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騎士アンリの受難  作者: キブン屋
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第1話 チート勇者と旅立ちと

「どうして…どうして私がこんな目に…」

とある街の酒場で、1人の女がつぶやく。

年の頃は20歳前といったところか。燃えるような赤毛が印象的な、美人とも言える見た目ではあるが、その顔には疲労の色が濃い。

「私が騎士になったのは…あんな男のためなんかじゃ…」

普段なら女と見れば声を掛ける酔っ払いたちも、その女の放つ静かな気迫に、遠巻きにチラチラと見ているだけである。

「どうして私がこんな目にぃぃっ!!」

赤毛の女、騎士アンリの絶叫が、更けつつある夜の街にむなしく響いた。


事の発端は、魔物たちによる被害の急増だった。

千年前に勇者の活躍によって魔王が封印されて以来、魔物による大きな被害はこれまでほとんど無かったのだが、突如凶暴化した魔物たちが王国の各地で暴れ出したのだ。

王国が誇る騎士団も各地に派遣され、魔物と人間との間で激しい戦闘が繰り広げられているが、凶暴な魔物たちとの戦いは、徐々に人間側が押されつつあった。


ガカッ! ガカッ!

数人の騎士が戦場を馬で駆ける。

「まったく…こんな時にこそ、伝説にある異世界の勇者が俺たちを助けに来てくれても良いんだがな。アンリ、お前もそう思わんか」

リーダー格の男が、すぐ後ろを駆ける女騎士に叫ぶ。

「伝説は伝説です。現実を見ましょう、隊長。今はアイツをどうするかです」

アンリと呼ばれた女騎士が答える。

王都から数日の位置にある街に派遣されていた騎士団。その彼らの前に現れた魔物たち。本来であれば、騎士団の敵ではないはずだった。その中の一体さえいなければ。

「ガハハハッ! まるで歯ごたえが無いな、人間ども!」

吠えるのは魔物側の大柄な戦士、しかしその頭はドラゴンのそれだ。

「そおらっ!」

ブォン!

「がはっ!」「ぐぁっ!」

腕の一振りで、屈強な騎士数人が吹き飛ばされる。

「王国の騎士団と言ってもこんなものか? この俺、魔王軍四天王が1人、ガルム様を楽しませてくれる奴はいないのか!」

筋肉が盛り上がり、巨体がさらにひとまわり大きくなる。

「ガハハッ! 貴様ら全員、逃げられると思うな!」

「…アンリ、お前は退け。このことを王都に伝えるんだ」

「しかし、隊長!」

隊長と呼ばれた男がニッと笑みを浮かべる。

「行け、アンリ。近衛騎士になるんだろう? こんな所で死ぬな」

「…わかりました」

アンリが踵を返そうとした、その時だった。

ドオォォォンッ!!

突然、轟音が鳴り響き、アンリたちから少し離れた辺りが砂煙に包まれる。

(爆発!? いや、空から何かが…)

煙が晴れると、そこには1人の青年が立っていた。

見慣れない格好をしているが、丸腰で鎧も着ていない。

「…ここが異世界か?」

青年がつぶやく。

「何だぁ、貴様? どこから来た!?」

四天王のガルムが吠える。

(魔物側の援軍…ってわけでも無さそうだけど…)

「おおぉ~すげぇっ! ドラゴンか!? あっちは本物の騎士? マジでファンタジーの世界だ!」

「………」

明らかに場違いな空気が流れる。

(彼はいったい…)

戸惑うアンリと青年の目が合う。

「ねぇねぇ、君って女騎士ってやつ? カッコ良いねぇ。その鎧も似合ってるよ。ああ、オレは八代壮馬、ソーマって呼んでよ。それでどうかな?この後、2人で…」

「この後など無いわ!」

ソーマと名乗る青年の後ろに、竜頭の戦士が立つ。

ドガァァンッ!

「うおっと! 危ねぇっ!」

振り下ろされたガルムの拳を間一髪で避けるソーマ。

ブォンッ! ドガァッ!

「ちょっ! 待てっ! 話を…」

ガルムが次々と繰り出す攻撃を避け続けるソーマ。その拳は全て地面を砕くだけだ。

「ええいっ! ちょこまかとっ!」

キレたガルムは、背負っていた巨大な戦斧を構える。

「待て待てっ! そんなのが当たったら死んじまうだろっ!」

「ふざけるなぁっ!」

「むぅ、仕方ないな…」

ドゴッ!!

