18.メイリーとロビンの過去
「私達人類と魔族は分かりあえないのかな?」
就寝前、メイリーに髪を梳かされながらミドリは尋ねる。
「ワタシは無理だと思いますよぉ。だって魔族って極悪で血も涙もない連中なんでしょう?」
ちゃっかり部屋に備え付けられたお菓子をポリポリと食べながらマロンがそう答える。
「コラ!それはミドリ様に用意されたお菓子であってアナタが食べるものではありません!」
だって美味しいんだもーんと返すマロンにため息をつきながらメイリーは言葉を続ける。
「僭越ながら私の言葉を言わせていただけるなら、魔族とは分かりあう事は難しいでしょう」
「でも魔族は話が通じて魔物の中にも言葉が分かる者もいるんですよ?今日だってそれでお互い軽症で済みましたし……」
「それはたまたま話の通じる者がその場に集まっただけであり、話の通じない相手の方が多いと思われます」
ミドリの髪を梳かしながらメイリーは淡々と言葉を続ける。
「第一に私どもとしては大昔に魔王が誕生して以来、魔族は人間を殲滅する為に攻撃を続けているものと認識しております。人間側は交戦しているに過ぎず、魔王の認識が変わるかどちらかが滅びるまで争いは終わらないでしょう」
「どうして魔王は人間を滅ぼそうとするんですか?」
「魔王領はやせ細った土地だから豊富な資源を求めてとか、単に人間を心底憎んでいるからだとか言う話は聞いたことはありますが確かな事は言えない現状です」
「うーん……。原因が分かれば解決できると思うんだけどな……」
髪を梳かし終えたメイリーが膝をつきミドリに告げる。
「魔族との共存は、達成できればそれこそ偉業足り得るでしょう。しかしミドリ様。そのことで敵に情けをかけて自分の命を危険に晒さないようご注意下さい。私どもにはミドリ様しかおりませんので」
メイリーの真剣な眼差しにゴクリと唾を飲み込む。
「も、もちろんですよ!まだ恋人もできてないですし!」
「ならよろしいのですが……」
「えー!ミドリ様ってキース様と付き合ってるんじゃないんですか?」
「え?どうして?」
「だって、ねぇ……?」
「私に振られても困ります。ほら、もう行きますよ?」
「えー…。もっと恋バナしたい!メイちゃんとロビン様の話も聞きたいですしぃー」
「マロン!あのクソ野郎の話はしないでと何度言ったら……!」
「やーい!メイちゃんが照れてるー!」
「マロン!この……!では失礼致しますミドリ様」
「ははは……」
イタズラっ子のように走り去るマロン。メイリーはミドリに一礼をして目にも止まらぬ速さで走り出し、やがて遠くの廊下でマロンの小さな悲鳴が聞こえた。
「いつも楽しそうだな。あの二人」
声がして部屋の入り口を見るとロビンが立っていた。
「入って良いか?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ失礼しますよっと」
そう言い扉を閉めるとソファーに腰掛けるロビン。
「あぁスマンがメイリーに見つかると殺されかねないんでな。扉は閉めさせてくれ」
「大丈夫ですよ。ロビンさんのことを信頼しているので」
そう言われバツが悪そうに頬を掻くロビン。
「そう言ってもらえるとオジさんとしては嬉しい限りだが、嬢ちゃんも年頃なんだからもう少し警戒したって良いんだぜ?」
「大丈夫ですよ。私これでも強いんですよ?」
そう言って力こぶを作って見せる。ロビンは「それもそうか」などと言いミドリに話しかける。
「で、本題なんだが……。嬢ちゃん、今日の事結構悩んでるだろう?」
「……はい」
「オジさんの経験則だが、その状態はかなり危ないぜ。昔ゴブリンをガキまで皆殺しにして本当に正しい行いをしたのかって悩んでいたヤツが居たんだがな、次の日にはゴブリンに刺し殺されて今じゃあの世だ。」
「………」
「人生の先輩として言えることとしては、殺し合いしてる最中に変なこと考えてると命取りだ。殺す相手に悲しむ家族がいようと生きる為には頭空っぽにして殺せ。良いな?」
「………」
「それとも嬢ちゃんはさっきの二人やキースにギルバート、ひいては国民を悲しませる方がマシか?」
「そんなことは!……そんなことは無いですけど。」
「じゃあ、俺の言った通りにやってみな。それに相手も憐れまれながら殺されるなんざゴメンだろうしな」
