第2話 チート勇者と龍神の巫女と
「おっ、あれが大聖堂か」
アンリとソーマは、王都の城下街にある大聖堂の近くに来ていた。
「ええ、あそこにいる大司祭様に協力してもらえるように、国王陛下からの使いが先に行っているはずです」
アンリは説明を続ける。
「これから私たちは、龍神の宝珠を集めるために4つの龍神の祠を目指します。しかし、祠には簡単に宝珠に近づけないように封印が施されているんです。その祠の封印を解くためには神官の力が、そして宝珠を手にするには勇者の力が必要だと言われています。なので、私たちの旅には力のある神官の協力が不可欠なんですよ」
「神官か…やっぱり、聖職者系の仲間は清楚で可愛い女の子が良いなぁ」
「……」
説明を聞いているようで全く聞いていないソーマの横で、思わずアンリは頭を抱える。
ほどなくして、大聖堂の全貌が見えてきた。
王城にも引けを取らない巨大な建物の前にある広場には、全長20mはあろうかという、これまた巨大な彫像が立っている。
「城に行く前にも見えたけど、建物の前に立ってるあのでっかい石像って何だ?」
「あれはこの国が誇る勇者の像です。千年前に龍神の加護を受けて魔王を封印したと言われている伝説の人物ですよ。あの像自体も、伝説を基に後世の人が作った歴史ある物です」
「もしかして、オレが魔王を倒したら、ああやってオレの石像もできたりする!?」
「…まぁ、できるかもしれませんね」
「よぉしっ! やる気出てきたぁ!!」
(本当に大丈夫だろうか…)
アンリはため息をついた。
その勇者像の頭に、1羽のカラスが停まっていた。
その正体は魔王軍四天王の1人、道化師のキルルだ。
「さぁて、異世界から来た勇者ってのがこの辺りに来てるはず。どいつかなぁ?」
そうつぶやくと、キルルは辺りを見回す。
「さすがは王都、人間にしては強い魔力を持つヤツが多いねぇ。まぁ『人間にしては』だけど」
そのキルルの眼がソーマをとらえる。
「…何、あのバカでかい魔力…あいつが勇者で間違いなさそうだね。それにしてもあの魔力量、ホントに人間なの? あれじゃ、正面からぶつかったらガルムでもやられちゃうよねぇ…ん?」
その勇者と思われる男が、こっちを向いて剣を振りかぶっていた。
「ちょっ! ウソっ、バレた!? ヤバっ!」
キルルが飛び立つと同時に、それまで停まっていた足場が飛んできた衝撃波で粉砕される。
キルルは、慌ててその場から飛び去った。
「あの距離であたしに気付いて攻撃してくるとか、ホントに人間じゃないわ…面白そう。どうやって潰してやろうかなぁ」
クスクスと笑いながら、カラスは飛んで行った。
「…逃がしたか」
聖剣を振り下ろした体勢のまま、ソーマがつぶやいた。
「『逃がしたか』じゃないわぁっ!!」
真っ青になってアンリが叫ぶ。
「なんでいきなり像の頭を吹っ飛ばしてるんですかっ!? 言いましたよね! この国が誇る勇者の像だと! 歴史ある彫像だと!!」
「い、いや…なんかこう、邪悪な気配がした…みたいな?」
「っ! 魔物がこんな所まで?」
「そうっ! 多分そうだ! オレの第六感がそう告げていた!」
「…つまり、『なんかそんな気がした』で彫像を破壊したわけですか?」
「像の頭が吹っ飛んだのは不幸な事故だ! オレは悪くない!」
「どう考えても貴方が悪いでしょうがっ!」
アンリとソーマが言い争っていると、立派な法衣を着た年配の女性が、数人の神官を引き連れてやってきた。
「あらあら、随分と派手に…とりあえず、中でお話しましょうか」
女性は穏やかに話しかけてくるが、その目元は全く笑っていない。
「だ…大司祭様…」
