03-09.魔術系統(1)
「いいこと?魔術には大きく分けて7つの系統、7つの術理があるの」
リビングで始まるメディアの授業、それを絢人は黙って聞いている。
ただし授業と言ってもノートも筆記用具もない。そういったものは絢人が自宅のリビングのソファの横に置いてきた学生鞄の中に入っていたし、ザラはザラで「頭に叩き込め。貴様、戦場でいちいちノートを見るつもりか」などと言って用意してくれず、そのままメイド本来の仕事をするために絢人をひとり置いて行ってしまった。
というわけで、リビングに今いるのは絢人とメディアだけである。
魔術と一口に言っても様々な術式、つまり系統というものがある。大別して以下の7種類、さらにその中に多くの術式があり、魔術師たちはその中で自由に好きなものを習得し使用するのだ。
霊体を召喚・使役する〈召喚魔術〉。
魔術による直接攻撃を軸とする〈放射魔術〉。
同じく間接攻撃を軸とする〈付与魔術〉。
物質の組成と複製を行う〈結晶魔術〉。
空間と移動に関する〈空間魔術〉。
音と聴覚と詠唱とに関わる〈韻律魔術〉。
絵と視覚、書と言霊に関わる〈描律魔術〉。
召喚魔術は霊体を召喚し契約して使役する魔術である。英霊を召喚できるのはある程度高位の術者に限られ、大半は動物の霊体である“化生”や器物が経年によって霊体化した“付喪”を召喚し契約して使役するが、神や悪魔といった、人間に御することができないものは召喚できない。また、召喚されたものを還すのも召喚魔術の分野になる。
魔術を直接飛ばして敵を攻撃するのは放射魔術である。攻撃だけでなく直接攻撃からの防御にも長け、魔術での攻撃を未然に阻止するのも放射魔術の分野になる。高位の放射魔術師になると敵の魔術さえ魔力リソースとして吸収し取り込むものもいるという。
間接攻撃、ないし魔術を強化したり弱めたりというのは付与魔術の仕事だ。それだけでなく魔術トラップの作成にも長け、待ち伏せや撹乱、さらには脳に干渉して認識を改竄したり記憶を「上書き」する事も可能だという。
結晶魔術は物質の成分分析に優れ、物の構造を解析して組成し「無から有を成す」魔術である。中世においては金を組成することに力が注がれ、それがいわゆる“錬金術”として世に広まっている。
そうした特長から、結晶魔術は傷病の回復などにも応用される。
理論上は生命の創造さえ可能というが、それは禁忌に触れるため厳重に禁じられているという。だが疑似生命であるゴーレムや人造生命体であるホムンクルスなどを生み出す者も多く、どこまでがグレーでどこからがアウトなのか議論は尽きない。
空間、つまり三次元に干渉するのが空間魔術である。物質の移動に関わる術式もこの分野で、そのため魔術師の移動手段として用いられる事が多い。移動させるものは無機物、有機物を問わず、高位の空間魔術師ともなれば遠く離れた物質を手元に引き寄せる事さえ可能であるという。
ただ亜空間の生成などは極めて難しく、また神理にも抵触しかねないため、高位の空間魔術師でも成功する者は稀だという。
韻律魔術は音と声に関する魔術である。全てのものには固有の“音”があり、それを魔術的に解析して操るのがこの魔術の特徴であり、それだけでなく音を創ったり変えたり消したりすることすら可能という。
音のみならず声、つまり詠唱にも関わってくるため、全ての魔術師たちにとってある意味でもっとも脅威となりうる魔術である。
描律魔術は絵や書など“描き(書き)表すもの”に関わる魔術である。全てのものには固有の“外見”があり、それを概念として規定してしまうのがこの魔術の特徴だ。それを描き足したり描き替えたり消したりすることによって、ものの“存在”そのものに干渉し「有を無と成す」ことすら可能にする。