その時、バンッと大きな音と共に扉が開かれる。扉の方を確認するとメイリーが殺気立って立っていた。
「クソ野郎の気配がする……!」
「メイリーさん!?」
どうやらメイリーはロビンがいることを感知したのか確信を持って部屋を見渡す。ミドリはマズイことになると思いソファーを見るとロビンは煙のように消えていた。
「………!」
メイリーは何かに気づいたのかそのまま窓際まで一直線に進み開け放たれた窓の外を見て鼻を鳴らす。
「フンッ。逃げ足だけは早い虫だ……!」
忌々しげに窓の外を眺めるメイリー。その手に握っている窓枠はギシギシと悲鳴を上げている。
「メ、メイリーさん……?」
おそるおそる声を掛けるミドリ。それを聞きメイリーはハッと我に帰る。
「…!夜分遅くに申し訳ありませんミドリ様。」
「はは……大丈夫ですよ。それよりでどうしてそんなにロビンさんを嫌うんですか?」
「それは………」
「良ければ聞かせていただけませんか?」
ミドリの問いかけに観念したのかメイリーは小さくため息をつきポツリポツリと語りだす。
「私とアイツがスラム出身だと言うことは聞いていましたね?」
「はい、以前ロビンさんから教えて貰いました。」
「聞いた通り私達はスラムで生まれ育ち幼少期を共に過ごしました。」
メイリーは椅子をミドリの前に持ち出して向かい合うように座り、過去の出来事を語る。
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「なぁメイリー。俺等ってなんでこんな生活してんだろうな」
少年は少女に肩を貸されながら引き摺られるように歩く。見ればいたるところに生傷があり、先程まで何らかの諍いがあったと思われる。
「急に何よ?そんなのスラムで生まれたクソガキだからに決まってるじゃないロビン。」
ぶっきらぼうにそう答える少女はサイズの合わない薄汚れた服を着ており、お世辞にも裕福とは言えない見た目だった。
「いや、神様がいるってんならパンを盗んで袋叩きにされるガキの一人救ってくんねぇかなと…」
「神様だって忙しいんでしょ。私等みたいなクソガキより貴族のクソガキの方を優先してるのよ」
「クソクソって女の子がそんな汚い言葉遣いするんじゃねぇよ……イテッ!」
メイリーはロビンから肩を外し、地面に落とされたロビンを見下ろしながら言う。
「いい加減自分で歩きなさいよ!重いってのよ!」
「いてて……。おい、そんなこと言って良いのか?」
「何よ……?」
そう言って怪しげに様子を伺うメイリー。するとロビンはニヤニヤしながら上着の内側からパンを2つ取り出す。
「大・成・功・!」
「やった!ロビン大好き!」
「現金なやつだなぁ、全く……」
二人はスラムで生まれ、親の顔も知らずに育った。お互い頼る者の居ない生活が確かな絆を育み、どんな時でも一緒に過ごしていた。そんなある日転機が訪れる。
「おい!聞いたかメイリー!王城で人員の募集があるらしいぞ!」
「それがどうしたって言うのよ?」
「それが今回は出自関係無く試験に合格さえすれば雇って貰えるんだとよ!」
「ソレ本当!?もしかして私達もこの生活から抜け出せるの!?」
「あぁ!試験に合格さえすればだけどな」
「けど、流石にこんな格好じゃ試験も受けられないよね……」
そう言って自分の格好を見るメイリー。服は薄汚れた男物で上下チグハグだ。当然洗濯もしておらず酷い臭いを放っている。
「これなーんだ?」
そう言ってニヤニヤする少年の手には金貨が握られていた。
「金貨じゃない!どうしたのよソレ!まさか盗んだんじゃないでしょうね……?」
「心配すんなって!ちゃんと俺が稼いだ金だよ。とりあえず身だしなみを整えようじゃないか」
そうして服屋へ向かう二人。出迎えた店員は最初こそ嫌な顔をしていたが、ロビンの持つ金貨を見て現金にもしっかりと対応した。
「良いのかな?この服でパンが何個買えるんだろう……」
「貧乏臭いこと言ってんじゃねぇよ。こんな時こそ金使わないでどうすんだよ!」
「でも……」
メイリーは不安だった。スラムで育った自分が試験に合格できるのだろうかと。受からないのであればその金で命を繋ぐ事を優先した方がいいのではないだろうかと。ロビンはそんな様子に気づきメイリーを励ます。
