5.被害者でもドヤ顔はします
途中で視点変わります
(ジャック視点です)
「いやぁ~今日はいい日だなぁ」
婚約破棄が成立してから数日後、今日は新たな婚約者となった愛しのローズと参加する初めての夜会だ。
「ご機嫌ですね、ジャック様」
側仕えで乳兄弟のアランが、声をかけてくる。
「そりゃぁそうさ、今日はローズを僕の婚約者として皆に紹介する日だからな♪きっと皆羨ましがるぞ~」
「良かったですねジャック様、しかし浮かれてもリリー様への配慮は忘れないで下さいね」
その言葉にちょっと冷静さを取り戻した。
「もちろんさ。醜聞にならなかったとはいえ、彼女の心を傷つけてしまった事には違いない。未来の義兄として、出来る限り彼女を尊重すると誓おう!」
気分が盛り上がってきたところで、止めが入った。
「はいはい、寸劇はいいですから早く支度して下さい」
冷静なアランにせかされて(寸劇とは何の事だと疑問に思ったが)支度を終えてローズの元に向かった。
「ジャック様!」
「やぁ愛しのローズ!」
公爵家に到着すると、ローズが待っていたとばかりに玄関先から駆け寄って来た。
それを両手を広げて迎え入れようとしたが、違和感を感じた。
「あれ?君…何か…」
階段を駆け下りて、私の目の前に立ったローズは肖像画通りとても美しかった、しかし肖像画とはちょっと違ってて…。
そこで僕は思い出した。昔見た肖像画は彼女の幼少、それも公爵が後ろに立ち、公爵夫人は椅子に腰かけた状態、リリーは夫人の膝の上にいた事を…。
「どうなさいましたの?」
小首を傾げる姿もとても優雅だ、だが…
「いや、君その随分と…あの…」
その先を言い辛くモゴモゴさせると、彼女が一瞬怒ったように眉根を寄せると、ニッコリと微笑んだ。
「さぁ参りましょう、婚約者として初めての夜会ですものね、もちろんエスコートして下さるのでしょう?」
その笑顔に見惚れて、ささやかな不安も吹き飛んでしまった。
「そうだね、初めての夜会だものね。さぁ行こう!」
そう言って彼女と共に馬車に乗りこんだ。
会場に到着し、馬車から降りて彼女と共に入場する。
この時吹き飛んだ疑問が、確信と共に頭の中に戻って来た。
すれ違う人々が僕達を見て、コッソリと笑う。
その度に羞恥を感じるが、必死に冷静を装った。
「御機嫌よう。お姉様、ジャック様」
先についていたらしいリリーと父親の公爵が、挨拶してくる。
「やぁこんばんは、リリー、公爵様」
「やぁこんばんは。今日は良い夜だね。色々大変だろうがローズの事よろしく頼むよ」
「お姉様をよろしくね、ジャック様」
2人から揃ってローズを頼まれた…圧力を感じるのは気のせいだろうか。
ローズは気づかないのか、嬉しそうに笑っている。
その時曲が流れて、ダンスが始まった。
「せっかくですから、2人とも踊って来てはいかが?」
「そうね。ちょっと行ってくるわ」
「おいちょっと待て、それは…」
リリーの勧めにローズが楽しそうに、公爵の制止も聞かず私の腕を引っ張ってホールへと出て行った。
ホールの中央に出て踊ろうとする。
だが悲劇はそこで起こった。
彼女に腕を取られた僕の身体が宙に浮いた。
必死で足を地につけようとするが、つま先立ちが精一杯。
周りも唖然としてダンスを止めて、こちらを見る。
そして堪えきれないというように、僕を見て失笑した。
「男のくせに情けない」
「女より劣るなんて」
そこかしこから僕を蔑む言葉が聞こえて来る。
もう限界だった。
僕は気づかず踊り続けるローズの手を取って、強引に会場を飛び出した。
(リリー視点です)
「あ~ぁやっぱりね」
私と父は半泣きで会場を飛び出す、ジャックの姿を見送った。
「やれやれ…馬鹿な奴だ」
父が呆れたように言う。
「いい気味だわ」
私が勝ち誇った顔で(いわゆるドヤ顔である)言うと、父がため息交じりに呟いた。
「ローズに非はないんだが…身長が私に似てしまったのが不運だったな」
そう、姉は父似で背が高いのだ。
どれくらいかというと、成人男性の平均より高い父より頭1つ分低いくらいだ。
ジャックが気づかなかったのは無理もない。
姉と直接会う機会は今までなかったし、ジャックが見た肖像画では姉は今ほどの身長でないうえ、父が背後に、私と母が座っていて、比較対象が無く目立たなかった。
姉もかかとの低い靴を履いたり、色々努力しているがこればかりはどうしようもない。
姉をエスコートすると、大抵の男性は姉より低く見劣りしてしまう。
そしてそのたびに嘲笑の的になるのだが…姉を嗤う事は出来ない。
父に似た事を嗤うという事は、公爵である父をも侮辱するという事だからだ。
結果として相手の男性のみが嘲笑の的になった。
姉の離婚理由もそれが原因だ。公爵家の援助とごり押しをもってしても、一年ともたなかった。
私相手ならともかく、男性の平均より背が低いジャックが姉のエスコートをすれば、結果は目に見えている。
しかし私との約束でジャックは、姉と離婚することが出来ない。
この先もずっと、社交界で笑い者になるのだ。
「ざまぁみろだわ」
とっくに見えなくなったが、ジャックに向けて心からの言葉を送った。
その後社交界に顔を出せなくなったジャックと姉は、父のつてで隣国で暮らす事となった。
この時私は仕返し出来て上機嫌だった。
完全にジャックを、馬鹿を侮っていた。
その事を数年後、痛感することになる。
娘が母親に似るとは限らないよね( *´艸`)