03-14.暴れ(1)
「紗矢、昼からはどうするつもりだ?」
「そうね、日中は邸にいて、敵を探すのは日が暮れてからの方がいいと思うけれど」
「それがいいだろう。日中の戦闘は危険が伴うからな」
紗矢とザラがダイニングで今後の方針を協議している様子を、絢人はリビングから眺めていた。だが先ほどからどうも熱っぽく、だるさを感じる。体内では相変わらず霊力が駆け巡っているのを感じていて、頭がぼうっとする。
堪えきれず、絢人はそのままソファに横になってしまう。
その様子に紗矢が気付いて、絢人の傍に寄ってきた。
「ちょっと絢人?
なに、体調悪いの?」
「いや……分かんない……けど」
「どうやらまだ、霊力の流れに慣れていないようだな。今日のところは無理をさせない方がいいかも知れん」
ザラが絢人の顔を見てすぐに[解析]して、それを中途覚醒者特有の霊力中毒だと見抜く。成人してから魔術師として覚醒した例を過去に見知っている彼女の目には、絢人の症状はまだ軽い方だと思えたが、体調も霊力の感度も人それぞれであり、軽いから問題ないとは一概には言えない。
なのでザラは、平時ならいざ知らず魔道戦争中ということもあり、大事を取った方がいいと考えた。
「いや…、大丈夫、多分……」
「何が大丈夫だ、そんな体たらくで命がけの魔道戦争を戦えるとでも思っているのか。いいから休んでおけ」
「そうよ、体調は万全にしておかないと無駄死にするだけよ。この邸の中は確実に安全なんだから、今日は休んでおきなさい」
頑張って起き上がろうとするが、ザラと紗矢に口々に言われて、絢人は再びソファに倒れ込んでしまう。動きたかったがどうにも身体が言うことを聞かない。霊力のエネルギーとはこんなにもキツいものなのか。
そこへメディアが歩み寄ってきて、絢人の額に右手を添えた。
「あらあら、この子ったら霊核がこんなところにあるのね。これじゃあ霊力の渦が直接頭に響いてるでしょうから、きっと見た目以上に苦しいはずよ。とても魔道戦争どころではないわね」
「じゃあやっぱり無理させない方がいいわね。
孫七郎、絢人を部屋まで運んで」
「ふむ、心得た」
そして絢人は紹運に抱え上げられ、自分の部屋に運ばれてしまった。着衣のままベッドに寝かされ、毛布を被せられる。
「紗矢……ごめん……」
一緒に部屋までついて来た紗矢に、朦朧とする意識の中で絢人は何とか詫びた。ただでさえ足手まといなのに、こんなことで迷惑をかけてしまうのが悔しくて仕方がなかった。
だが、なぜか症状を自覚してからどんどん悪化しているような気がする。自分の身体の中で何が起こっているのか、自分の身体なのに分からないのは気味が悪かった。
「いいわよ、元々無理を承知だったんだから。気にしないでいいからしっかり休んで、早く慣れなさい」
紗矢は努めて優しく声をかける。そもそも自分があの時彼を助けなければこうやって苦しませることもなかったわけで、それを考えれば彼に対して申し訳ないという気持ちさえ湧いてくる。
⸺何故あいつを助けたんだ。
⸺お前は自ら困難な道を選んだのだ。
紗矢の脳裏にザラの言葉が蘇る。やはり自分は間違っていたのだろうか……。そう思いつつ、我知らず紗矢はベッドに寝かせた絢人の左手にそっと自分の右手を重ねていた。
その彼の左手の霊痕から霊力が流れ込んできて、それはあっという間に紗矢の体内を駆け巡った。
(えっ、なにこれ……!?)
だがその勢いといい量といい、とても強度5のか細い霊炉のものとは思えない。少なくとも自分が普段毎朝巡らせているものと、さほど変わらない霊力量にしか思えなかった。
「ちょっと孫七郎!ザラとメディアを呼んできて!」
「む、暫し待たれよ」
紗矢の慌てぶりに紹運はすぐさま霊体化して姿を消し、すぐにふたりを連れて戻ってきた。
「紗矢、どうした」
「ザラ!いいから[解析]してみて!絢人の霊力量がおかしいわ!」
「何だと?」
「“暴れ”よ。ただの中毒じゃないわ」
ザラの後ろから部屋に入ってきたメディアが冷静に指摘する。
暴れ、というのは霊炉の暴走のことで、魔術師として覚醒した直後によく見られる霊力中毒が重篤化した際に起こる症状のことである。適切な処置をすれば大事には至らないが、処置ができずにそのまま放置すれば最悪の場合、霊炉が破損し霊核をも砕きかねない危険な症状であった。
だがあいにくと、この場には適切な治療を施せる付与魔術師がいない。
「一晩耐えられれば治まると思うけれど。正直五分五分かしらね」
「そんな……!」
「⸺待て。紗矢、これはそこまで重篤か?」
[解析]を終えたザラが、やや訝しげに紗矢に言う。
「えっ?」
「むしろ、やや落ち着いて来てはおらんか?」
そう言われて改めて絢人を見ると、彼は早くも寝息を立て始めている。先ほどまでの熱に浮かされたような苦しそうな表情ではなく、いくぶん落ち着いているように見えた。
「紗矢、その手を一旦離してみろ」
「え、ええ」
ザラに言われるままに、紗矢が触れたままだった絢人の左手から手を離すと、しばらくして絢人の額に汗が浮かんできて、表情が次第に険しくなっていく。
「ふむ……確かにこれはなかなか重篤かも知れんな」
そのまま[解析]を続けていたザラの表情も険しくなる。
「もしかすると、紗矢の霊力で覚醒させたから紗矢の霊炉でなら中和できる、ということなのかも知れんぞ」
「可能性はあるわね。紗矢、もう一度触れてごらんなさい?」
メディアに言われるまま紗矢が絢人の左手に触れると、再び紗矢の体内に霊力が流れ込んできて、彼の表情が少しずつ落ち着いていく。
「どうやら間違いなさそうだな。
よし紗矢、そのまま絢人が目覚めるまで手を握っておいてやれ」
「えっ、そ、そんな!」
「やむを得んだろう、どうやらそれが現状唯一の対処法のようだからな。まあ安心しろ、リヒトを付けておいてやる」
「それじゃ、しっかり看病なさい」
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってよ!?」
言うが早いか、ザラもメディアもそそくさと部屋を出て行ってしまう。紹運は空気を読んだのか、いつの間にか霊体化して姿を消してしまっていた。




