第二王子殿下
「ええ!?」
少し大きな声が階段状の教室に綺麗に響き、黒板に文字を書いていた教師と生徒達が振り向く。
「ロザリア君、何か質問でも?」
古典語学のクラフトール先生がジロリと睨んで聞いてくると、慌てて”なんでもありません”と言い訳して口をつぐむ。
「最初の授業だからといって気を抜かない様に、一ヶ月後すぐに中間試験があります。その結果次第では追試もあるから甘く見ていると落第の可能性も否定できない事を肝に銘じておくように」
「……はい、すみません」
翌日、初の授業という事でクラス分け通りに教室へ向かった。一年生は48人、それを半分に分けてクラスを作り私達は2組に所属したのだが、小耳に挟んだ噂によれば第一王子派と第二王子派で分けられたとの話らしいが、真偽のほどはわからない。そんな話をロザリーに聞いても、昨日の一件で彼女は口をへの字に曲げてずっと会話をしてくれないので先ほどそっと種明かし(魅了の話)をした所、声を上げてしまい先生に怒られたという流れである。
「じゃあ、今もサキュバスの魅了が垂れ流し状態なの?」
ロザリーが体を寄せて小声で聞いてくる。
「まさか、基本起きている時は影響ないです。それに寝ていても必要以上に近づかなければ影響を受ける事はないです。それにもう少しすれば完全にコントロール出来るだろうし、そもそも私はハーフなんでそんなに強い影響力はないわ」
「じゃあ、あたしがあっちに目覚めたわけじゃなかったんだ」
私の説明を少し顔を赤らめて胸を撫で下ろしてる様子を見て、思わずニヤリとした。
「よかったですね、私としては別に構わなかったけど」
「よくないよ!!」
頬を染めたロザリーが怒気を上げて怖い顔をこちらに向けた後ろで、さらに怖い顔をしたクラフトール先生が後ろに立っていた。
「――ああ、良くないね」
「「あっ」」
「二人共一番後ろでしばらく立ってなさい!それから授業の後で教務室へ来るように」
「「はい」」
渋々教室の後ろに二人で立つと一番前の席のレイさんが声を殺しながら肩を揺らして笑ってるのが見え、窓際のメティスさんも呆れた目でこちらを眺めている。そんな中レイさんの隣のブルーグレー髪の青年が目に付いた。特にこちらを見る事もなく、真っ直ぐ黒板を見る横顔だけではピンとこないが最初に自己紹介があったものの一度で全員顔が一致するわけもなく、ただ妙に印象に残っていた。
(そういえば、食事の時にレイさんの隣に居たような……)
◇◇◇
「「失礼しました」」
二人で頭を下げながら教務室の扉を閉じ、二人同時に溜息をつくとお互い顔を見合わせて苦笑いをする。まさか授業初日に呼び出しを受けて教師から説教を受けるとは思いもしなかった。当然教務室にいた他の教師からも注目の的だったのも言うまでもないが、目立たない様に学園生活を過ごす当初の計画は初日にして破綻しそうだった。
「これで先生方に目をつけられたわ~」
天井を仰ぐように体を伸ばしながら愚痴る彼女を見て思わず苦笑する。
「ロザリーって素はあまりお嬢様っぽくないですね」
「はは、かもしれない、お陰でこの黒髪も相まって周りから避けられてる。それよりペルはその敬語なんとかならないの?」
彼女の指摘に思わず口を押え、少し考えてみるが兄妹喧嘩する時もこんな喋りなので気にもしていなかったがやはり、変なのだろうか。
「う~ん、子供の時から父にそう教えられてたから砕けて話せと言われてもよく分からないの」
「そっか~、本音が見えにくいのは確かね。まあいずれ暴いてあげるわ」
「あら、お手柔らかに」
クスクスと笑い合いながら教室に戻る廊下を歩いていると教室の前でレイさんが軽く手を振っていた。
「よう、白黒コンビおかえり。学園生活最初のお説教はどうだった?」
「お説教でどうもこうもないですよ、それになんですか?その白黒って」
そう聞くと、彼は私達の髪の毛を指さして来た。なるほど、言われてみればそうかもしれないけど、おかしなあだ名が広がるのはやだな~と思って隣のロザリーを見ると、軽く会釈をして黙っている。
あきらかにレイさんの隣にいる人物に視線を合わせない様にしているけど、苦手な人なのかと思いつつレイさんに聞いてみた。
「あの、レイさんの隣にいる方はどなたかしら?クラスメイトだというのはわかるけど」
「ああ、レイでいいよ。で、マジで知らないの??まあ、しょうがない世事に疎いペルちゃんには特別に教えて進ぜよう!なにを隠そうこの国の第二王子ジルベール殿下とはこの方よ!!」
(!!ああ、この人が例の王子か……意外と身近に居たのね。美男子とは思うけど意外と線が細いわ…)
「レイ、そういう紹介の仕方はやめてくれないか」
「おぉう、すまない」
おおげさにに紹介するレイさんを窘める様に苦虫を潰したような顔をして横っ腹をつつくと大げさに痛がってお道化る。
「なんと王族の方でしたか、それは気が付かず大変失礼しました」
「いや、むしろ国が招待したのに王族に身を置く俺の挨拶が遅れたのが悪いのだから気にしないでくれ」
「わかりました、それでは改めて三年という短い間ですが、よろしくお願いします」
「ああそうだね、こちらこそよろしく」
手を差し出すと意外にも素直に握手をしてくれた。彼は差別的な意識はなく懐が広いのか、ただ王族としての社交辞令かまだわからないが、非常に興味深い。それに、例の調査対象がレイさんの友人というのも出来すぎているが、これを利用しないわけにはいかないだろう。それにしても表情から感情が読み取りにくいのはわざと感情を殺しているのだろうか?
「それにしても殿下がレイとご友人関係だとは気が付きませんでした」
「まあ、こいつとは幼少時からの腐れ縁でなんだかんだでもう十数年の付き合いだな」
「そうか、子供の時にこっちでしばらく過ごしてたからそんなになるか」
「レイがあまりに普通に接しているので王子殿下とは思いもしなかったですね」
実際、例の王子を探す時は周りの生徒の対応を見て目星を付けようと考えていたけど、彼のお陰で全然当てが外れていたようだ。
「おいおい、俺だって時と場合ではちゃんと線引きして礼儀をわきまえるぜ」
「そんな場合あったか?」
「あった……気がするぞ?まあ、こういう関係も俺達の愛のなせる業だな!はははは、はぅ!?」
”気持ち悪いんだよ”と再び横っ腹を殿下にどつかれてレイは悶絶していた。
二人のやり取りを見てクスクス笑っていると別の所から声がかかる。
「殿下、レイ様そろそろ次の授業が始まりますので教室へ戻ったほうがいいですよ」
教室から亜麻色の髪の青年が出て来て声をかけて来たのだ。見ればどこかで会ったような気がして、よくよく考えたら野盗襲撃時に加勢してくれたもう一人の人だった。
「あれ?あなたレイと一緒にいた…」
「はい、サージ・ラグナールと申します。ペルディータ様」
聞けば彼は子爵家三男でレイの所へ執事兼護衛という役割で一緒に入学したという事らしい。その若さで護衛とは相当の腕前なのだろう。実際、野盗退治時の剣捌きも上手かった。そんな彼は殿下達と連れ立って教室に入るのを見ていると、ロザリーが手を引っ張って来た。
「ほら、予鈴も鳴ったから早く行こう」
「あ、うん」
彼女に促されて教室に入るが、やはり王子を意図的に避けている感じだった。




