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03-12.真名(1)



「どうした?何か気になることでもあったか?」


 不思議そうな顔で卓上とザラの顔を見比べる絢人に、ザラが聞いてくる。

 ザラが用意した昼食はビーフシチューだった。それによく焼かれた豚肉のスライスにチーズをたっぷり乗せて、ポテトの和え物が添えられた肉料理。さらにサラダとスライスされた黒いパン。

 だが絢人が何より驚いたのは、ビーフシチューが鍋ごと食卓に乗せられたことだった。そして卓に着いた絢人たちの前には空の器が置いてある。


「いや、これは……何というか……」

「どうせ、『まるで夕食みたい』って思ってるんでしょ?うちは食事に関してはドイツ式だからこれが普通よ。朝食と夕食は軽めに済ませて、昼食をしっかり頂くの」


 絢人が何を考えているのか正確に見抜いて、紗矢が簡単に説明する。


「ビーフシチューは好きなだけ自分で取り分けるのよ。まだお鍋熱いから、火傷しないようにね」

「そ、そうなのか……」

「これでも日本風に寄せているくらいだぞ、普通はワンプレートで済ませるからな。一度に人数が増えたから豚肉料理(レバーケーゼ)は追加だ」


 確かにそれまで紗矢とザラしかいなかった邸には、今やリヒトとドゥンケルの姉弟、絢人、そして英霊2柱が増えている。そしてその英霊たちも当たり前のように食卓を囲んでいた。リヒトとドゥンケルは食卓についてはいないが、後でザラと一緒に同じものを食べるはずである。

 ちなみにレバーケーゼというのは豚肉のミンチを玉ねぎや香味野菜のみじん切り、それに各種スパイスなどと合わせて型に入れて蒸し焼きにした料理で、それを切り分けて食べる。溶かしたチーズを乗せて、ポテトやキャベツの漬物(ザワークラウト)を付け合わせるのが一般的だ。


 ふと見ると、紹運がいつの間にか鎧を脱いでいて直垂(ひたたれ)姿に変わっている。


「あれ、紹運さんいつの間に鎧脱いだんですか」

「うむ。戦場でもなし、邸の中であまり物々しいのも無粋というもの。某とてこちらの方が気安いのでな」

「ていうか、普通に脱ぎ着できるんですね……」

「何言ってるのよ。英霊の本人も衣服も霊体、つまり魔力(マナ)で構成されてるんだから、自由に変えられなきゃおかしいでしょ?」


「あー、まあそっか、そうだよな」

「ははは。後の世では常在戦場などという気構えが持て囃されたようだがな、儂らの頃は乱世であったからそんなことでは気が詰まるというものよ」


 確かにそう言われれば納得もする。英霊も元は人間だったのだと改めて気付かされる絢人であった。


「ていうか、あんまり通名を呼んだらダメよ。どんな英霊かバレちゃうじゃないの」

「然り。なるべく孫七郎で通させてもらいたい」

「え、やっぱそういうのバレたらダメなのか?」

「当然でしょ、どんな英霊か分かったら対策取られちゃうじゃない。鎧装や武技が有名な英霊や、逸話の中で弱点や死因が晒されてる英霊だっているんだから、私たち魔術師の情報と同じように英霊の情報もできる限り隠しておかなければならないわ。そうでなければ戦いに勝つことなどできないのよ」

「気安く武技を披瀝出来ぬのも、そういう意味合いを含んでおるな」

「なるほど……」


 いかな英霊といえど、無敵でもなければ最強でもない。踵を射抜かれて戦死したトロイア戦争の英雄アキレウスの例を挙げるまでもなく、英霊たちにはそれぞれ弱点が存在するものだ。元より彼らは過去に生きていて、その死後に英霊となったのだから、考えてみればそれは当然の話であった。

 なお高橋紹運の最期は、筑前岩屋城で島津軍約5万に攻められて763名の城兵もろとも玉砕を果たした『岩屋城の戦い』があまりにも有名である。つまり彼は、純粋に物量で押し切られたら負けてしまうということだ。


「ところで、通名(つうめい)って?」

「ああ、坊やにはその話がまだだったわね」


 紗矢の言葉の“通名”の意味を計りかねて絢人が聞く。“紹運”という名は彼が、高橋紹運が生前に名乗った正式な法号であるはずなのだが、先ほどの紗矢の口ぶりだと、まるで偽名か何かを名乗っているとでも言っているかのようだった。


「この地球上の全ての存在、森羅万象は魔力(マナ)で構成されたもの、というのはもう教えたわよね。その魔力で構成されたものには必ず、そのものの存在を定義する“真名(しんめい)”があるの」


 絢人の疑問を受けて、メディアが絢人に答える。


「真名?」

「そう。貴男にもあるわよ」


 そんなものがあると言われても、絢人には心当たりは全くない。絢人はあくまでも『太刀洗絢人』というのが本名であり、それ以外の名前など持ってはいなかった。持ってはいないはずだった。


「じゃあ、『太刀洗絢人』ってのが、真名ですか?」

「そっちが“通名”よ」

「…………はぁ!?」


 自分の本名が“通名”だと言われても絢人は困ってしまう。これは絢人が正体を隠すために名乗っているのでも何でもなく、親から、それも本当の母親からもらった母親との唯一の繋がりなのだ。

 それをまるで嘘だと言われたような気になって、悔しさに思わず頭に血が上る。


「誤解しないで頂戴ね。いわゆる本名のことを、魔術の世界では“通名”と呼ぶの」


「…………えっ?」

「真名は全ての存在にある、と言ったでしょう?動物にも草木にも、貴男をはじめ人間にも魔術師にも、もちろん私にも紗矢にもあるわ。自分を霊体だと意識していない普通の人間や動植物は真名を自覚していないけれど、魔術師になったからには貴男も自分の真名を自覚しなければならないのよ。

でもその真名は、その存在の全てを表す特別な名なの。もしもそれを他人に知られてしまったら、知られた相手に自分の全てを支配されてしまうのよ」


「えっと、どういうこと?」

「どういうこと?って、あなたねえ。魔術師になったんだから細かい説明しなくたって何となく解るでしょ?」

「いや……まあ、何となく魔術的な話なのは分かるけど……」

「いいから、自分の霊核をよく確認してみなさいよ」


 紗矢にそう言われて、絢人は自覚したばかりの自分の霊核をじっと感知してみる。

 するとどうだ、霊核の光の中に何か文字らしきものが浮かんでくるではないか。


「言ったらダメよ、それ絶対口にしたらダメだからね!」


 絢人の顔色が変わったのを見て、慌てて紗矢が釘を刺した。







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