「大丈夫だって!お前は必ず受かる……!俺が保証してやる」
「バカ!あんたが保証して何になるのよ!」
「ひでぇ……」
そう強がるメイリーだったがその目には涙が滲んでいた。そして買い物を済ませ王城へと向かう道中。
「アンタは買わなくって大丈夫なの?」
「俺はもう買ってて汚れたり盗まれないように隠してあるんだよ」
「なら良いけど……」
「じゃ、隠してる路地そこだからお前はそのまま試験受けてこい。」
「あ、ちょっと!もう……」
そう言ってロビンは走り去ってしまった。少女は服を汚す訳にも行かず、仕方なく一人で王城へと向かった。
その後、受付を済ませ、試験をこなすメイリー。彼女は同年代の子供はおろか、大人達も顔負けの成績を残し試験を首位で合格した。
「アナタは合格です。給金はこれくらいで仕事内容は明日説明します。大丈夫ですか?」
「え!?こんなに!?パンがいくつ買えるんだろう……」
「ふふふっ……。頑張ればもっとたくさん貰えるわよ?」
「はい!頑張ります!」
提示された給金は一般人の収入のニ倍近くあり、その額に思わず頬をほころばせる。しかし、ふと気づいたことを試験管の女性に尋ねる。
「あの……、ロビンって男の子が来たと思うんですけど試験は受かったか聞いてもいいでしょうか?」
「お友達かしら?普通は駄目なんだけど今回は特別ね。名簿を見るからちょっと待っててちょうだい。」
「はい!ありがとうございます!」
女性は机に置いてあった名簿を手に取り受験者を確認する。
「ロビン、ロビンっと……。あれ?そんな名前の子は来てないみたいよ?」
「………え?」
気付くと少女は走り出していた。息も絶え絶えに、服が汚れるのも構わず。
「はぁはぁ……!あのバカ……!絶対にとっちめてやる!」
試験をすっぽかした少年を探し、馴染みの路地を駆け抜け、薄暗い路地を進み、二人が肩を寄せて過ごした住処を目指す。
「………は?」
少女が辿り着くとそこにはあるハズの住処は無くなっていた。まるで始めからそこには存在して無かったかのように、綺麗に掃除された道だけが広がっている。
「あ、嬢ちゃん!メイリーちゃんかい?」
「そう、ですけど?」
「さっき男の子から頼まれてね、何て言ったかな……」
「ロビン!ロビンって言う男の子じゃ……!?」
「そうそうロビン君だ!その子が君に伝えてほしいと言っていてね。「頑張れ、挫けるな」だそうだ。じゃ、確かに伝えたからね?」
「………」
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「その日は一晩中彼を探しましたがどこにもおらず、痕跡すら見つけられないまま王城へと勤務することとなりました。その後数年経っても音沙汰無く、探すことも諦めていたある日。ロビンと言う男が冒険者として活躍していると聞きつけ会ってみるとすぐに逃げ出し、何度問い詰めてもあの日のことははぐらかされ続けています。」
そう語り終え目線を上げるとそこには涙を流し号泣するミドリがいた。
「な……!?」
「だぶんぼびんざんばべいりーざんのごどがぁ」
見ていられずミドリの顔を拭くメイリー。
「……ふぅ。すみません。ワタシこういう話に弱くて……」
「こちらこそこんな話を聞かせてしまい申し訳ありません。それで先程はなんと?」
「多分ロビンさんはメイリーさんの事が大事だったんですよ。自分のことよりもとても」
「……そうでしょうか?」
「絶対そうですよ!二人のお家を片付けたのもメイリーさんが気にしないようにと思ってやったに違いありません」
「……そうですか。」
窓から風が吹きカーテンが揺れる。メイリーは風に髪をたなびかせ微笑んでいるようだった。月光に照らされたその顔は彫像のように美しく、ミドリは思わず見惚れる。
「…?どうしました?」
「いや、メイリーさん絶対笑った方が綺麗ですよ!」
「検討させていただきます」
そう言うメイリーはいつもの無表情に戻っていた。
「では、私はこれで失礼します」
「はい、おやすみなさい!」
「おやすみなさいミドリ様」
深々とお辞儀をして部屋を立ち去るメイリー。ミドリはロビンとメイリーの今後の関係に思いを馳せ、ふかふかのベッドで眠りに就く。