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03-15.暴れ(2)

「よし紗矢、そのまま絢人が目覚めるまで手を握っておいてやれ」

「それじゃ、しっかり看病なさい」


 言うが早いか、ザラもメディアもそそくさと部屋を出て行ってしまう。


「えっ、ちょっ、ちょっと待ってよ!?」


 紗矢の抗議の声は、閉まるドアの音に無情にも却下されてしまった。紗矢はそのままひとり取り残されてしまう。


「えぇ…………」


 いきなり個室に絢人とふたりきりにされて、紗矢は恥ずかしいやら困ってしまうやらである。室内には時間を潰せそうなものも何もないし、手を触れておかなければならないから身動きもままならない。

 何となく、紗矢は絢人の寝顔を見つめてみる。今は穏やかに落ち着いた寝顔は、よくよく見るとそれなりにカッコよく……


(な、何考えてるの私!?)


 リヒトが音もなく入ってきて、紗矢に椅子を用意して自分も部屋の隅でうずくまる。だが彼女は極度の無口で、会話もないまま時計の針の音だけが部屋の空間を支配していく。


(こ、こんなの耐えられないわよ~!)


 顔を赤らめたまま、どうしていいか分からなくなって、紗矢は上体をベッドに突っ伏して顔を隠してしまう他はなかった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 絢人が目を覚ました時、枕元に置いた目覚まし時計は夕方の4時過ぎを示していた。どうやら3時間以上眠っていたようだ。体調はいつの間にか治まっていて、霊力の流れは感じるもののそこまで辛くも苦しくもない。

 身体を起こそうとして、彼は自分の身体に頭を預けるようにして紗矢が眠っているのに気がついた。毛布から出たままの自分の左手に彼女の右手が添えられているのに気付いて、少しだけドキッとする。


「看病、してくれてた……のかな」


 迷惑をかけたという申し訳なさが頭に浮かんで、同時に紗矢の細く小さく柔らかく、ややひんやりとした指の感触に、心の奥がドキドキし始めて熱くなる。

 少し前までは、彼女とこんなに距離が近くなるなんて考えもしなかったのに。遠くから眺めて、用がある時に少しだけ話せればそれで良かったのに。


 あの夜、飲み屋街の緑地公園で出会ってからのことを絢人は思い返す。彼女は魔術師で、自分を魔術師にして、名前で呼び合うようになって、そして今は付きっきりで看病までしてくれている。

 そういや、俺が魔術師になってから言葉遣いが変わったよな、と絢人は思う。おそらく今までの学校生活で見せていた、ちょっと澄ましたお堅いお嬢様の姿は外向きに繕っていたのだろう。でもどちらかと言えば、お嬢様の姿よりも今の飾らない彼女の方が好ましいと、絢人はごく自然に考えていた。


「ん……」


 紗矢が身じろぎをする。起こしてしまったかも知れないと思って、絢人は起こしかけた上体を再びベッドに横たえる。左手を彼女の手から離そうとしたが、何となく名残惜しくてそのままにしておこうと思った。

 部屋を見渡すと、隅でリヒトがうずくまっている。


「リヒト……さん?」


 絢人が目を覚ましたことに気付いていたリヒトは、呼ばれてすぐにベッドへと近寄ってくる。無言のままじっと見つめてくるが、その眼に気遣う色が見えて、絢人は少しだけ嬉しい気持ちになった。


「もう大丈夫ですから」


 小声で一言だけ声をかけると、彼女はかすかに頷いて、それから音も立てずにドアを開けて静かに出て行った。


「…………絢人……?」


 だが紗矢は、リヒトと絢人の気配で目を覚ましてしまったようだ。目をこすりながら上体を起こす。


「あ、悪い、起こしちゃったか」

「うん、起きた……」


 寝ぼけ眼で返事をしつつ彼女は上体を起こし、絢人と目が合う。次の瞬間に驚いた顔になって、みるみる顔が真っ赤になる。


「い、い、いつから起きてたのよあんた!

ていうか、あ……あたしの寝顔、み、見た……?」

「いや起きたのは今さっきだけど、お前よく眠ってたし起こしたら悪いかなと思って」

「み、見たのね!?なんで見るのよ!?」

「いや見るなって方が無理だろ!」

「無理でも何でも、見るんじゃないわよ!」


 絢人の言い分はもっともだったが、年頃の女の子にとって同級生男子に寝顔を見られるほど恥ずかしいこともそうそうないだろう。だが後から眠ってしまったのは紗矢のほうなので、これは完全に八つ当たりだった。だったのだが、結局絢人が詫びなければ収まらなかった。


「…………で?結局、もう大丈夫なのね?」


 まだ少し顔が赤いままの紗矢が訊く。

 ふたりきりの気まずさと、寝顔を見られた恥ずかしさと、思わず八つ当たりしてしまったばつの悪さとで彼女はまともに絢人の顔を見られない。椅子に座ったまま組んだ膝の上で頬杖をついて、そっぽを向いている。


「うん……多分。

少なくとも、さっきまでのみたいなキツさはない、かな」


 同じく少し顔を赤くしたまま絢人が答える。

 近くなってしまった距離感に改めて戸惑い、彼女の反応を思わず可愛いと思ってしまった自分の反応に照れ、それを彼女に悟られたくないがためにやはり顔を背けていた。


「何をやっているんだお前たちは……」


 様子を見に部屋に入ってきて、そんなふたりの様子を目撃して、呆れたようにザラが呟く。


「「な、何でもないわよ(です)!」」


(案外仲良いなこいつら)


 全く同時に全く同じ表情で全く一緒の返事を返すふたりの様子に、思わず感心してしまったザラであった。







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