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早朝からの来客


 ここはクルシウス大陸――豊穣と変革を司る太陽の女神ホークレアと平穏と秩序を司る星の女神ルドーラが見守る世界。


 その大陸北方に位置するのは人族から魔族と忌避される人々の国、アルカンディア帝国がある。首都ゴートルクスは(かつ)て勇者戦役と呼ばれる隣国マージナル王国との戦争の影響で崩壊した帝城の修復が戦後から十五年、未だに続いていた。


 そんな帝城の近くに勇者戦役時、北方の最前線を守り切った獣王将軍ガデライン・クロノスが居を構えるの屋敷がある。




――カーン、カーン、カーン


 窓の外を石を叩くハンマーの音や、荷馬車の走る音がけたたましく朝の喧騒(けんそう)が鳴り響く中、屋敷のとある一室は色々な観葉植物に覆われ、本棚は入りきらない本が溢れあちこち積み上げられてがちゃがちゃした部屋の端に置かれたベッドの中で私は目が覚めた。


「ふぁ~もう朝か…」


 子供の頃から聞き慣れた目覚まし音に眠たい目を擦りながら窓の方に視線を移す。正直な話、屋敷に張り巡らせた遮音シールド魔法などは広範囲だと効果が薄いらしく、外の騒音は割と聞こえる。ただ、音はともかく習慣というのは厄介なもので何もなくても何時も通りの時間に目が覚めてしまうのだ。特に今日は剣術の修練などがないのを良い事に夜更かした分、二度寝をと思ったが元々寝つきが悪い為に一度目が覚めてしまうと中々寝る事が出来ない体なのが恨めしい。


 カーテンが開いてるのか、窓際に置いてある観葉植物の隙間から日の光がチラチラと顔に当たり眩しい。光を遮ろうと適当に手を伸ばすと何かの瓶が指先に当たり、次の瞬間小さな破裂音が頭の近くで鳴り響く。


――バフッ!!


「うわ!なに?……ケホケホ…」


 手で煙を払いながら起き上がり、キョロキョロと自分の周りを見渡すと砕け散った瓶の破片が散らばり枕元に積んでいた本が雪崩を起こしていた。溜息交じりにそれを適当に重ねながら昨晩の事を思い出す。


(ああ、そうだった、昨日書庫から色々持って来て薬品の実験して作りかけを置いていたんだっけ)


 本に紛れていつも使ってる手鏡が哀れにも本と本の隙間に埋もれていたので、救い出し手に取って眺めてみる。眠そうな金色の瞳に寝ぐせのついた白銀の髪とそこから分け出てる黒い角、見慣れた自分自身が映るが、小さなひび割れとうっすらと舞い散った埃を被っていて何とも見栄えが悪い。


ふぅ~


「ごほっ!ごほっ!!」


 思わず息を吹きかけた途端、再び埃が舞い上がり涙目でむせ返り自分の馬鹿さ加減にゲンナリしている最中、部屋の外からドアを叩く音と共に声が響く。


――コンコン


「お嬢様、ペルディータお嬢様、朝食のお時間です。それと旦那様達がお待ちですよ」


「ふぁっ……くしゅん!くしゅん!!」

 返事をしようと声を上げようとするが、今度は埃が鼻に入り込みクシャミが止まらない。涙目になりながらクシャミを続けていると、業を煮やしたのか声の主がガチャリとドアを開けて入って来た。


「入りますよ、お嬢様……って あ~もう、昨日大掃除したばかりなのにまた書庫から大量に持ってきたんですか?一体何やってたんです? お怪我は……ないようですね」


「へへへ、ごめんねぇネコマルさん……」

 手渡されたハンカチで鼻を拭いていると、渋い顔でこちらに向き直る。


「ネコマルじゃなくて”ネクマール”です。まったく、本は読む分だけ持ってきて下さい。それと部屋で薬品の実験はご遠慮ください。ただでさえ本や植物なんかで部屋が狭いんですから」


 ネコマルさんと言うのは私が勝手に呼んでいる愛称で専属メイドさん。子供の頃からずっと面倒をみてもらってる獣人族の女性だ。しかし、愛称はあまりお気に召していない様で毎回否定から本題に入った。


「ほら、動かないで下さい」

「は~い」


 散らかっている破片などをササッと手早く片付けてから持っていた(くし)で髪を梳かし始めてくれる。私はこのひと時が一番好きだ。自分でするより人に頭を撫でられている様で気持ちがいい。


「はい、お終いです。あとはちゃんと着替えましょうね、お客様もお待ちですから」


「あー着替えは別にって……お客?」


「はい、今朝はベクタール様がご来訪されています」

「えっ?!それは大変じゃない!!」


――ゴン!!


