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03-18.三理の法(3)

「刻位と英霊の話はそんなところね。神理の話も理解したかしら?」


「神理はともかく、人理は往々にして踏み外す者も後を絶たん。だから人理においてはどこまでが許されてどこからが許されないのか、しっかり見定めることが重要だ。でなければ外道として討ち滅ぼされるだけだからな」


 ザラが渋い表情で言う。彼女のその表情と口振りからすると、どうも身近な知人が道を踏み外したことがあるように感じられた。


「まあ、ルールなんて破ってもいい事なんてひとつもないですからね。魔術の世界じゃ特に厳しそうだし、そこはきちんと守りますよ」


 だから絢人は、そこには触れずにスルーする。誰しも人に訊かれたくない話のひとつやふたつはあるもので、何でも好奇心に任せて無遠慮に聞き出して良いことでもない。

 絢人はそのあたりを弁えて空気を読むのが上手い少年だった。何しろ自分自身が誰にも言えない確認出来ない秘密を抱えてずっと生きてきたのだから、他人のそういうものにも敏感なのだ。


「ところで、三理って言ってたけど、あとのもうひとつは何なんです?」


「もうひとつは“邪理(じゃり)”よ。神々が定めた世の理を“神理”というのなら、神々、つまり上位霊体(ハイ・ソウル)に匹敵する存在である悪魔や邪神たちにも同じような理が存在するだろうと言われていて、それを邪理というの。

でも、存在が推定されるだけで今まで明確に確認されたことはないわ。だからどんな内容なのかは誰にも解らないの」


「存在が推定される、つまり何かしらの根拠はある、ってこと?」

「ええそう。悪魔や邪神、それに吸血魔といった“闇の眷属”たち、いわゆる上位霊体に対して下位霊体(ダーク・ソウル)と呼ばれる霊体たちは、過去の出現記録において明らかに神理を逸脱すると思われる行為や術の数々を成しているのが確認されているわ。であれば奴らは神理ではない、何か別の理に従っていると考えるのが自然でしょう?」


 紗矢の言葉の後を受けて説明するメディアの口調と表情で、絢人には彼女が実際にそれを何度も目にしてきたのだろうと察しがつく。

 であれば、こちらもあまり深掘りしない方がよさそうだ。


「絢人、貴方あの中心街の公園で私が戦うの、見たわよね。あの時、貴方ははまだ魔術師じゃなかったからきっと気付いていなかったと思うけど、あの公園が暗黒の魔力に覆われていたの。あれが邪術で、おそらくあの場は邪理に支配されていたのだと思うわ。

結局あの時はジャンヌが聖なる力で打ち払ってそれで助かったのだけど、それがなければ危なかったかも知れないわ」

「えっ、あの時か……」


 そう言われれば、あの時はなぜか景色が遠くに感じられるような、何か感覚がぼやけるような、不思議な感覚があったことを絢人は思い出す。

 それを紗矢に伝えると彼女もあの時のことを改めて思い出したようで、その顔が驚きに染まる。


「えっ、貴方あの時の異変を感じていたの?

あ、でも、そう言えば貴方『周りから人が消えた』って言ってたわよね。……もしかして、実は魔術に関して特別に敏感だったりしないかしら?」

「どうだろ?魔術に関してはまだよく分かんねえからなあ」

「私に言わせれば充分敏感だと思うわよ?というかむしろ異常なくらいね。魔力なんてものは普通の人間は何度触れても気付けないものなのに、魔術師にもならないうちから感じ取れたなんて、ある意味ですごい才能なんじゃないかしら?」


(魔術に対する感受性の強さ……何か引っかかるな)


 紗矢と絢人の会話を横で聞いていて、ザラは最近読んだ最新の魔術論文を思い返していた。

 人類が“新たなステージ”に到達しつつある、と論証したその論文はいくつかの実例を挙げつつまとめられていたが、どうも結論ありきの内容にしか思えなかった。大した価値はないと見切っていたのだが、その論文にも魔術に対する特別な耐性と親和性を持っている実例が挙がっていて、ちょうど絢人の語る内容がそれとよく似ているのだ。


(こいつ、もしや……?いや、まさかな……)


 だが、だからといってすぐにそうと鵜呑みにするわけにもいかない。もっと状況証拠を集めなければ、判断するにはまだ早すぎる。少なくとも彼は幼い頃から元魔術師の母に育てられて、それと意識せずとも魔力を身近に感じて育ってきたのだから、その結果としてそうした耐性や感受性がついたのかもしれなかったし、その意味でまだ何とも言えなかった。


「あれ?でも貴方、小石原くんの時は何も感じてなかったわよね?」

「理?あの公園で見た理はなんかおかしかったけどな」

「その時じゃなくて、柚月たちの入学式の日の話よ。

実はあの時も彼は同じように暗黒の魔力を纏ってたのだけれど、貴方は全然気付いてなさそうだったけど?」

「えっ、あの時もか?…………いやあ、全然気付かなかったな」


「…………敏感なのか鈍感なのかサッパリ分からないわね、貴方……」


(ひとまず、要観察といったところか)


