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薄桜色の花嫁  作者: 春月菜々子
3/15

月と太陽

 「花が斎園寺様の婚約者に!?」

 美藤家の屋敷で母の透緒子に衝撃の事実を聞かされ声を荒げているのは花の姉、未都。

 誰もが屋敷から逃げ出した花は死んだと思っていたが異能の家系の最高位である斎園寺家で暮らしていることに動揺と怒りが隠せなかった。

 家族から愛されてきた未都は異能の家系が集まり開催される宴にも参加させてもらっていた。

 そこで燈夜を見たのだろう。

 その場にいる誰もが容姿端麗で強力な異能を持つ燈夜に魅力されていた。

 特に女性達は独身の燈夜の伴侶の座を狙おうと積極的に言い寄っていたがそういったことに興味の無い燈夜は向けられる甘い視線を全て無視してきた。

 未都もその一人で無視されていたが諦めていなかった。

 仮に今は駄目でも美藤家と斎園寺家の政略結婚の可能性も十分にあり得る。

 自分は記憶の消去という強い異能を所有しているのだから燈夜の妻に相応しいと思っていた。

 しかし虐げてきた妹が未都も秘かに憧れていた燈夜の婚約者になったことに悔しさで顔を赤くさせ体を小刻みに震わせていた。

 「私の方が燈夜様の妻に相応しいのに……!」

 その言葉に透緒子も頷く。

 「ええ。『異端の子』があの斎園寺家に嫁ぐのは間違っているわ。きっと花の情けを見て同情なされてしまったのよ。早く花を排除しないと……!」

 傍にあった花瓶を手で強く払う。

 床に破片や水、花が散らばる。

 怒りで支配されている透緒子と未都に近づく漆黒の闇がありそれが帝都を襲う反乱の原因になることを花は何も知らなかった。


 花が斎園寺家で暮らし始めて数日が経った。

 温かな生活に心にあった悲しさや恐怖が少しずつ薄れていった。

 時々町に燈夜やお世話係の千代子と行っても追っ手が来ることは無かった。

 あの日以来、花を襲う者は現れなく少し疑問を感じていたが何事も起きないのは良いことだろうと思っていた。

 燈夜が美藤家に行き圧力をかけたのは知らなかった。

 花に話したらきっと優しい心から申し訳なさで謝り美藤家が斎園寺家に何か手を出すかもしれないと心配するだろうと思い、そのことに関しては何も言わなかった。

 今日は斎園寺家に燈夜の弟である道人が来る予定になっている。

 異能軍隊に所属している道人は寮で暮らしておりその多忙さからあまり燈夜と会えていない。

 久しぶりに休暇が取れたようで燈夜も嬉しそうだった。

 初めて燈夜の家族に会う花は朝からそわそわしていた。

 道人に出すお茶や菓子、鏡の前で自分の装いが可笑しくないか何度も確認をしている。

 パタパタと動く花に燈夜は小さく笑う。

 「花、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 「ですが……」

 異能が使えるわけでもなく、髪も他人と違う薄桜色。

 やはり燈夜の花嫁に相応しくないと言われてしまったらと不安になる。

 しかし優しい燈夜の家族を一瞬でもそんな風に思ってしまったと自分自身に怒りを覚える。

 複雑な感情になりそれが表情にも出てしまっていたのか燈夜が俯いていた花の顔を覗き込む。

 「きっとその花の不安な気持ちは道人と会ったらすぐ吹き飛ぶから安心しなさい」

 「燈夜様……」

 何度この温かな眼差しに救われただろう。

 まるでまじないをかけられたように心のモヤモヤが取れていく。

 こんな自分を好きでいてくれる燈夜を信じたいと思った出会いの頃が頭に浮かぶ。

 「はい……!」

 笑顔でしっかりと頷く花を見て燈夜は愛おしそうに頭を優しく撫でたのだった。

 暫くすると玄関から男性の声がした。

 「御免下さいー!」

 花と燈夜、千代子が玄関に向かうと洋装を着た男性が笑顔で立っていた。

 「久しぶり、兄さん!」

 「良く来たな、道人」

 道人のまるで太陽のように輝く笑顔に花は一瞬眩しく感じ驚いたが慌てて頭を下げる。

 「お初にお目にかかります、美藤花と申します」

 「……」

 丁寧に挨拶をしたはずだが、何も言葉は返ってこない。

 何か変なことを言ってしまっただろうかと不安になり恐る恐る顔を上げる。

 「この方が兄さんの……!初めまして!斎園寺道人です!」

 パッと握手をされブンブンと花の腕が上下に振られる。

 「えっと……」

 花が戸惑っていると燈夜が優しく手で制止する。

 「道人、花が困っている」

 「え?ああ!すみません!」

 道人はすぐに握っていた手を離し頭を下げた。

 「い、いえ……!」

 燈夜と顔は似ているが花が想像していたよりも性格が明るくて思わず二人を交互に見てしまう。

 例えるならば燈夜が月で道人は太陽。

 花の考えが見透かされたようで燈夜はクスリと笑う。

