03-07.霊器(1)
「貴女たち、また派手にやらかしてたわねえ」
邸に戻ると、メディアが呆れ顔で出迎えてくれた。
「あんなに大っぴらに魔術撃ちまくるとか、最近の魔道戦争ってそういうスタイルが流行ってるのかしら?」
もちろんメディアは皮肉を言っている。
それも紗矢にグサグサと刺さっているのを解った上で言っているのだ。
「いや、メディアさん、あのね……」
思わず弁明しようとする絢人を手で制して、さらにメディアは続ける。
「紗矢。貴女ね、[還解]と[遮界]を[固定]しておきなさいな。そうすれば少なくとも敵に先に見つかることはないでしょうし、戦闘が始まってから慌てて張るよりもよほどいいわ」
「……[遮界]の[固定]はできないわ。私は黒森の当主が健在であることを内外に示さなくてはならないのだから。こそこそ逃げ回るなんて黒森の名折れ、シュヴァルツヴァルトの名に傷が付くわ」
俯いたまま、紗矢が反論する。どれほど恥辱にまみれようとも誇りだけは失ってはならないのだ。だから敵を前にして逃げ隠れするようなことだけはできないと、未熟なりにも紗矢は肝に銘じていた。
「あら、解っていたのね。ならいいわ」
あっけらかんとメディアは前言を翻す。もしも彼女が受け入れるようなら[契約]を破棄することも視野に入れていたのだが、彼女には彼女なりの覚悟があると確認できた以上はその必要はなさそうだった。
「だが対策は必要だ。他の参戦者は最大の障害を真っ先に排除に来るのだからな」
「ええ、そうね。だから[付与]して[固定]しておきましょう」
「なるほど、一理あるな」
メディアの提案にザラが頷く。
メディアは要するに、不要な小物にあらかじめ必要な術式を込めておいて、それを持ち歩けと言っているのだ。その小物を携帯していれば、いざという時に事前に決めたトリガーを起動させるだけで詠唱の必要もなく術式が発動できる。
つまりこれも戦闘における一手省略の手法のひとつと言える。ただ使えば基本的には失われるものなので、使うたびに再度準備しなくてはならなくなる。
「要は霊器を作れ、ってことね。
でも、何か都合のいいものあったかしら……」
「そうねえ、いちばんありふれてるのは指輪かしらね」
「指輪……私ほとんど持ってないわ」
「指輪でなくても、イヤリングでもネックレスでも何でも構わないわよ」
「そういうアクセサリー類って、校則で禁止だったから本家へ顔を出す時用のぐらいしかないのよね」
「それ使ったらいいじゃない」
「い、いやよ!どれだけ価値があると思ってるのよ!?」
さすがに色をなして拒否する紗矢である。冠婚葬祭などで本家に直接出向く際に身に付けるアクセサリーといえば、どれも数百万から数千万はするものばかりで、そんなものをポンポン使い捨てになど出来るはずもない。
「そうじゃなくて、[複製]すればいいじゃない。お莫迦さんね」
またしてもあっけらかんとメディアが言う。そう、なにも本物を使わずとも、結晶魔術の[複製]でコピーを作ればそれで済むのだ。
「あ、そっか」
「よし紗矢、早速持って来い」
「分かったわ!」
そうと決まれば話は早い。すぐに紗矢は自分の部屋へと歩いていった。
「…………えーと、どゆこと?」
ひとり取り残されている絢人がメディアに聞く。
「それは見てのお楽しみよ。
⸺さ、私たちは地下へ行きましょう」
いたずらっぽく笑みを浮かべてメディアがさっさと歩いていくので、絢人も訳も分からないままそれを追った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「私の持ってる指輪はこれで全部。あとネックレスも持ってきたわ」
地下に残った最後の一室で、紗矢がアクセサリーボックスを開いて見せる。紗矢が持ってきたのは指輪が5つとネックレスが4本、どれも見るからに高価そうな意匠でたくさんの宝石がちりばめられている。
女子高生の持ち物にしては考えられないほど高価な物ばかりだが、魔術貴族の令嬢の持ち物と考えればこれでも決して高くない方だし、数も揃っていない。今までは父が当主だったから紗矢自身が本家に出向くこと自体がほとんどなく、それで彼女は買い揃えていないのだ。
「当主になったからにはこういうのも増やさないとね。近いうちにお店行かなくちゃ」
「そういう心配は魔道戦争が終わってからにしろ」
「ん、まあ、そうだけど」
「うわ。お前、スゲェ高そうなの持ってるんだな」
「あ、ちょっと!気安く素手で触らないでよ!指紋が付いただけで価値が落ちちゃうんだからね!」
絢人が伸ばそうとした手を紗矢が慌ててはたく。見ると紗矢の手にはシルクの手袋が填められていた。
「え、そんなにデリケートなのか?」
「デリケートなの!特にダイヤなんて皮脂に弱いんだから、ホント気をつけてよね!」
「ああ、うん、悪い……」
「では、始めましょうか。私と貴女と、どちらが作る?私はどちらでも構わないけれど」
「メディアだな。紗矢の霊炉はなるべく温存するに越したことはない」
「いいわ。では私の魔術を見せてあげましょう」
ザラの言葉を受けてメディアは指輪をひとつ手に取ってじっと眺め、しばらく観察して[解析]をかけてから[複製]の詠唱を始める。すると何も乗っていない作業机の真ん中に描かれた魔術陣の真ん中に、そっくり同じ指輪が5つ現れた。
どれもアクセサリーボックスに戻された本物と寸分違わず、全く見分けがつかない。
「うお、すげぇ!」
「とりあえず1戦につき1個、そこの坊やは倒さなくていいと考えれば5個で足りるかしら?」
「ああ、その計算でいいだろう」
えっ、それだと1戦で確実にひとり倒さなくちゃならなくなるじゃない、と紗矢は思ったが、さも当たり前のように断言するザラの手前何も言えなかった。たった今韻律魔術師を逃したばかりなのだが、どうもザラはそんなことは気にも留めていないようだ。
「このエメラルドの指輪は[還解]にしましょうか。
指輪の宝石の種類で見分けがつくようにしておけば、咄嗟に見間違うこともないでしょう?」
そう言ってメディアは[付与]で[還解]の術式を指輪の宝石に焼き付け、[契約]でトリガーを設定してから[固定]で強固にしてゆく。付与魔術の[固定]の術式は発動させた術の効果を固着する働きがあり、発動強度と術者の能力次第で半永久的に縛り付けておくことも可能になる。
メディアは7つある魔術全てに精通していて、彼女の[固定]なら数百年単位で保存することが可能なはずだ。
同じようにメディアは他の指輪も複製し、サファイアには[遮界]を、ダイヤモンドには放射魔術の[絶界]を、ガーネットには空間魔術の[囲界]を、ルビーには[投射]を、紗矢のリクエストを聞きながらそれぞれ込めて[固定]させていく。そうしてさほど時間もかからずに25個もの霊器が完成した。