 思考をそう締めくくって、ザラは絢人の顔を見る。特に裏表もなさそうな、やや朴訥でいかにも善良そうなその顔は、ザラがこの2日で見てきた通りの印象のままだ。

 もしも彼にこれ以上何か秘密があったとしても、おそらくは自分や紗矢に害のある事ではないだろう。そう考えて、ザラは自分の直感を信用することにした。



「それで、さっきの話に戻るけれど、〈魔法〉というのもまた〈神理〉のひとつだとされているわ。私たち魔術師にとっては永遠の研究テーマね」


 魔法、とは文字通り“魔の法”、魔術の世界における(ことわり)のひとつである。魔術師の世界で広く知られ、多くの魔術師たちに研究されて原理も効果も活用法も判明してはいるが魔術的に再現されたことはなく、魔術師たちに再現ができないからこそそれらは“魔法”とされている。

 つまり“魔術”が人智の及ぶ、人の成す技であるのなら、“魔法”は人智の及ばない、人には成し得ぬ技ということができるだろう。そういう意味で事実上の神理のひとつとして扱われるのだ。


 魔法は世界の永い歴史の中でいくつか発現が観測されており、それをもし解明することが出来れば“淵源”へと至る一歩になると信じられていて、多くの魔術師たちが解明に挑んでいるが未だに成功したものはないという。



 過去に観測されて記録に残っている〈魔法〉は以下の通りである。


・生命の創造(創造の魔法)

・三理の解明(解明の魔法)

・次元の超越(超越の魔法)

・時間の遡航(遡航の魔法)

・平行世界の観測(観測の魔法)

・未来への干渉(干渉の魔法)


 いずれもその存在や事象については確認されて詳細も判明しているものの、人の身の魔術師には再現が不可能とされている。

 またそれ以外にも、事実上の〈魔法〉として以下のものが存在する。


・意識の想念(想念の魔法)

・人理の刻位(刻位の魔法)

・惑星の抑止(抑止の魔法)


 これらは存在が推定される、あるいは確かに存在するものの、原理や活用法などがいまだに解明されていない。だが近い将来に解き明かされ〈魔法〉に追加されることになるだろうと考えられている。

 この他にも未知の事象や理がまだまだ存在すると考えられていて、そうした未知のものを発見し研究することに生涯を捧げる魔術師も多い。そういう意味で、魔術の源泉である神秘はまだまだ健在と言えるだろう。



「そういや〈フィアーフォール〉って言えば、ザラさんはあれには参加したの?」

「あっ、バカ!」


 何気ない絢人の質問に紗矢の顔色が青ざめる。次の瞬間、ただならぬ圧を感じて絢人とともに恐る恐る振り返ると、そこにはメイド服姿の般若が仁王立ちになっていた。


「貴様、私を一体いくつだと思っているんだ?さすがに生まれてはいたが、そんな作戦に参加できるような歳ではないわ!」

「あ、そ、そうですよね……スイマセン……」


 死の恐怖をまじまじと感じながらも絢人が何とか詫びを入れると、般若が次第に収まってザラの顔に戻っていく。どうやら初犯は大目に見てくれるようだ。次から彼女に対して年齢を匂わせる話題は絶対に止めておこう、と固く心に誓う絢人であった。


「お父様は参加したって聞いてるわ。

あと本家の先代当主やザラのお父様も」


 ザラの怒りが何とか収まったことに安堵のため息をつきつつ、紗矢がさり気なく話題を逸らす。可及的速やかに死地を離脱するに越したことはない。


「そうだな、我々の親世代は軒並み参加したはずだ」

「えっ、じゃあ母さんも……?」

「一般社会で生活している魔術師たちは参加できなかった者も多い。さすがにその時に限って魔術師たちがこぞって姿を消したりすれば世界中で怪しまれるはずだからな。だから桜は、おそらく参加してはいないだろう」

「うちの分家筋はそれぞれ人間社会で仕事を持ってるからほとんど参加しなかったって聞いてるわ。もし参加していたとしても、おそらく当主たちだけじゃないかしらね?」


 ザラや紗矢の説明を聞いて、それなら母も参加しなかったのだろうと絢人は考えた。無事に魔道戦争を終えて家に帰ったらその話も聞いてみよう。

 でもそういえば、父は母が魔術師だと知っているのだろうか。それを聞きそびれてしまったことを、今さらながら絢人は思い出していた。


 どうやらまだまだ知らければならないこと、確認しなければならないことがたくさんあるようだ。魔術師の世界のこと、紗矢やザラたちのこと、そして自分の家族のこと。そして大前提として、魔道戦争を勝ち抜かねばならない。

 死ぬまで戦うのが魔道戦争だとは言われたが、やはり出来ればひとりの死人も出さずに済ませたい。なんとか丸く収めることはできないものか。


 そう考えてしまう絢人は、この時にはまだこの後に待ち受ける運命には気付いてもいなかった。







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