0-06.音塚寧々(1)
本日も2話投稿。
こちらは第6話です。
詫びを入れつつ勧誘中の部員たちの輪に戻り、さんざんからかわれながらも絢人は一通り勧誘活動をこなした。それが終われば本来の部活動だ。剣道部は校内でも有力な部活動のひとつで、この日この場で即決した新入生もそれなりに数がいたため、彼らにまず普段の練習の様子を見せてやらなければならないのだ。
新入部員たちは、全くの素人から中学の経験者までなかなか粒が揃っていた。中でも目玉は北野という経験者で、中学の県大会でベスト4に入った事もある実力者だ。その他にも県大会の出場経験がある子が何人かいて、このまま全員が入部してくれれば三年生が引退しても剣道部は安泰だろう。
ただし新入部員が正式に入部するのは新入生が校内手続きを終えて入部届を提出する来週以降のため、今日のところは見学させるだけで部活動も夕方まででお開きである。これは学校側の取り決めなので、剣道部に限らず全ての部活動で同一だ。
胴着から制服に着替えて絢人が校門までやってくると、母と妹の姿が見える。とっくに帰ったと思っていたのに、まさか待っているとは思わなかった絢人は少し驚く。
「なんだよ、待ってるんならそう言えば良かったのに」
「別に待ってないよ〜。夕飯の買い出ししてから今戻ってきたとこ」
柚月にそう言われて改めて見ると、2人とも確かにスーパーのレジ袋を両手にぶら下げていた。その量が普段よりもずっと多いのを見て、絢人は黙って学生鞄を背中に背負うと、母と妹から一袋ずつ、それぞれ重い方を選んで受け取り両手に提げる。
母の桜はいつもこうしたお祝い事になると大量のご馳走を拵える傾向がある。しかしこの量は去年の絢人の入学祝いの時よりも多そうだ。3人で食べきれるかな?緑と理も呼んだ方がいいかも知れないな。
いやそれよりも、母さんとふたりで作りきれるのか?俺も少しなら料理ができるけど、それでも所詮は男子のお手伝いレベルでしかない。となると助っ人が必要だ。寧々姉来てくれないかな?
学校から家まではほぼずっと登り坂で、2キロにやや満たない程度の距離だがずっと登り続けるとなるとなかなか大変だ。普段ならトレーニングの一環と思えばなんて事はないが、重い買い物袋を提げた状態では絢人でも少々骨が折れる。
いや母さんたち、こんな荷物持って歩いて登ろうとしてたのかよ。タクシーでも呼べば良かったのに。…あ、もしかして俺を当て込んで、それで学校に戻ってきたんじゃないだろうな?
いや、まあいいけどさ。
母と妹がお喋りしながら登って行くのを後ろからついて行きながら、絢人は頭の中で思考を巡らせる。まあ頼られるのは悪い気分じゃない。ないけれど、そこまで節約する必要もないんじゃないかと思うのだ。特に今日はお祝い事なんだし、少しくらい楽をしたって罰は当たらないと思うのだが。
ああ、でもそういえば去年の俺の入学祝いの時も同じように俺が荷物持って後ろからついて登ってたっけな。…いや待てよ、去年は俺のお祝いだったはずだよな?
