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03-17.三理の法(2)

 人理とは、“人が人であるための定義”とでも言うべきものである。人間が人間として生きるために必要な法則であり、逆らうことは不可能ではないが逆らう意義の薄いものだと言える。やはり大きく分けて物理(ぶつり)定理(ていり)術理(じゅつり)の3つに分けられる。


 物理とは、一般的によく知られる物理法則のことだ。魔術師と言えども人間であることに変わりなく、地球の大地の上で地球の大気を吸って地球の重力に縛られて生きている。

 科学の発達によってそのほとんどは解明されたが、だからといって解き放たれたわけではない。呼吸をしなければ生きられず、機械や魔術の助けがなければ空も飛べないのだ。


 定理とは、いわゆる人間社会の様々なルールや倫理規範を指す。人類社会は集団生活をする上で様々な約束事、つまりルールや法律に縛られなければならない。

 魔術師と言えども人間であることに変わりないので一般の社会と完全に無縁ではいられないし、そもそも魔術師の社会にだってそうした法やルールは存在するのだ。社会生活をする上では誰もが必ず何かしらの制約を受けて自由をある程度制限される。それを拒むなら社会から排除されるだけだ。

 死霊魔術を含む外道や禁忌といったものは、まさにこの定理を外れたものであるとされ、それゆえに“外道”と貶められるのだ。死霊魔術に限らず殺人や窃盗、詐欺などの犯罪の類も、影響の大小こそあれ全て定理を外れた外道の行いと言うことができるだろう。


 そして術理だが、これこそが魔術師にとってもっとも関わりの深い理と言える。人の行い、人の活動の全ては“術”であり、それは魔術であっても例外ではない。それらは全て人類が永い時をかけて体系化し我がものとしてきたものであり、個人の身でそれを逸脱して生きるわけにもいかないだろう。

 ゆえに魔術は、他の“術”と同様に体系化されその中でしか運用できない。人理にも、神理にも沿う形でなければ使うことすらままならないのだ。


「まあ、聞いてみれば当然のことよね。この世の根本概念なんだから、当たり前のことを当たり前に解説したものでしかないわ」

「でもその“当たり前”が解っているだけでは意味がないのだから、分かり切っているなどと言わずにきちんと踏まえておかなければならないものよ」


 魔術の世界に生きる紗矢やメディアにとってはごく当たり前の常識以前の話である。そして聞いてみれば絢人もまた、その(ことわり)の中で生きていたのだと分かる。

 だが漠然と感じているだけの状態としっかり理解し意識するのとでは雲泥の差があるのも、また事実だろう。メディアの言うとおりで、解っているだけでは意味がないのだ。



「ところで紗矢、お前まさか刻位の存在意義を解っておらんのか?」


 ダイニングの掃除をしていたザラが、リビングの掃除に移ってきて紗矢に顔を向ける。


「えっ、ザラは知ってるの?」

「推測として唱えられている仮説を知っているだけだがな。それを知らんとはお前、さてはシュヴァルツヴァルト城での勉強をさぼっていたな?」


 ギクリとして、気まずそうに顔を背ける紗矢。


「ま、知らずに恥をかくのはお前だから構わんが、お前だけでなく黒森の名前にまで泥を塗る事になるのを忘れるな。

⸺20年前に一体何があったか、まさか知らんわけではなかろう?」


 20年前に起こったこと。つまりザラが言っているのは〈フィアーフォール〉のことだ。あの時“恐怖の大王”に立ち向かった大勢の魔術師たち、実はその何割かは英霊たちであったのだという。

 英霊たちの大半は写真もない時代の存在でありその実際の容姿を世間に知られてはいない。そのため彼らは生きている人間の魔術師のふりをして彗星迎撃の列に加わったのだが、一般社会では英霊も含めて全て生きている魔術師だと思われていたのだった。


「ってことは、ああいう地球が滅びるような危機があった時のために刻位があって、英霊たちをその時のために記録して残してる、ってこと?」

「おい紗矢どうする?お前よりも魔術師になりたての小僧の方が正確に理解しているぞ?」

「う、うるさいわね!私だって分かってるわよそのくらい!」

「どうだかな、怪しいものだ」


 過去の魔術的研究成果に基づく仮説としてではあるが、刻位とは人類を脅かす重大な危機に際して、それを未然に防いで人類を救うために存在していると言われている。

 時代が進み、世の神秘が薄れるに従って地球上の魔力が減退しほぼ涸渇してしまっている現状では、魔術師たちの力もまた相応に小さくなっている。そのため、いざという時の危機回避に用いるために刻位は“英霊”、つまり魔力リソースをストックしている、と考えられているのだ。

 だが実際にそうだと確認されたことではない。もしも確認されたなら刻位は〈魔法〉のひとつに数えられることになるはずである。



「あの時、一般社会に姿を見られて話題になった魔術師たちがいたな。お前たちは知っているか?」

「えっと、授業で聞いたのは“美しすぎる魔術師”とか“男装の女魔術師”とか、あとは……」

「“美しすぎる”のは、今お前の目の前に座っているではないか」


「……え?」

「わ、わたしじゃないわよ!」


 ザラに言われて絢人は思わず紗矢を見る。だが本人に否定されるまでもなく、まだ17歳の誕生日も迎えていない彼女があの場に存在したはずはない。そしてこの場に座っているのは他にあとひとりだけだ。

 ということは、と思いつつ絢人は改めてその人物に目を向ける。


「嫌だわ。美しすぎるだなんて、そんな当然のことをいまさら誉められても、ねえ?」


 頬に手を当てて、困ったような顔でしれっと肯定してみせるメディアがそこにいた。


「ちなみに“男装の女魔術師”にもお前たちはすでに会っているぞ」


「……えっ。まさか…………ジャンヌ・ダルク?」

「そのまさかだ。というか他に誰がいる?」

「マジで!?」


 まさかこんなに身近に歴史の生き証人がいるなんて、世の中って本当に狭い。そう思って震えずにはいられない絢人である。歴史的事件の当事者と会い、その裏側を垣間見ることができたのは望外の喜びであったが、それを学校でみんなに自慢できないのが残念でならない。


「というわけでだ。刻位の英霊たちはすでに少なくとも一度は必要とされた時に必要な仕事をやってのけたのだ。その一点だけでも刻位の存在には意義があったと言うべきだろうな」

「マジですかメディアさん!?」

「ふふ、否定も肯定もしないわ」


 ふふ、と笑ってメディアははぐらかすが、その顔は正解だと答えているようでもあった。







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