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03-06.緒戦(2)



 知らず知らずのうちに敵を侮り、まんまとその術中に嵌っていた。

 そうと気付いて、紗矢の心が震え始める。もしもザラが止めてくれなければ、奴の掌の上で踊らされたまま魔術を乱発し消耗して、そのまま敗れていたかも知れなかったのだ。

 ザラはそんな紗矢の様子を慮る風もなく、さらに言葉を続ける。


「あの逃げ足の速さもそうだ。おそらく[編律]で肉体と神経の組成を組み直して身体能力を底上げしているのだろう。

いいか、よく覚えておけ。韻律魔術は音を操る魔術だ。そして動作も心音も呼吸も詠唱も、全て“音”を伴うのだ。それを支配されることがどれほど恐るべきことか、少しは考えろ」


 突然、何かに気付いた様子でザラが顔を上げた。


「紗矢、防御だ!」


 とっさに紗矢が召喚魔術の[還解]を発動し、ザラは瞬時に絢人の傍まで戻ると彼を小脇に抱えて飛び退く。

 ほぼ同時に、無音の衝撃波が紗矢とその周囲を巻き込んだ。

 [音撃]の術式。韻律魔術でほぼ唯一と言っていい直接攻撃魔術だが、同時にそれは魔術で構築した防御も障壁も吹き飛ばす。敵の魔術を解いて無効化する召喚魔術の[還解]以外ではなかなか防ぎづらい厄介な攻撃だ。


「みーつけた」


 気がつけば紗矢の目の前、やや距離を空けて男が路上に立っている。目を細めてニコリと笑い、白い歯がキラリと光る。

 だがその目が全く笑っていないことに気付いて、紗矢の心に怖気(おぞけ)が走る。



 衝撃波が収まった時、紗矢はひとり敵の目の前に取り残されていた。絢人に防御する手段がなく、かといってザラが代わりに防御してやることもルール上できないので、ザラは絢人を連れて敵の攻撃範囲から逃れる他はなく、紗矢が遮界から外れてしまったのだ。そして紗矢は自分の身こそ[還解]で守れたものの、とっさのことでザラや絢人まで守れるほどの[還解]を展開できなかった。

 [遮界]は一定範囲の内外の[召喚]を防ぎ、外から中を隠す効果を持つが、本来は内外を完全に分断することはできない。それをするためにはやはり召喚魔術の[方陣]を組み合わせて強化する必要があるが、ザラは参戦者ではないので本来は術を放てない。紗矢に冷静さを取り戻すため、一瞬の目くらましと時間稼ぎのために[遮界]だけを使ったため、敵の攻撃を防げなかったのだ。


「ダメだなあ、メイドさん。あなたは参戦者じゃないんだから、手助けしてもらっちゃ困りますよ。

まあ今回はノーカンにしときますけど、次はないですからね?」


 意味を成さなくなった[遮界]を解き、絢人を抱えたまま立っているザラにチラリと目をやって警告を発したあと、男は再び紗矢に顔を向けた。


「ていうか、メイドさんも相当な美人じゃない?どうです、魔道戦争が終わったら僕と幸せな家庭を築きませんか?」


 だがすぐに、今さら気付いた様子で男が再びザラの方に顔を向ける。次の瞬間にはザラの真正面に移動していて、



 ザラに顔面を蹴り飛ばされて吹っ飛んだ。



 ヴィクトリア調のメイド服のロングスカートを翻しつつ、綺麗な弧を描いた左足の爪先が男のこめかみに横からモロに突き刺さり、その勢いのまま振り抜かれる。その足に履いているのは勿論、爪先には鉄板の防護の仕込まれているザラが長年愛用している重厚な本革の軍靴、それも編み上げの長靴だ。

 男は錐揉み回転しながら十数メートル余りも吹っ飛び、アスファルトの路面に三度ほどバウンドしながら転がり、そして止まる。


「おおっと、すまん。

まさかそんな所にいたなんて全く気付かなかった。足が(・・)当たった(・・・・)ようだ(・・・)が、怪我はなかったか?」


 しれっとした顔でザラが言う。完全に動きを読み切り近付いてくる瞬間を狙ったと絢人にすら分かる見事なハイキックだったが、ザラはどこ吹く風である。

 そして蹴り飛ばされた男は、失神しているのか立ち上がって来ない。


(いや……あれは死んだな)

(無理よ。初見であれは躱せないし耐えるのも不可能よ)


 絢人と紗矢が唖然とするなか、ザラは落ち着き払って服の埃を払う。


「起きあがってこないのなら仕方ないな。紗矢、トドメを刺せ」


「えっ。いや……その、いいのかしら、これ……」


 さすがの紗矢もあまりのことに戸惑うばかりだ。


「今のは不可抗力の不運な(・・・)事故(・・)だ。それにトドメはお前が刺さねば誰も刺せんのだぞ」

「そ、そう言われても……ねえ……」


 と、男がもぞもぞと動いた。かと思うと一瞬で姿を消した。


「痛たたたた、鼻が曲がるかと思ったじゃないか。いくら僕の動きが早いからって、こんな偶然が起こられたらたまったものじゃないよ」


(うわ、狙われたって分かってないぞこいつ)

(もしかして、バカなのかしら?)

(ふん、所詮は雑魚だな)


 三者三様の呆れ顔に気付いているのかいないのか、「まだ頭がくらくらする」とか「せっかくのモーニングが泥だらけだ」とか、姿が見えないのに声だけが聞こえてくる。


「しょうがない、今日のところは引き下がるとしようかな。何事も焦りは禁物だからね」


 やがてため息混じりの声が聞こえて、そのまま気配が小さくなっていく。


「いや、何回来たって一緒だと思うんだけど」


 思わず絢人が呟く。

 焦りは禁物どころか第一印象で最悪の出会いになったのだから、普通に考えれば無理だって解るだろ。なのに次に繋がると思ってるなんて、こいつ稲築みたいな奴だな。


「うわ!君、いたのか!“音”が小さすぎて全然分からなかった!」


 いなくなったはずの声が再び聞こえた。


「う、うるせえな!気にしてんだから言うなよな!」


 音が小さい、つまり弱いと言われたと理解して思わず絢人が言い返す。


「貴方ね、私だけじゃなく私の同盟者まで侮辱しておいて逃げられると思ってるのかしら?」


 紗矢が[遮界]と[方陣]、それに[還解]を同時に展開する。範囲に捉えていればこれで奴の姿が見えるはずだが、男の姿は現れなかった。先に[解析]で男の位置を特定していたはずだったが、すんでのところで逃れたようだ。


「いやいや、そんな焦らないでおくれよハニー。

また今度デートしよう。それじゃ」


 相変わらず軽薄な物言いを残して、今度こそ気配が消えた。


「デ、デートなんてしてないわよ!

あんた、今度来たらただじゃおかないからね!覚悟しなさいよ!」


 紗矢が顔を真っ赤にして叫ぶが、果たしてその声が届いたかどうか。


「…………さて。帰るとするか」


 何とも言えない空気が三人を包み、ザラのその言葉で全員が、もう屋根が見えている黒森邸に向かって無言で歩き出すしかなかった。







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