描く(書く)という「人間固有の行為」に特化した魔術であり、7つの魔術系統の中ではもっとも新しい分野とも言える。
それぞれ中心となる魔術貴族の家系が存在し、その家系を中心に一大勢力を築いているという。紗矢やザラが生まれ育って属しているのは召喚魔術の魔術貴族であるシュヴァルツヴァルト一族であり、絢人の母の桜の実家である白石家もその流れを汲む召喚魔術の一族だ。
「それぞれの魔術貴族には始祖がいるわ。今ある魔術系統を興した偉大な魔術師、〈協会〉によって『魔祖』の位階を与えられた人物たちがね」
「え、じゃあメディアさんよりもっと前の人がいる、ってこと?」
「いいえ、魔術そのものは魔祖たちよりもずっと前からあったわ。それこそ私より以前からね。
貴男、“ソロモン”って聞いたことないかしら?」
ソロモンと言えば歴史上においては紀元前約1000年頃の古代イスラエルの王とされている人物である。魔術の世界においては神から“知恵の指輪”を授かったとされ、魔術の創始者のひとりとされていて、多くの天使や悪魔を使役していたという。
「そう。そのソロモン王が天使や悪魔を使役していたというのは今でいう召喚魔術なのだけれど、その頃にはまだ〈召喚魔術〉という括りではなかったというわけ。魔祖というのは、そうした類別のない雑多な魔術だったものを体系立てて確立した功労者、ということになるわね」
元からあるものを解明したり分類したりと、誰にでも分かるようにするのは科学や文学の世界でも偉大な業績となりうるものだ。それは魔術でも例外ではない、ということなのだろう。そうと捉えれば理解は容易い。
「ま、それぞれの系統の魔祖についてはここではひとまず措いておくわ。今回の魔道戦争には関係ないものだしね」
「ええと、魔道戦争に来てるのは……召喚魔術師、放射魔術師、結晶魔術師、韻律魔術師と、あと他に付与魔術師が来るって話だったな」
「魔術はそれぞれの魔術師が好きなように学ぶもの。でも個人個人の向き不向きがあって、得意とする魔術はそれぞれ異なってくるの。それは魔術系統の貴族たちの血筋の遺伝であったり、本人の性格や素質に依ったりするわね。
そういったものを“魔術志向”と呼ぶのだけれど、仲間や後ろ盾を増やすという意味でも同じ魔術志向の魔術師たちが集まって徒党を組む方がメリットが大きくなるのは分かるでしょう?それで魔術師たちは自分の所属を明らかにする意味でも、特定の魔術系統を名乗ることが多くなるわ。
だから例えば紗矢やザラなら、召喚魔術の魔術貴族の重要な家系に生まれたから、彼女たちが名乗るのは『召喚魔術師』ということになるわね」
「そっか、じゃあ他の魔術師たちはそれぞれ名乗ってる魔術の系統に属しててそれが一番得意、ってことになるのか」
「ええそう、そういうことになるわね。ただし7つの魔術はそれぞれに有用だから、どの魔術貴族も他の魔術志向の魔術師を積極的に受け入れて自分の手駒とすることも多いわね。
それに自分の魔術志向だけではなく他の系統の素質が発現することも多いから、ひとつの系統だけに特化した魔術師というのは現代ではほとんど存在しないの。だからこそ、魔術師は自分の得意とする魔術だけでなく、全ての魔術系統を学んで知っておく必要があるのよ」
少し聞いただけでも魔術というのは相当に奥が深そうだ。ただ系統として分類されている、つまり学術的に研究が進んでいるのであれば、学ぶのにさほど苦労はしないはずだ。
絢人は元々勉強は嫌いではなかったし、歴史や神話、伝承などが好きだったこともあって魔術そのものには興味がある。全く興味のないものであれば覚えるのも一苦労するところだが、どうやらその心配はなさそうであった。
「あれ、でもそれだと、死霊魔術は?
今の説明の中にはなかっ⸺」