アンリは思わず天を仰いだ。
大司祭の執務室に通されたアンリとソーマは、大司祭から長時間にわたって延々と説教を受けていた。
「さて、お説教はこのくらいにしておきましょうか」
「…ホントウニ…モウシワケアリマセンデシタ…」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…」
2人の精神はすでに限界に近い。
大聖堂へ来たのは昼頃だったはずだが、すでに日が暮れようとしていた。
「では本題に入りましょう。陛下からのお話は承っております。龍神の祠の封印を解くために、神官を連れていきたいとのこと。少しお待ちくださいね」
大司祭が席を立って部屋を出ていく。
大司祭の足音が聞こえなくなってから、ソーマがポツリとつぶやく。
「…オレ…もう二度とあの剣振り回さないよ…」
「…ええ…お願いします…」
ゲッソリとした顔で誓うソーマの隣で、同じくゲッソリした顔のアンリが答えた。
「こちらが、今回の旅に同行させていただく者です。まだ若いですが、この聖堂でも屈指の実力者ですよ」
しばらくして大司祭が連れてきたのは、年の頃は10代半ば、清楚という言葉が相応しい美少女だった。
「龍神の巫女を務めております、エリシアと申します。エリィとお呼びください」
フワフワの金髪を揺らしながら、エリィがにっこりと微笑む。
アンリの横でガッツポーズをするソーマ。
「へぇ、君が一緒に旅をしてくれる巫女か。可愛いねぇ。うん、すごく可愛い。ああ、オレは八代壮馬、ソーマって呼んでよ。それにしても、勇者と巫女と言えば、これからの長い旅においても離れられないパートナーと言っていいだろう。どうかな?この後、2人で…」
「…勇者様?」
エリィの手を取って話しかけるソーマを見て、大司祭の眼がキラリと光る。
「神に仕える者に対する態度について、少しお話したいのですが…」
大司祭の言葉に、ソーマはブンブンと首を横に振りながらエリィから離れた。
「今日はもう遅いですし、今夜はここにお泊りください」
大司祭の申し出をありがたく受けたソーマとアンリは、大聖堂内の来客用の部屋をそれぞれあてがわれた。
夕食後、アンリはエリィの部屋に向かう。
「とりあえず、これからの旅についてエリィと相談を…って、ソーマ!?」
エリィの部屋の前で、アンリはエリィの部屋の扉に手をかけようとしているソーマを見つけた。
(ゲッ! アンリ、なんでここに!?)
(それはこっちのセリフです。こんな所で何をやってるんですか!?)
周囲に聞こえないように、ヒソヒソと小声で2人が言い争う。
(い、いや…新しい仲間と親睦をだな…)
(こんな時間にコソコソと女の子の部屋に来る時点で、貴方と仲良くしたいとは思わないでしょうが!)
(大丈夫だ。そこは勇者のカリスマみたいなやつで何とか…)
カチャリ…
アンリの隙を見て、ソーマが静かに扉を開く。
(あっ! ちょっと!)
アンリが慌てて扉を閉めようと手を伸ばす。
その時、部屋の中からエリィの声が聞こえてきた。
「…クックックッ! やった! やりましたわっ!! これであのクソ〇〇〇どもから解放されて自由の身! これからは好きなだけ〇〇を〇〇〇して、〇〇〇〇〇…」
部屋の中では、エリィが聖職者とは思えないような邪悪な表情で放送禁止用語を連発していた。
扉の隙間からそれを呆然と覗き込むソーマとアンリ。
ほどなく、2人に気付いたエリィと目が合う。
パタン…
ソーマが静かに扉を閉めた。
「…さぁ、明日から旅立ちだ。オレ達も部屋に戻って休むとするか」
「そうですね…」
何事も無かったかのように立ち去ろうとする2人。
バァン!