 慌てて寝巻を脱ぎ急いで上着を身に着けブーツを履こうと、片足を上げた瞬間にバランスを崩してベッドの柱に頭をぶつけてしまい、その痛みでのたうつ。


「!?@%#」

「はぁ~、何してるんですか」


 呆れ顔のネコマルさんにへへへ……と苦笑いで返した。


(どうも今朝は色々とついてない……この後も嫌な予感がする)



◇◇◇



「おはようございます……」


 ソロソロと食堂に入ろうとしたが、ネコマルさんに後ろから押し出されでバツの悪い顔で朝食中の家族の前に出て行くと、すぐに父と目が合った。


「おお、ペルディータ!やっと起きたか、待っておったぞ」


 獅子の様な父の大きな声で食事の手を止め、皆がこちらに注目する。


「おや、おはようペルディータ嬢、よく眠れたのかな?」


 父の隣で紅茶のカップを片手ににこやかにしている帝国宰相ベクタール・アガランド様。見た目は初老で細身の紳士だが、元帝国軍人にして吸血鬼族長の肩書も持つ方だ。子供の頃から兄妹で可愛がって貰っており、座学の師でもある。


「おっせーな、おやっさんがわざわざこんな時間に来てくれてるのに何時まで寝てんだ」


「ベクタールのおじ様が来るなんて聞いていませんもの、それに”おやっさん”なんて失礼よ」


「いいだろ別に、だいたいお前は普段からぐーたらしてるから寝坊する、気合が足りん!気合が」


 朝から口うるさいのは五つ年上の兄、ラディード。色黒で黒ヒョウを思わせる黒髪の獣人で若き近衛師団のホープと自分で言ってるが、本当の所はわからない。ただ、ちょっと脳筋な所以外は良い兄だ。しかし朝から肉汁滴るステーキをパクついてる姿を見ると、こちらが胸やけをしてくる。


「おねぇーたま~おはやうございます~」


――ドスン!!


「おっ!……はよ……う……ノイ」


 妹のお腹への重い突撃で思わず目が白黒させて倒れそうになるのをギリギリで耐える。


「おねぇたま?」

 不思議そうな顔で下から顔を覗き込む妹の頭を撫でて、何事もなかった様にちょっと引きつった笑顔を見せた。


「ええ、大丈夫よ、それより食事をしている最中でしょ?ちゃんと座ってね。私も座るから」


「あい」


 専属メイドのサポートを受けながら椅子に座りなおして朝食の続きを始めるノイの姿を見て、私も自分の席に座る。

 彼女は私の妹、ノイディータ。まだ四歳だが、獅子色の髪と赤い目が父の血を色濃く受け継いでいる為に非常にパワフルだ。既に遊び回って屋敷のドアをいくつも破壊されているのでこの娘が起きている間は屋敷中のドアは解放状態にして対策をしている始末である。


 私達三兄妹は実の兄妹ではない。兄と私は養子に迎えられ父の実子は一番下のノイだけだ。しかし、三人共平等に厳しくも優しく今まで育ててくれた事に感謝している。いつか恩返しが出来ればと、私も兄も思っているがそれはまだ先の話になりそうだ。



「それにしても、いつもはこの時間には城へ出仕してるのにどうしたのです?」


 朝食を取りながら不思議そうに父に問いかけると、少し難しそうな顔をした後、隣のベクタール宰相と頷きあってからこちらを見て口を開いた。


「ペルディータよ、急な話だがおぬしマージナル王立学園に留学せぬか?」



「……はい?」


 唐突な父の言葉に思わずスープを(すく)った手が止まる。






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