「あら、皆さんお揃いで。今お帰りですか?」
近所の神社の前まで登ってきたところで、鳥居の周りを掃除していた若い巫女さんに声をかけられる。
「寧々お姉ちゃんただいま!今日ね私入学式だったの!」
「まあ、それはおめでとう。ゆづきちゃんももう高校生なのね。時の経つのは早いものですね☆」
柚月がその姿を見止めて、嬉しそうに挨拶と報告を返す。それを聞いて寧々と呼ばれた巫女さんは、母の桜と同じような感慨を口にした。
彼女は音塚寧々。この音塚神社の巫女で、神主の一人娘でもある。女性にしてはやや背の高い方で、スラリと伸びた背筋や品のある立ち居振る舞いに加えて整った容姿で、非の打ち所のない美人だと言っていい。性格も普段からおっとりしていて穏やかで、怒った姿を誰も見たことがないと評判だった。
しかし何よりも彼女を印象付けるのは、巫女服を内側から暴力的に突き上げる双丘だ。中に小ぶりなスイカかメロンでも入れてるんじゃないかと思うくらい丸々とした巨大な膨らみが、上半身の前面でこれ以上ないほど強烈に自己主張している。そしてそれが、彼女が動くたび呼吸するたびにぶるんぶるんとたわわに揺れるのだ。
一体何を食べればそんなに育つんだろうか。絢人だけでなく、柚月も桜もその他大勢も、彼女に会った人なら誰しもが一度は思い浮かべる疑問だった。
「ふふ。ではおばさま、今日はごちそうですね♪
良かったら、私お手伝いしましょうか?」
3人が手に提げているレジ袋を見ながら寧々が桜に提案する。
太刀洗家と音塚家は家族ぐるみの付き合いだ。だから彼女も普段から太刀洗家によく出入りしていて、時には桜に代わって絢人たちに手料理を振る舞うこともあったので、彼女にとって太刀洗家は勝手知ったる何とやらというやつである。容姿、性格に加えて料理まで得意とあってはますます隙がない。
「あら、ねねちゃんいいの?助かるわ~。
でも、お父さんの方はいいのかしら?」
「大丈夫ですよ♪どうせ何食べたって感想が変わらないんですから、レトルトのカレーでも食べさせとけばいいんです☆」
寧々姉、神主さんにだけはなぜか辛辣なんだよな。親ひとり子ひとりなんだからもう少し優しくしてやっても罰当たらないと思うんだけど。
…あ、そうだ。
「じゃあさ、ついでに緑と理の分も作って呼んでやろうよ。お袋さん仕事だって言ってたし、今日も遅くなるかも知れないだろ?」
「あっそうだね!ねえお母さん、いいよね?」
「え、ええ…も、もちろんよ。ゆづきちゃん電話でちょっと聞いてみて?」
早速その場で柚月がスマートフォンを取り出して緑に電話をかける。何度かコールした後に緑が電話を取り、しばらくやりとりした後で柚月が、うん、うん分かった、じゃあ伝えとくね、また後で、と言って電話を切る。
「緑、来るって?」
「えっとね、理さんが行きたがらないって。
でね、緑ちゃんも今日はお兄ちゃんと2人きりで過ごしたいから、後でお料理だけもらいに来ていいですか?って言ってた。いいよね?」
あーまあ、理の性格だとそうだよな。昔からうちの家には来たがらない奴だったし、今日は特に寧々姉もいるんだからなおさら来づらいだろ。
「あらあら、仕方ないわね。それじゃあタッパーも用意しないとダメね」
桜もある程度予想していたようで、すんなり受け入れる。
だが、母が明らかに安堵したのが絢人には少し気になった。
「では私は、境内の掃除が終われば社務所も閉めますので、その後でお伺いしますね♪」
「ええ。お願いね、ねねちゃん」
「はいっ、お任せ下さい♪腕に縒りをかけてケンちゃんとゆづきちゃんの好物たっくさん作っちゃいます☆」
「いや寧々姉、俺のお祝いじゃねえから」
なぜそこで自分の名が出るのか。不思議に思いつつも突っ込む絢人。
「あら、この中で間違いなく一番食べるのはケンちゃんでしょ?だったら好きなもの食べたいんじゃない?」
不思議そうな顔で聞き返してくる寧々。
いやまあ、そう言われればそうだけどさ。
「育ち盛りだし運動部なんだから、たっくさん食べないとダメよ♪」
「…へーい。」
「じゃあ寧々お姉ちゃん、また後でね~!」
そうして3人は寧々と別れ、残り数百メートルの家路を急いだ。