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03-19.確認と、為すべきこと

「そう言えばお前、紗矢が死霊魔術師と戦っている所に姿を現す少し前、駅前の一番高いビルの前で空を見上げていたな。何を見ていたんだ?」


 話をしつつもリビングの床を掃き終えて、リビングテーブルを拭き上げにかかっているザラが絢人に訊ねる。

 あの時の彼の様子は、やはりどう考えても[遮界]を見通していたようにしか思えない。もしもあの時、彼が本当に[遮界]の中を見ていたのなら、先ほどの感受性の話にも通じてくるものがあるはずだ。彼の正体を探るという意味でも確かめておかなければならないだろう。


「えっ、あの時は…………ていうかどこから見てたんですか?」

「私のことはこの際どうでもいい。

お前はあの時、一体何を見ていた?何か気になることでもあったのか?」


「いや、その……なんて説明したらいいか分かんないけど、あの時はなんか違和感のようなものを感じて、それでその場から上を見上げたらビルのてっぺんの柵の外に人が四人ぶら下がってて、でもすぐに消えてしまって……」


 戸惑いながらも説明する絢人の言葉に、ザラと紗矢の顔色がみるみる変わっていく。彼はやはり紗矢の[遮界]を、その内部を正確に捉えていたのだ。


「で、消えたと思ったらひとりが身を乗り出して下を覗いてきて、目が合って、そしたら急に飛び降りて、でも消えてしまって……」

「それが私だ。やはり貴様、見えていたのだな」

「えっ?」

「ウソ……私、[遮界]失敗してた!?」


「いや、お前の[遮界]は完璧だった。むしろどちらかと言えば絢人がそれを視界で捉えた事のほうが異常と言えるだろう。

問題は、こいつがどうやって[遮界]を正確に感知しその中まで見通せたのか、だ。あの時まだこいつは魔術師ではなかったし、誰かに術をかけられたような痕跡も[貼付]以外には見当たらなかった……」


 テーブルを拭くザラの手はとっくに止まっていて、彼女は立ったまま腕を組み、布巾ではなく形のよい顎を指でつまんで思案にふける。

 だがそうは言われても、絢人自身に何ひとつ心当たりがないのだから答えようもない。霊核を自覚した時に脳裏によぎったあのイメージ、あの泣いていた女の人が自分に術をかけた魔術師なのかも知れないとは思ったが、特に確証があるわけでもないしいつのことかも分からない。

 結局、根拠のあることが何も言えないので絢人は黙ったままだった。


 その横で、紗矢もまた思い出したように絢人を問いただす。


「ていうか、そもそも貴方はなぜあんな時間に中心街になんて居たのよ?」

「いや、あの近くに俺のバイト先があってさ。しばらく休業してたんだけど久しぶりに店を開けるってんで、昨日は店の掃除を頼まれてたんだよ。たまたま土曜で部活も休部日だったし、バイト代も出してくれるって言うからちょうどよくてさ。

だから学校が終わって一度家に帰って昼飯だけ食って、2時過ぎぐらいから店に顔出してずっと掃除してたんだ」

「待ちなさいよ、2時過ぎから掃除してたって、あの時もう夜の7時過ぎてたわよね?そんなに時間かかったの?」

「いや~、バイト俺ひとりしかいないからさ。掃除だけで5時間ぐらいかかったし、そのあと前夜祭するから食材買ってきてって店長に言われて買い出しに行ってんだ」

「いや、あんたそれ完全にただのパシリじゃないの……」


「なるほど、それであの時買い物袋を提げていたというわけか」

「あ、そうです。あれ買い出しの帰りだったんで」

「で、再び現れたのは何故だ?落雷にでも驚いたのか?」

「いやあんな近くで雷落ちたらそりゃビックリしますよ。慌てて様子を見に行こうとしたら店長がもう帰っていいって言ってくれて、それで店を出て来てみたら紗矢がいたんで、珍しいと思って声をかけたんです」


 絢人と紗矢の会話を聞いてザラが口を挟んできて、絢人の返答を聞いて、そしてまた考え込んでしまう。


「お前、全くの一般人だとばかり思っていたが、どうやら以前から魔術と関わりがあったようだな。桜とは血が繋がっていなくとも他に魔術師の血を引いている可能性はあるし、少なくとも[貼付]が施されている以上は以前に魔術師と会っているのは間違いない。おそらく他にもまだ何か秘密があるのかも知れんな。

だが、それ以上は何とも言えん。分からんものをいつまでも考えていても仕方がない。時が経てばそのうち分かることもあるだろう」


 やがてそう言うと、ザラは再びリビングのテーブルを拭き始め、手早く拭き終えると炊事場の方へ歩いて行ってしまった。



 またザラが独りで何か考えてる、と紗矢はその後ろ姿を見やりながら思う。彼女と自分とでは知識も経験も違うからある意味では仕方ないとも思うが、自分が未熟なせいで共有すべき情報までも彼女がひとりで抱え込んでいるのではないかと思うと、何とも悔しかった。

 早く一人前になって、彼女が本当に頼りにできるようなちゃんとした魔術師になりたい。紗矢の心は焦るばかりであった。焦ってもどうにもならないのは解ってはいるが、だからといって諦めてしまうわけにもいかないのだ。



