に感謝してお父様には黙っておくほうが無難ね。
――よくよく考えると私も半分その血が流れているじゃない!?いや、考えない様にしよう……うん。
◇◇◇
――出立の日
ギャーオォ
「よしよし」
翼竜をなだめながら御者が手綱をうまく使い、制御する。
「マージナルまでの道中よろしくね、シルド」
「はい、お任せくださいお嬢様」
シルドは我が家に長年仕える御者の一人だ。彼の案内でとりあえず国境までは翼竜で移動し、その後は人族の貴族が使う馬車に乗り換えてマージナル王国首都カグメイアまで移動する予定になっている。本当なら翼竜で一気に移動した方が早いのだが、マージナル国内を飛ぶのはあらぬ誤解を生むという事であちらの交通手段を使うのが無難であろう。
すでに荷物の搬入は済んで、後は私達が乗り込むだけになると、屋敷の前に家人が勢ぞろいして見送りにわざわざ来てくれていた。
「ではペルディータよ、しっかりと務めるのだぞ」
「体には気をつけてね、変な男に引っかかっちゃだめよ?でもいい男なら大いに恋愛をしなさい」
「は、はい、お父様、お母様」
苦笑いしながら両親に挨拶していると、足にノイが抱きついて来た。
「おねぇたま~、ほんとにいっちゃうの?」
「うん、お休みにはちゃんと帰って来るからいい子にしていてね」
ノイが離れないのを頭を撫でながら抱っこして母に預けると、寂しそうな顔でこちらを見て来るのがちょっと辛い。
見送りに来てくれたベクタール様に挨拶し終わった所で、私を呼ぶ声が聞こえ振り向くとそこには銀色の髪を揺らしながらラティア皇女殿下が乗って来た愛馬のスレイプニルから降り立ち手を振りながらこちらへやって来た。
「ペル~見送りに来たわよ~」
「皇女殿下、またお一人で行動してたのですか?」
「一人じゃないわよ?ほら」
彼女の指し示す方向を見ると、後ろから必死に馬車を引いた護衛の重装ケンタウロスがこちらへと走って来ていた。その馬車から座学での友人達が顔を出して手を振ってくれているのを見つけ手を振り返した。
「みんなありがとう」
苦笑してやっと追いついて来た護衛騎士をねぎらいつつも、皇女は申し訳なさそうな顔をして私の手をギュッと握って来た。
「ペルごめんね~、ラティの変わりなんかさせちゃって」
「とんでもない、私には良い機会を頂けたと逆に殿下へ感謝をしたいくらいですよ」
「そう? そう言ってくれると助かるけど、あっちでは無理しないでね。帰って来たらお土産話待ってる」
「「私達は物品的なお土産まってるわよ~」」
皇女殿下の話しに乗っかって皆が期待した目で私を見て来るが、種族別で好みが違うからお土産選びも大変になりそうだ。
「ええ、もちろんわかってるわ。殿下もしばらくお会いする事は出来ませんが、皆と一緒のお勉強がんばって下さいね」
「え?……あーうん、わかってるって! それじゃあね!!」
「「バイバイ~」」
私の言葉に苦笑いを浮かべながら去り際に胸へポーンとタッチをして愛馬に乗り込むと大きく手を振って去って行った。それを見た護衛も慌てて後を付いて行く姿を呆れつつ見ながら溜息をついていると隣に兄が寄って来る。
「相変わらず嵐の様なお方だな、うちの皇女殿下様は」
「そうね~、割と一緒に居た時間が長いからちょっと寂しいのかも」
「まっ、そうかも知れんが、お前がそこまで気に病むこともないだろ?三年なんて長い様で短い」
そう言いつつ私の手に布袋を手渡してきた。
「え? っと、、重…なに??」
布袋を受け取って中身を見てみると、魔石がぎっしり詰まっていた。頭に?を浮かべて兄を見るとニヤリとする。
「あっちで売ってる魔石はこちらと違って不純物が多いからな、持っていて損はないぞ」
「あ、うん、ありがとう」
魔石は純度が高いと魔法の威力増加やランプなどの魔具に使われる場合でも、光量が高いし長持ちするので重宝されるがあちらでは値段もそれなりに高い。故に余ったら売って小遣いにでもしろという事だ。兄らしい餞別でとてもありがたく感じた。
皆に見送られながら翼竜へと跨ると、付き添い兼護衛役のネコマルさんも後ろに跨ぎ、皆が邪魔にならないよう離れるといよいよ出発だ。
御者の手綱が鳴ると翼竜は翼を羽ばたかせて一気に飛び上がる。手を振る家族達に見守れながら見知らぬ地への旅立ちに多少の期待と不安を胸に抱え一路西へと飛んで行く。
◇◇◇
娘を乗せた翼竜が見えなくなった所でガデラインは踵を返して屋敷に戻ろうとすると、不意にベクタール宰相が声を掛けて来た。
「しかしあの子をマージナルに行かせて本当によかったのかね?」
「これはおかしな事を申すな、この話を持ってきたのはお主ではないか」
「いや、最初は良かれと思ったのだが、こうして送り出してしまうと色々考えてしまうのだがな」
「分からないでもないが、何時彼の方の気まぐれが起こるか分からない故これでよかったと思うよ」
「そうだな、庶子とはいえ何かのきっかけで女神のギフトが今以上に開花してしまったらと思うと…」
「ベクタール殿!」
「おっと、すまない……」
口を押え謝罪してくる同僚を横目にガデラインは小さく溜息をつく。
(いつか本当の事を教えなければならない時が来るだろう。その時、あの子はどう思うか……)