一瞬で間を詰めた青年の拳がガルムの腹にめり込む。

「ガ…ハ…」

よろめくガルム。

「先に手を出したのはそっちだからな。恨むなよ」

青年が両手の平をガルムに向ける。

「ええと…雷撃魔法!」

ガカァァッ!!

凄まじい電撃がほとばしり、大爆発が起こる。

「グアァァァッ!!」

砂煙が収まった後、その場には大きなクレーターが残されているだけだった。

「よ…よし、今だ! 残っている魔物どもを蹴散らせっ!」

敵も味方もあっけに取られている中で、隊長の号令が飛ぶ。

リーダーを失った魔物の群れが全滅するのに時間はかからなかった。


その頃、魔王が封印された地で――

「ほぉ、ガルムが殺られたか。異世界から来たる者…千年前に魔王様を封印した憎き勇者の再来という訳だな」

ローブの男がつぶやく。目深にフードをかぶっていて表情は全くわからない。

「千年経って魔王様の封印が弱まり、ようやく我ら魔族の力も戻ってきた。封印を完全に解く儀式も進んでいる。しかしこのタイミングで、またもや勇者が現れるとは。まったく忌々しいが、ガルムを倒すほどの奴を放ってはおけんな」

「クックックッ…心配しすぎだよ、ヨハン。ガルムは我ら四天王の中でも最弱…」

小柄な道化師が答える。

「口を慎め、キルル。奴は戦闘力なら貴様より上だ」

ヨハンと呼ばれたローブの男がたしなめる。

「わかってるよ~。言ってみたかっただけじゃん」

「まったく…ふざけた物言いは先代譲りだな」

「勇者に負けちゃったパパと一緒にしないでよ。あたしの実力はパパ以上だよ、それは保証するって」

キルルと呼ばれた道化師がニヤリと笑う。

「口だけなら何とでも言える。結果で示せ」

「オッケ~! じゃあ現れた勇者ってのはあたしが殺ってくるよ」

「そちらは任せる。儂は引き続き、魔王様復活の儀式にかかるのでな」

「ガルムがやってた人間界の侵略はどうするの?」

「そんなものはいつでもできる。まずは魔王様の復活だ」

「それと、お邪魔虫の排除だねっ」

ローブの男と道化師の気配は、闇に溶けるように消えていった。


それから数日後――

「おおっ! お主が異世界から来た勇者、ソーマ殿か!」

ここは王城の謁見の間。アンリは隊長の指示でソーマを王城まで連れてきていた。

居並ぶ家臣や近衛騎士たちが、異世界から来た青年を値踏みするように凝視している。

「おおぉ~! すげぇっ! 本物の城だ! 王様だ!」

「ちょっ!? 陛下の前で…」

「ああ、かまわん、かまわん。我らの救世主なのじゃからな」

「…救世主? オレが?」

「そうじゃ。今、我が国は魔物の脅威に晒されておる。封印された魔王が復活する兆しとも言われておる。そこに現れたのがお主じゃ」

「なるほど! つまり救世主であるオレが華麗に魔王を退治して、この国を救えば良いわけだなっ!」

「その通り。話が早くて助かる」

「そして魔王は美少女で、オレの強さに惚れると!」

「…いや、魔王は美形ではあるが男だと伝えられておる」

「…やめます、魔王退治」

「なぜじゃ!? 魔王を倒したあかつきには、富も名誉も思いのままじゃぞ!?」

「…違う、そうじゃない…美少女魔王がオレの強さに惚れるってお約束は…」

「もちろん、簡単な話ではない。勇者殿がその1人を倒したとは言え、まだ強大な力を持つ四天王の残りは健在じゃ」

「いや、オレやらないって…」

「魔王四天王…名前もその実力もよくわかってはおらん。かろうじてその容姿が伝わっておるくらいじゃ。竜頭の戦士、ローブに身を包んだ男、道化師、妖艶な魔女…」

「何! 妖艶な魔女っ!? …フッ、このオレにお任せください。必ずやその魔女とキャッキャウフフ…もとい、魔王を倒してみせましょう!」

「おおっ! さすがは勇者殿、頼もしいのぉ!」

微妙にズレた感じで盛り上がるソーマと国王。

(…本当に大丈夫か?)

