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02-09.覚悟(1)



「要するにアレだよな。他の魔術師を倒して勝者になればいいわけだ、魔道戦争ってのは」

「ええ、そうね」

「早い話がそういうことよ」


 絢人が紗矢とメディアに確認する。

 ふたりはともに肯定だ。


「で、勝ちさえすれば別に殺さなくてもいいんだよな?」

「それはまあ、一応はそうだけど……」

「まあ普通は、魔術師なんて人種は殺されても負けを認めないわね」


 絢人が紗矢とメディアに再度確認する。

 今度はふたりとも否定だ。


「いや、いくら何でも死ぬよりは負ける方がいいって考えないか?」

「私なら、負けたって事実を背負ってその後生きてく方が辛いわね」

「そうねえ、私なんて死ねないから負けられないものね」


「……魔術師ってのはそーゆー人種かよ……」

「そうよ」

「そうね」

「んなこと言ってもさ、到底勝てないような相手が出てきた時にはどうすんだよ」

「戦わないわ」

「戦わないわね」


 いや戦わねえのかよ。

 そっち方面のプライドってもんはないのか。


 埒があかない、と絢人は思う。生きてるだけで丸儲け、と芸人さんが言ってるのをTVで見たことがあるが、どうやら魔術師ってのはそうは思わないらしい。命よりもプライドが優先なんて、なんて面倒くさい人種なんだ。

 だいたい、命以上に大事なものなんてこの世にあるのかよ?死んだら終わりなんだし、俺だったらとりあえず生き延びることを考えるけどな。生きてればもっと強くなれるかも知れないし、再戦の機会があるなら次は打ち倒せるかも知れないのに。


 絢人は剣道をやっているため、勝てない敵には何度でも挑戦するという考え方が当たり前のように染み着いていた。実際、剣道の世界で絢人は最強ではなく、控え目に言っても「平均よりやや強い」程度でしかない。自分より強い者には果敢に挑戦し、最終的に上回ればいいと思っているのだが、魔術師にはそういう考えはないらしい。


「再戦の機会なんて無いわよ。負けたら死ぬんだから」

「負かした相手をわざわざ生かして逃がすなんて、そんな莫迦な魔術師は探したって居ないでしょうね」


「⸺ああそうかよ。つまり要するに、敵と戦えば殺す。いつか再戦した時に負けるかも知れないから、殺してその目を確実に潰す。そして勝てる相手としか戦わない、と。

要するにチキンじゃん」


 絢人はだんだんイライラしてきていた。それはきっと、深夜に入って疲れて眠くなってきたからだけではない。

 ただ絢人は、紗矢も同様に苛立っているのに気付いていない。


「勘違いしてるようだから言っておくけど、勝てる相手を選んで戦ってる訳じゃないわ。戦わなくてはならないから、そして勝たなくてはならないから、そのために全霊をかけて万全に準備を整えるの。その準備が足りなかったり、覚悟が足りなかったりした場合には負けて死ぬだけ。それだけのことよ。

少なくとも私たち魔術師は、相手を見下したり舐めたりなんて絶対にしない。相手がどんな能力を持っているかも判らないのに、手を抜くなんて有り得ないわ。そういう油断をする者から死んでいくのよ」


 それでも紗矢が声を荒げないのは、絢人が正しく理解していないと解っているからだ。少なくとも、今彼にこういう誤解を抱かれたままでは、とても魔道戦争を勝ち抜くことなど出来はしない。そう彼女は思い定めていた。


「魔術っていうのはね、スポーツや格闘技とは違うのよ坊や。霊核と霊炉が残ってさえいれば、魔術師は魔術を放てるし戦える。たとえ両手両足を潰したとしても、もう戦えないから勝負あったと思っても、見逃そうと後ろを振り向いた瞬間に魔術で霊核を撃ち抜かれたらこちらの負けなのよ。

だから、相手が完全に息の根を止めるまでは戦いを止められないの。仮に口で降参を宣言しても、それが本心かは本人にしか判らないし、嘘の降参では魔道戦争においては敗者と認定されないわ。だから確実な勝利のためには相手を殺すしかないのよ」


 補足するようにメディアも言う。

 彼女も絢人を諭そうとしているのが明白だった。


「…………そっか。別に自分の命が惜しいからとか、そういう事じゃない、ってことか」

「そうよ。相手だって死にたくないんだから死に物狂いで向かってくるわ。それを止めなきゃならないんだから、こっちだって命を懸けるの。人を殺そうと思うのなら、殺される覚悟をしなければダメよ。それは相手も、自分も同じことなの」


「うん、ごめん。俺が間違ってたみたいだ」

「……解ってくれたのなら、それでいいわ」

「でも俺は、出来れば殺さないで勝ちたい」


 殺そうと思うのなら、自分も殺される覚悟が必要だと紗矢は言った。だが絢人にはまだその覚悟が持てなかった。

 殺される覚悟など普通ならなくて当然だ。ましてや殺す覚悟などあるはずがない。ついさっきまで普通の一般人として生きてきた絢人ならなおさらだ。

 だから彼にはまだ、勝利を得るために相手を殺す、その覚悟が決められそうにない。


「まあ、貴方の場合は、勝つ勝たない以前に『どうやって生き延びるか』だけどね」

「そうねえ、坊やはまだなんの魔術も使えないものねえ……」

「うっ……!」


 だがそれ以前の問題だった。

 たちまち、ぐうの音も出なくなる絢人であった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 メディアにはっきりと宣言されたことだが、絢人の霊炉の本数は増やせない。元々、霊核を自覚して魔術師として成立しただけでは魔術師(・・・)としては(・・・・)認め(・・)られない(・・・・)のだ。そこから修行を積んで、霊炉を鍛え増やして、ある程度成長してからでなければ魔術師とは呼べないし名乗れない。その期間は個人差もあるものの、おおむね3年から5年ほど。