しかし、その2人の前で勢いよく扉が開かれた。
「…お二人とも中へどうぞ。お紅茶でもいかがかしら」
初対面の時にも見た、天使のような笑顔で微笑むエリィ。
『……』
無言で顔を見合わせるアンリとソーマ。
「…中へどうぞ」
笑顔を崩すことなくエリィは繰り返す。
「はい…」
アンリは渋々うなずいた。
部屋の中へ案内されたアンリとソーマは、エリィの話を聞いていた。
「つまり、エリィはこの大聖堂から出て、自由に旅をするのが目的だというわけですか?」
「そうですわ。わたくしは生まれつき龍神の強い加護を受けていたために、物心ついた頃からこの大聖堂で龍神の巫女として修行をしてきました。ですので、小さい頃からあのババ…もとい、大司祭様のそばにいたのです。貴方がたも、あの方の話の長さは身をもって知ったでしょう? 毎日のように『あの方』の話を聞いていたのですよ。ええ、そりゃあもう、毎日毎日毎日…」
「…う…それは…」
「…大変だな…」
先ほどの説教を思い出して、ウンザリするアンリとソーマ。
「…でも、『自由な旅』で良いんですか? 聖職者と言えば、厳しい戒律の下で生活しているイメージがあるんですが?」
「我らが神の教えでは、『人のために祈り、人のために為すべきことを為せ』とあります。つまりっ! 人であるわたくしが、思うがままやりたいようにやる、そのわたくしの喜びこそが我らが神の喜びということですわっ!」
力説するエリィには、初対面のときに見た清楚な聖職者のイメージはすでに微塵も無い。
「おい、アンリ…ここに欲望にまみれた邪神の信者がいるぞ」
「…ええ、欲望にまみれたのがいますね…2人も…」
ソーマとエリィを見ながら、思わずつぶやくアンリ。
「あら? わたくしが強く龍神の加護を受けているという事実、これこそ、わたくしが神の意志に沿っている証明ではなくて!?」
「なぁ、アンリ…この世界では、性格が破綻してるヤツほど強い力を持つ、なんて法則があったりするのか?」
「…あるのかもしれませんね…」
やはりソーマとエリィを見比べながら、アンリは大きなため息をついた。
その後、3人は真面目に今後の方針について話し合っていた。
「それで、4ヶ所の祠をどう回るかですが…」
「わたくしは、まずは東の祠を目指すべきだと思います。距離や地形を考えれば一番行きやすい所でしょう。そこから南、西、北の順で回るのが良いと思いますわ」
「そうですね。私もそれが良いと思います」
「オレにはさっぱりだから、2人に任せるよ」
エリィの提案に賛成する2人。
それからも幾つかの点を詰めていく。
「ところで、ソーマ様がしばらく王都を離れている間に王都が魔族に襲われる、という危険はありませんの?」
ふと、エリィが疑問を口にする。
「それは恐らく大丈夫だと思います。これまでの魔物たちの侵攻を見ても、王都近辺に散発的に現れることはあっても、明らかに王都を狙ってくる動きは見られませんでした。今の所はまだ、本気で王都を攻める気は無いのでしょう」
エリィの疑問にアンリが答える。
「もし今後、本気で動いてくるなら、まず狙われるのはソーマです。千年前の伝説の再来にして、魔王を倒すもしくは封印する可能性がある異世界から来た勇者。四天王の1人を実際に倒している以上、魔族がこれを放っておくとは思えません」
「え? オレ、狙われるの?」
自覚も緊張感も全く無いソーマ。
「つまり、わたくしたちが王都から離れてのんびりと旅をしている方が、むしろ王都は安全ということですわね」
「いや、あくまで可能性の話であって…のんびりはしないですからね? 遊びの旅じゃないですからねっ!?」
「まぁ、良いですわ。貴方がたの旅にはわたくしの巫女の力が必要。そしてわたくしはこの大聖堂から離れて羽を伸ばせる。ウィンウィンの関係というわけですわね。これからよろしくお願いしますわ」
ニッコリと微笑むエリィ。
「ああ、よろしく。これでオレの目指すハーレム展開にまた一歩近づいた…のか?」
一瞬喜んだ後、ふと考え込むソーマ。
「こちらこそよろしくお願いします。 …本当にお願いしますね?」
思わず念を押すアンリ。
アンリの受難は続く。