アンリは心の中でつぶやいた。


「魔王がどこに封印されているのかについては、実は伝わっておらん。各地に人を派遣して調べておるところじゃ。そこでまず勇者殿には、この国の東西南北にある龍神の祠に行き、それぞれの祠に納められているという龍神の宝珠を取ってきてもらいたい。千年前の勇者は、龍神の加護と4つの宝珠の力で魔王を封印したと言い伝えられておる」

国王は続ける。

「龍神の祠に入るには加護を受けた神官の力が必要じゃ。まずは大聖堂に向かい、そこの神官と共に祠に向かってもらうことになる」

「神の加護を受けた神官…となると、清楚系の美少女っ!? わかりました! その子と一緒に旅をするということですねっ!」

「その通りじゃ! この国の命運は勇者殿にかかっておる! 頼んだぞっ、ソーマ殿!」

「もちろんです! オレが必ず魔王を倒してみせますともっ!」

「……」

やっぱり噛み合わないまま盛り上がる2人に、アンリはため息をついた。


「さて、旅に出るにあたり、色々と準備が必要じゃな」

王が目配せすると、一振りの剣が運ばれてくる。

「王家に伝わる聖剣、フレイボルグじゃ。千年前に勇者が使った物と伝えられている。ぜひソーマ殿に役立ててもらいたい」

ソーマは剣を手に取り、鞘から抜く。

「選ばれし者が持てば、素晴らしい切れ味を持つ剣と言われておる。それ以外の者が使ってもナマクラでしかないため、ずっと使い手がいなかったのじゃが…」

「ふぅん、すごいな。いかにも聖剣って感じの剣だ」

ブンッ! ブンッ!

ソーマが試しにと剣を数回振り回す。

ドゴッ! ズバァッ!

と、剣から放たれた斬撃が、離れた所にある柱や床を切り裂いていく。

「ひっ!」「うわぁっ!」

その場に居た家臣や騎士たちは、巻き込まれないように慌てて逃げ惑う。

「あ~…ごめん…」

緊張感のカケラもなく謝るソーマ。

辺りは燦々たる有様だった。

腰を抜かした国王の後ろでは、玉座の背もたれが真っ二つになっている。少しずれていれば、国王の頭がそうなっていただろう。

「陛下っ!!」

場が騒然となる。

「だっ…大丈夫だ…皆の者、落ち着け…」

かろうじて声を絞り出す国王。

「そ、それではソーマ殿。魔王討伐の件、頼みましたぞ」

身の危険を感じた国王は、早々に話を切り上げることにしたらしい。

「しかし、この世界に不慣れなソーマ殿には案内役も必要じゃな。近衛騎士たちよ、そなたたちの中から誰か、勇者殿の供をする者はおらぬか?」

静まり返る玉座の間。玉座の間の惨状を見れば当然だろう。凶暴化した魔物たちと戦いながらの旅も危険ではあるが、それ以前にこの男のそばにいることの方がずっと危険だ。

(近衛騎士…憧れではあるがこんな時は大変だな…)

我関せずとぼんやり考えていたアンリに、国王が声をかける。

「仕方ないな…騎士アンリよ、頼めるか」

「…へ?」

「お主が連れてきた危な…もとい、強い力を持った勇者殿じゃ。お主なら面倒事を…じゃない、信頼関係を築いて旅ができるであろう?」

(本音がダダ漏れてます、陛下…)

「そ、そうじゃ! 首尾よく魔王を倒したあかつきには、近衛騎士任命の件も考えよう」

「…わかりました」

体よく厄介者を押し付けられた気もするが、国王の命令に逆らうわけにもいかない。

アンリはしぶしぶうなずいた。


「さぁてっ! 大冒険の始まりだな!」

王城から出て、大きく伸びをするソーマ。

「遊びではありませんよ、ソーマ殿。命がけの旅になるのですから」

「わかってる、わかってるって。ああ、それと『ソーマ殿』ってのはやめてくれ。これからはソーマで良いよ、アンリ」

「わかりました。それではソーマ、これからよろしくお願いします」

「なんなら、『ご主人様』でもっ!」

「……」

「ああ、『ダーリン』も捨てがたい…いや、何でもない…顔が怖いよ、アンリさん…」

アンリの表情を見て、思わず口ごもるソーマ。

(慣れない世界にやって来て、とんでもないことに巻き込まれてなお、この緊張感の無さ…これが異世界人か…)

アンリは静かにため息をついた。


アンリの受難はここから始まる。

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