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薄桜色の花嫁  作者: 春月みま
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雷雨と絶望

 耳にエンジン音と雨の降る音がうっすらと届きゆっくり起きた。

 頭が重く若干の眠気があり瞼を開けるのもやっとだ。

 そして数秒かけて自分の状況がはっきり分かる。

 自分は今、自動車の中にいるのだということが。

 (えっ!?どうして私が自動車に……!?)

 必死に頭を回転させて何故こうなってしまったのか振り返る。

 確か先ほどまで千代子と屋敷にいたはず。

 家事をしていたら玄関から戸を叩く音が聞こえてー。

 そうだ。

 戸を開けたら大柄の男が立っていて急に体を押さえつけられ口元を布で覆われたのだ。

 次第に意識が朦朧としてー。

 そんな混乱している花を横から嘲笑う人物がいた。

 「あら、もう起きてしまったの?薬の量が少なかったかしら」

 視線を向けると花の母、透緒子が座っていた。

 運転席にはあの大柄の男が座りハンドルを握っている。

 裕福な家しか自動車は所有出来なかったが名家の美藤家には一台、敷地に置かれていたのを思い出す。

 「お母様……!」

 「その呼び方は辞めて。私はもうとうの昔に貴女の母ではないわ」

 ギロリと睨まれ言葉の鋭さに一瞬口をつぐんでしまうがおそるおそる口を開く。

 「私を連れて何処へ行くのですか?」

 外はまるで滝のような雨が降り注いでおり窓を濡らしているが少しだけ景色が見える。

 おそらく帝都の街中を走っている。

 この雨のせいか街には傘をさして足早に歩く人や軒先で雨宿りをしている人がほとんどだ。

 外の状況を確認していると透緒子が花の頭をつかみ、窓に押しつけた。

 「うっ!」

 強い痛みを感じたあと若干の気持ち悪さをおぼえる。

 怒りに狂ってしまった母が行うのはただ一つ。

 もしかしたらと考えていた行き先は予想通りだった。

 「美藤家の屋敷牢よ」

 「……」

 恐ろしい言葉に声も出なかった。

 美藤家の屋敷奥には牢がある。

 前当主の貴之が亡くなったあと建てられたらしい。

 過去に数回、透緒子や未都に酷い怒りを買ってしまった際に屋敷牢に閉じ込められてしまったことがある。

 じめじめとしていて光も差し込まず暗闇しかない地獄のような場所。

 思い出すだけで背筋が凍る。

 怒らせてしまった原因を考えるとしたらやはりあの日。

 花が美藤家の屋敷を飛び出した日だろう。

 元使用人の静江から貰った簪を未都に奪われそうになり取り返したところ、未都はわざと転倒し泣いた。

 花が手を出したと勘違いをした周囲の人間が捕らえようとして花は思わず屋敷から逃げ出してしまったのだ。

 今は走っている自動車の中。

 同じようなことをすれば大怪我どころでは済まない。

 しかも手首は縄で結ばれており自由に動けない。

 「私達が捕らえられなくても野垂れ死にをすればまだ気が済んだのに、よりにもよって斎園寺様の婚約者になるなんて……」

 異端の子と呼び虐げてきた人物が自分より格上の家柄の当主の婚約者になることは透緒子にとって腹立たしく到底許されるものではなかった。

 強い頭痛を感じながらどうして燈夜の婚約者になったことを知っているのだろうと思う。

 花は誰にも話してはいない。

 だとしたら他に考えられるのは……。

 「斎園寺様が屋敷に来られて貴女に手を出すなと仰られたのよ」

 「……!」

 よく振り返ってみると街に外出しても美藤家の人間に追われることもなかった。

 自分が知らぬうちに燈夜が圧力をかけていたようだ。

 裏で守ろうと動いてくれていたのだと分かり途端に彼に会いたくなった。

 しかしこの状況だと助けを呼ぶことさえ出来ない。

 「屋敷牢に閉じ込めて苦しませてやる」

 そんな母は今まで見たことのない表情をしている。

 怒りで顔を赤くし目の焦点は合っていない、今にも爆発しそうだ。

 屋敷牢に閉じ込めたところできっとじきに燈夜が助けに来る。

 花を大事に想っている燈夜ならそれはもう時間の問題だ。

 透緒子もおそらくそれは分かっている。

 燈夜が美藤家の屋敷を訪れた際、忠告を受けたはずなのにそれを無視して感情のまま行動を起こしている。

 ただ燈夜が来るまでの間、美藤家の唯一の汚点だった花を苦しめたいのだろう。

 怖いのに逃げ出すことも出来ない、助けを呼ぶことさえ出来ない。

 以前は閉じ込められるだけで済んだが今回はそれだけでは済まないだろう。

 燈夜が助けに来るまで命がもつだろうか。

 絶望したかのように目の前が真っ暗になる。

 その瞬間、自動車が走る数メートル先に切り裂くような雷が落ちた。

 急ブレーキがかかり体がグンと前に倒れる。

 鼓膜を揺らすほどの音なのに手首を縛られ耳を押さえることも出来ない。

 「ちょっと何……!?」

 体を前方の座席にぶつけたのは透緒子も同じで顔を歪めながら運転手の男を怒鳴りつける。

 「申し訳ありません……!雷が落ちたようで……」

 体を起こしそっと前を見ると自動車から数メートル先の道路が黒く焼け焦げ、地割れを起こしている。

 きちんと整備されている道路のはずなのに一度雷が落ちただけで通れないほどの地面になるだろうか。

 「もう何なのよ!…いいわ。もう屋敷まで遠くない。自動車から降りて連れて行く」

 通れないことが分かると早急に自動車を諦めドアを開ける。

 引きずり下ろされた花はまだ嗅がされた薬と頭をぶつけた衝撃で足元がふらつき平衡感覚が保てなかった。

 体に力が入らないため掴まれた腕を振りほどけず無理矢理歩かされる。

 美藤家まで遠くはなかった。

 自動車から降りて数分で屋敷が見える。

 「異端の子なんてこの世に存在しなくて良いのよ!それを屋敷牢で分からせてあげる……!」

 透緒子が言い放った瞬間、二人を囲うように黒い靄の大群が現れた。

 それは人間の強い悲しみや怨念に反応し災いをもたらす異形だということに気づくのは時間がかからなかったー。

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