3.親子で企みます。
「お父様、お話があります」
「どうしたリリー」
執務室に入ると、父が机で書類に目を通していた。
私の来訪に、顔を上げる。
「先ほどジャックから、婚約破棄してほしいと言われました」
「はぁ?」
父が驚いて声を上げる。
驚きのあまり、持ってた書類も落としてしまった。
「お父様、書類が落ちました」
「あ、あぁ……しかし何の冗談だ?つい3日前訪ねてきた時も、仲良さそうにしてたじゃないか」
父が書類を拾いながら、尋ねてくる。
婚約中は婿入り先の家に入るのが普通だが、ジャックの母親が病弱で心配だという事で、特例として我が家に通ってきている。
「あいにく冗談ではありません。お姉様が離婚して戻って来たでしょう。お姉様が好きで再婚約したいそうです」
「はぁぁ!?」
父がさっきより驚いた声を出す。
書類は落とさなかったが、目玉が飛び出そうなくらい見開いた。
「ローズが戻って来ただけでも、頭が痛いのに…本気で言ってるのか?あの小僧」
父が頭を抱える。
「本気のようです。4時間かけて、お姉様に求婚したそうですから」
「はぁ~~、もう少しは脳みそがあると思ったんだがなぁ…」
とうとう父が頭を抱えたまま、机に突っ伏してしまった。
行儀が悪いが、原因の一端になってしまったので指摘も出来ない。
「申し訳ありませんが、そんなのと婚約継続はできません。婚約破棄して下さい」
「あぁ、もちろんだ…姉に片想いしてる男と婚約しても、家の中がギスギスするだけだ…」
「ありがとうございます」
とりあえず父は了承してくれた。
後は向こうの家と、話し合うだけだ。
考えてると、父が机から顔を起こした。
「そういえばローズは何て言ってるんだ?あいつも当事者だろう」
「お姉様は『妹の婚約者と婚約できない』と言ったそうです」
「…それって遠回しに、断ってないか?」
「そう思いますが…案外ちょうどいいのでは?」
姉は唯一の欠点のせいで、中々結婚相手が見つからなかった。
やむなく寄子の伯爵家に莫大な持参金と後ろ盾の確約、いくばくかの脅しでようやく嫁げたのだ…それも半年しか保たなかったが。
公爵家の力でごり押ししてもダメだったのだ、もはや嫁ぎ先を見つけるのは不可能だろう。
「う~ん…考えてみればそうだが、はっきりローズから聞いたわけじゃないだろう」
「では聞いてまいります」
「うむ頼む。こういうのは、女同士の方が良いからな」
ここでようやく父が机から、起き上がった。
「では失礼します」
「あ、待て」
一礼して、部屋を出ようとすると、呼び止められた。
「リリー…お前はいいのか?内々だから傷物にはならないが…この縁談がまとまれば姉とあのバカが、一つ屋根の下で暮らすことになるんだぞ?」
父の言葉に少し考える。
答えはすぐに出た。
「お姉様にとってはこれが最後のチャンスでしょうし、お姉様の幸せのためなら、これくらい平気です。それに…」
「それに?」
「ジャックは、お姉様の欠点に気づいてないみたいなので…間近でどんな顔をするか、今から見るのが楽しみです」
「あぁなるほど」
私の言葉に、父も納得する。
「もちろんそうなっても、破棄も離縁も許しません。一生後悔してもらいます」
「そうだな、馬鹿は一生後悔すればいい」
そう言って互いにニヤリと笑うと、今度こそ姉の元に向かった。