 「俺と性格が違って驚いただろう」

 「え……!?えっと…」

 図星を当てられ何と返事をしたら良いのか迷ってしまう。

 「まぁ立ち話もなんですし道人様、中へどうぞ」

 困っている花を見て助け船を出してくれた千代子。

 その言葉に話は一度終わりになりホッと胸を撫で下ろした。

 部屋に案内すると花と千代子は台所からお茶と菓子を運び道人の前に置く。

 「ありがとうございます」

 道人は礼を言うと湯のみを持ちお茶を一口飲んだ。

 一息つき目の前に座っている花と燈夜を見る。

 「恋愛に興味が無かったあの兄さんに婚約者が出来たと知らせを聞いた時は驚いたよ。しかも言い伝えの出会い方でなんて。文に書いてあった通り素敵な人だね」

 褒められるのと同時に視線を向けられ照れてしまう。

 まさか文で自分のことを書いているとは思わなかった。

 恥ずかしさもあったが燈夜の家族に良く思われていたようで安心した。

 「そうだろう?花は俺の唯一無二の花嫁だ」

 甘い視線を向けられ顔に熱が集中するのが分かった。

 道人もその二人の様子を見て微笑ましそうにしている。

 恥ずかしさに耐えきれず何か話題を変えたいと頭の中で考えていると別の部屋にいた千代子が襖の外から声をかける。

 「燈夜様、少し良いですか?」

 「ああ、今行く。……すまない少し離れる」

 花と道人に一言伝えると部屋から出て行った。

 初対面である道人と二人きりになり急に緊張してしまう。

 すると道人が燈夜が出て行った襖を見ながら口を開いた。

 「本当に兄さん、幸せそうだ」

 優しい声色に花が道人を見ると目が合う。

 燈夜とそっくりな瞳に花が映る。

 「兄さんは帝に次ぐ強力な異能の持ち主だから異形からこの国を守れるよう、幼い頃から勉学や訓練に励んできたんだ」

 そう言うと少しだけ視線を落とす道人。

 「学校を卒業してから軍人として働き始めたけど責任感からか仕事漬けの日々が続いて屋敷に帰らない日もあった」

 花も千代子から燈夜の過去を少しだけ聞いたことがあった。

 仕事が有能、容姿端麗なことからいくつもの縁談の話が舞い込んだらしい。

 しかし仕事一筋の燈夜は全て断り結婚はしないつもりだった。

 あの夜、花と出会う前までは。

 「だけど花さんと出会ってから僕の所に届いた文には字面からでも分かるほど兄さんが変わったことに気づいたよ。とても幸せなんだって。花さんありがとう」

 真っ直ぐな感謝の言葉に胸が詰まる。

 燈夜の家族である道人にこんな自分が認められたようで安堵と嬉しさの感情が広がる。

 「そんな……。私の方こそ燈夜様と出会って希望がもてるようになりました。感謝してもしきれません」

 あの夜、もし燈夜と出会っていなければきっと捕らえられていたか死んでいただろう。

 『異端の子』と呼ばれ生きることを諦めていた自分に救いの手を差し伸べてくれた。

 お世話係の千代子も嫌な顔せず温かく屋敷に迎えてくれた。

 その温もりが花にとって何物にも代え難い。

 「燈夜様の隣にいたいと……。今はそう願っています」

 格上の家柄で自分とは違う存在なのだと出会った当初は思っていた。

 しかし自分と対等でいたいのだと守りたいと寄り添ってくれた大切な人の顔を頭に思い浮かべる。

 「これからも兄さんを宜しくね」

 「こちらこそ……!宜しくお願いします」

 ぺこりとお辞儀をすると道人が襖に向かって声をかける。

 「良かったね、兄さん!」

 「え?」

 襖が廊下から開けられるとそこには燈夜が立っていた。

 「と、燈夜様……!?いつからいらっしゃったのですか!?」

 「道人が花に感謝したあたりだ」

 自分が今言った言葉も勿論しっかりと聞かれている。

 今まで自分から素直な気持ちを燈夜に伝えたことがない花は恥ずかしさのあまりどこかに隠れてしまいたくなる。

 退出する前と同じ花の隣に再び座ると膝の上に置いてある手に燈夜の手が重なる。

 「花の気持ち、嬉しかった。これから先も隣にいてほしい」

 「は、はい……」

 誰かがいる前で真っ直ぐな言葉を言われるのはほとんど無く、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。

 斎園寺家の婚約者として今後、社交界に行くかもしれないのにこのままで良いのかと考えてしまう。

 「僕も素敵なお嫁さんと出会えるかな~?」

 仲睦まじい花と燈夜を見て羨ましそうな視線を向ける道人。

 「きっと出逢える。俺も花に逢えたのだから」

 花は燈夜の重ねられた手を返事の代わりにそっと握り返す。

 すぐに燈夜からも握られ温かな体温が伝わってくる。

 新たな出会いと憶えていく感情。

 花はこの幸せな時間を記憶に刻みたいと思ったのだった。

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