「そう言えばさ、お前は何であんなとこにいたんだよ?」


「えっ?」

「いやお前、普段は飲み屋街のとこなんて来たことないだろ?珍しいとこで見かけるな~ってあの時も思ったんだよ」

「……ああ。それはね、あの時戦っていた死霊魔術師を探してあの場まで行ったのよ。まあ、あの時貴方を助けたから逃げられちゃったけれどね」


「え、それは……なんか、悪い」

「もう過ぎたことだからいいわよ。少なくとも貴方も私も死ななかったのだから、もうそれでいいわ」


 自分のせいで取り逃がしたと聞いて絢人は申し訳なさそうに頭をかく。逃げられたのが死霊魔術師だと聞けばなおさらだ。

 そう言えば理も死霊魔術師を知っているような口ぶりだったが、もしかして彼の関わっている死霊魔術師と紗矢が戦っていたという死霊魔術師とは同一人物なのだろうか。

 だとすれば、なおのこと逃げられてしまったのはまずいかも知れない。


「なあ、その死霊魔術師って、もしかして理の言っていた……」

「確証はないわ。でも死霊魔術師なんてそう何人も現れたりしないし、可能性は高いんじゃないかしら。少なくとも私はそう睨んでるのだけれど」


 やはり紗矢も同一人物の可能性を考えているようだった。もしも理が唆されて魔道戦争に参戦したのだとすれば、彼は死霊魔術師に騙されて操られているということになる。


「……なあ。魔道戦争に、参戦者以外が乱入する事とかあるのか?いやそれ以前に、理以外の参戦者が死霊魔術師側に付いてる可能性だって……」


(あら、意外と鋭いわね)


 事の重大さに気付いたのか、次第に険しい表情になっていく絢人を見て、紗矢は少し意外に思った。だが彼も魔術師になって死霊魔術師の危険性は理解しているだろうし、メディアからも色々と知識を得ているはずだ。

 彼が馬鹿でも愚鈍でもないのは今までの学校生活で見てきて分かっているし、これは上手くすれば、ただ単に守らなければならないだけのお荷物ではなくなるかも知れない。


「残念だけど、魔道戦争に乱入者があった事例は過去にも多くの記録が残っているわ。死霊魔術師が参戦してきた記録もね。

だから心してかからなければならないわ。私たち以外の誰も、一切信用してはダメよ」

「やっぱり、そうなんだな……。

じゃあ、まずは他の参戦者が死霊魔術師の手先なのか、そうでないのか確認しないとな」

「ええ、貴方の言うとおりね。明日からは他の参戦者を探して、何か情報を持っていないか聞き出すことにしましょう」

「分かった。じゃあ作戦を練らないとな」


「大まかに方針が決まったのは良いことだけれど、でも相手は死霊魔術師よ。何が起こるか解らないのだから、行動は慎重に慎重を重ねなさいな」


 絢人たちの会話を一歩引いて聞いていたメディアが、軽い溜め息とともに紗矢に言う。

 海千山千のメディアにしてみれば、ひよっこ魔術師がふたりで無い知恵を絞ったところで効果的な立ち回りができるとは思えない。元よりそのつもりではあったが、経験の浅い彼らを邸から出ずにサポートするのはなかなか骨が折れそうである。


(まあ、だからこそ召喚に応じたのだし、解ってはいたのだけれどね。せいぜい努めるとしましょうか)


「分かってるわ。準備は万全に、でしょ?完璧を期さないと死ぬのは私たちだものね」


 厳しい表情で紗矢がメディアに言葉を返す。

 だがこの時の彼女は、果たしてどこまで準備すれば本当に『完璧』になるのか、それをまだ正しく理解してはいなかったのだった。


「そうね。だから紗矢、貴女はザラと作戦の詳細を練って頂戴」


 メディアがそう言って立ち上がる。


「えっ、貴女はどうするの?」

「私は坊やを少し鍛えるとしましょう。魔術を撃ったこともないまま戦場に出すわけにはいかないでしょう?」

「あ、そっか、そうよね」

「え、俺?」

「そう、貴男よ。魔道戦争を戦うのなら貴男も戦闘訓練を積まなければね。だから今から裏の森へ行って、その魔杖の試し撃ちと模擬戦闘をやってもらうわ。魔術使用の感覚に少しでも慣れておきなさい」

「そっか、分かった」


 そう返事をして絢人も立ち上がる。確かに、戦う前に訓練が必要なのは当然の話だし、紗矢の足手まといにもなりたくはないからやっておくべきだ。


「ならば、某も供をすべきであろうか」


 霊体化して姿を消していた紹運が実体化して姿を現す。


「いえ、貴男はいいわ」

「左様か」


 メディアが断ると、紹運はそのまままた霊体化してしまう。


「まあ、彼の出番はもっと後だものね……」

「ええ、そうでしょうね」

「?」

「さ、行くわよ坊や」

「え、う、うん……」


 紗矢とメディアが頷きあう意味が分からずに、訝しそうな顔のまま絢人はメディアに連れられてリビングから、そして邸から出て行った。


「……そう言えば、昼から霊力が暴れて具合悪くしてたと思うんだけど。彼、大丈夫なのかしら……」


 ひとりきりになってしまったリビングで、ふと紗矢はそのことを思い出したが、今さらどうにもならなかった。絢人に戦闘訓練を積ませなければならないのは間違いないし、わずか7日間という期限があるために、多少無理でも時間を無駄には出来なかった。


「……ま、何とかなるでしょ」


 結局、そう言って自分を納得させるしかない紗矢であった。







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