 つまり絢人が明日からの7日間で霊炉を増やすのはほぼ絶望的ということになる。そして今ある1本は霊核の維持に必要なので、これを戦闘に回すのは事実上不可能だ。

 1本だけならば期間中に増える可能性は無くもないが、その場合でも通常は基礎魔術に充てられる事が多く、戦闘には使わないのが一般的だ。魔道戦争という特殊な状況を鑑みて戦闘に回したとしても、一回につきひとつの魔術しか使えないのでは、どのみち万端に整えてきている他の魔術師たちに敵うはずもなかった。


「まあ要するにね、貴方は私の後ろで震えている事しかできないの。勝つとか負けるとか生き死にとか、そういうレベルまで行ってないのよ」

「……はい、すいません……」

「全く、なんでジャンヌもこういう結末の分かり切った判断をしたのかしらね。理解に苦しむわ」


(まあ私は、あの子が何を考えてるかは知ってるけれどね。でもあの子が言ってないようだし、私が言うのは筋が違うというものよね)


 メディアがわずかに身を引いて、目を細めながら紗矢と絢人を眺めていることなど、ふたりは気付かない。



「そう言えば、貴方の霊痕(スティグマ)ってどこに出たのよ」

「えっ?」

「霊炉が稼働を始めたら、必ず霊痕が現れるの。それが霊炉に直結してて、魔術を使う時には霊炉から霊痕を通して霊力が体外に出た段階で発動するのよ」


 そう言われて絢人は慌てて身体のあちこちを見渡す。


「バカね、服の上から見たって分かるわけないじゃない。霊炉が稼働したとき、どこか痛みが走ったり違和感があったり、しなかった?」

「そう言えば……」


 紗矢に霊力を通された時、左手の甲にかすかな違和感を感じたことを絢人は思い出す。見ると、ひっかき傷のような歪な赤い筋が左手の甲にできていた。


「左手の甲って……またバレやすいところに出たわね、貴方……」

「あらまあ。これはまた致命的ねえ」

「えっ、なんかヤバいの、これ」

「ヤバいもなにも、ここから魔術が発動するって魔術師なら誰でも知ってるのよ?こんなに目立つところにあったら狙われるに決まってるじゃない。おまけに貴方の霊炉は1本しかないんだから、どの霊痕から魔術が放たれるか探る手間すら要らないわ。ていうか霊痕の数で霊炉の本数もバレちゃうんだから、霊痕から霊炉を破壊されればそれで貴方は終わりよ。

だから貴方、明日から手袋を着けなさい。そして絶対に人前で外してはダメ。いい?」

「うっ。じゃあ明日、手袋買って来ないとな……」



「なんだ、まだやっていたのか」


 エントランスの方から声がして、絢人が見るとザラが立っていた。風呂上がりのようで、バスタオルで髪を拭いている。服装もタンクトップにホットパンツで、先ほどまでのかっちりとしたメイド服とは随分印象が違う。


「紗矢も絢人も、もう風呂に入って寝ろ。どうせ明日の日中は他の連中にもほとんど動きはなかろうから、続きは明日やればいい」


 言われて絢人が壁の振り子時計を見ると、もう日付が変わる直前だった。道理で眠くなるわけだ。


「そうね。じゃあ今日はお開きにしましょうか」

「ええ。では私は工房の接続を終えておきましょうか」


 紗矢とメディアがそう言いながら立ち上がる。


「明日は7時に朝食だ。遅れるなよ」


 ザラはそう言うとさっさと奥へと引っ込んで行ってしまった。『遅れるなよ』は絢人に言ったのだろう。


「じゃあ絢人、おやすみ。明日からはメディアに付いて魔術の基礎を学んでもらうから」

「あ、うん、分かった。……あ、でも明日は1回家に帰って着替えとか取って来ないと」

「あ、そっか、そうよね。じゃあ明日、一緒に取りに行きましょうか」


 えっ付いて来るのか、と絢人は思ったが、『独りにすると瞬殺されて終わる』という紗矢の言葉を思い出す。彼女は彼女なりに巻き込んだ責任を取ろうとしているのだと考えて、絢人はありがたくそれに甘えることにした。


「分かった、じゃあ明日な。おやすみ」


 紗矢とメディアが出て行ったリビングの灯りを消して、絢人も出た。二階に上がって選んだ部屋の扉を開け、電気のスイッチを入れる。


 中は質素というか質実剛健というか、飾り気のない部屋だった。外に面した大きな窓とその下のベッド、衣装タンスと書き物机、テーブルと椅子、それに暖炉がある程度で、余計な家具や装飾などのない部屋だった。

 とりあえず部屋には寝る以外用事がないので、そのまま出てバスへと向かう。脱衣カゴの中にバスタオルやシャンプー、ボディソープなどが用意されていたので、服を脱いで簡単に汗を流し、シャワーで済ませる。やり方は昔見た洋画の入浴シーンを思い出しながらだったので、ちゃんと正しくやれたか自信はない。明日紗矢にでも聞いてみよう。

 バスタオルで身体を拭くと今脱いだ服をまた着込む。少し気持ち悪いが、今夜は着替えなしで我慢するしかなかった。


 そのまま部屋に戻ると、絢人は靴を脱いでベッドに潜り込んだ。最初はあれこれ考えることが多すぎて眠れないだろうと思っていたが、よくよく考えると長い1日だった。疲れも溜まっていたようで、絢人はあっという間に眠りに落ちて行った。







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