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02-07.英霊召喚



「絢人、そこの金羊毛持ってきて」


 紗矢がリビングの壁に掛かっているものを指差す。

 そこには金色の毛皮と思しきものが飾ってあった。だがなんの毛皮なのか分からない。頭部には丸まった角があり、だが背中の肩に近い位置には小さな翼も生えていて、一見すると良くできた作り物のようにも見える。

 だが、紗矢の一言が絢人には引っかかった。


「金…え?」

「聞き間違いじゃないわよ。金羊毛(・・・)。ほら早く」

「えっまさか……本物!?」

「さっき言ったでしょ、神話や伝承上の主人公たちも“英霊”だ、って。

それが存在するのなら、それにまつわる“物”もまた存在するのよ。当然でしょ?」


 何を今さら、とでも紗矢は言いたげである。



 金羊毛。

 それはギリシャ神話に謳われたコルキスの王女メディアと英雄イアソンにまつわる霊遺物である。世にいう『アルゴナウタイの冒険』の目的のひとつ、翼を持つ金色の羊の毛皮で、古のコルキスの王が所有し眠らない竜に守らせていたという秘宝だ。


 イアソンは父の王位を奪った叔父ペリアスから王位を奪還しようと叔父の治めるイオルコスへやってくるが、ペリアスは「コルキスにあるという金羊毛を持ってくれば王位を返す」と言ってイアソンを追い払う。そこでイアソンは金羊毛を得るために50人の勇士を募り、アルゴー号という名の船で冒険の航海へと乗り出す。これが世にいうアルゴナウタイ、アルゴー号の勇士たちだ。

 彼らは様々な苦難の果てにコルキスにたどり着くが、コルキス王アイエテスは金羊毛を渡すつもりなど毛頭なく、イアソンに様々な無理難題をふっかけて追い払おうとする。しかしイアソンに一目惚れしたアイエテスの娘メディアの魔術による助けによって、遂にイアソンは金羊毛を得ることに成功し、首尾よくイオルコスへ帰還を果たすのだ。


 だが金羊毛を持ち帰ったものの、ペリアスは約束を違えて王位を譲ろうとはしない。業を煮やしたイアソンはペリアスの娘たちをメディアの魔術で騙してペリアスを殺させ王位を奪うが、王殺しの罪によりメディアともども国を追われてしまう。

 コリントスに落ち着いたイアソンだったが、コリントスの王女グラウケーと結婚するためにメディアを騙して離婚し、怒り狂ったメディアは魔術を用いてグラウケーもコリントス王も、イアソンとの間にできた息子さえ殺して、飛竜の牽く戦車でどこへともなく飛び去って行ったという。



 紗矢は絢人を連れて地下へと下りていく。

 地下の空き室へ入ると、絢人が持ってきた金羊毛を部屋の床の真ん中に置かせ、絢人に部屋の隅に行っているようにと言いおいてから、詠唱を開始して[召喚]と[方陣]を起動する。

 金羊毛を中心に、[方陣]によって強化された[召喚]の魔術陣が浮かび上がる。それはあっという間に床一面に拡がり、眩く光りはじめ、部屋の中は目も開けていられないほどの光の洪水に包まれた。


 まぶたを突き刺す光を感じなくなってから絢人が恐る恐る目を開けると、そこには紗矢の他に灰色のローブを纏った背の高い女性がひとり、立っていた。


「あら、誰かと思ったら総持のお嬢さんじゃない。珍しいわね、貴女がこの私を喚ぶなんて。

……ま、この私を“コルキスの魔女”と知ってて喚ぶような物好きなんて、黒森の家くらいだけれどね?」

「ていうか、金羊毛持ってるのウチなんだから、ウチ以外じゃ喚ばれないでしょ、貴女。で、調子はいかがかしら?」


 鼻梁の高い美しい顔立ち、ローブのフードから溢れる金髪。どう見ても外国人なのに、背の高いその女性は日本語を喋っている。そして向かい合う紗矢がそれを全く意に介する風もなく応答している。何となく魔術のおかげかと感じるのは、すでに絢人が魔術師として覚醒していて魔術の仕組みを感覚的に理解しているからだが、彼はまだそのことを自覚していなかった。


「ええ、特に問題ないわ。貴女の召喚は完璧よ。で、そこの坊やは?」

「契約に同意したんだから分かるでしょ?彼が貴女の“生徒”よ」

「あらあら。こーんな可愛らしい坊やを頂けるの?なかなか気前がいいのねえ、お嬢ちゃん」

「……え?えっ?」


 意味が分からず絢人は彼女と紗矢を見比べるばかりだ。コルキスの金羊毛で召喚されたということは、この女性は魔女メディアで間違いない。でもなぜメディアなのか。そして差し出されたつもりもないのに『頂ける』とはどういう意味なのか。まさかと思うけど、もしかして……?

 と、その女性が召喚陣を出て絢人に歩み寄る。


「よろしくねえ、坊や。私の名は……、メディア、と言えば解るかしら?」


 少し腰を屈め、絢人の頬に掌を這わせて、唇が触れ合うほど近くまで顔を寄せ、囁くように彼女が言葉を紡ぐ。壁を背にした絢人は部屋の隅に追い詰められ、逃げることができない。

 近い、近すぎる。紗矢も見惚れるような美人だが、目の前のこの美女は妖艶な大人の色気さえ纏っていて、総合的に紗矢よりも確実に()だ。美しすぎるその美貌に迫られ、藍色の瞳に射竦められて、絢人は真っ赤になって息もできなくなる。


「え、えと、はい、解ります……」

「そう。いい子ね」

「ちょっと、誘惑したってダメよ。その子魔道戦争の参戦者なんだから。遊んでないで最低限戦えるようにして」


「……ほーんと、無理難題言ってくれるわ。私のお父様でもここまで無理なことは言ってないと思うのだけれどね?」


 スッと絢人の顔から自分の顔を離して、やや不満そうにメディアは言う。だがさっきからそれ以上に紗矢が苛立っているのが絢人には気になった。

 もしかして、嫉妬してる?


「あんたも。だらしなく鼻の下伸ばしてないで、しっかり魔術の概要を学ぶことね。相手が美人だからって(ほう)けないように」

「いや、ていうか俺イアソンみたいになりたくないし」


 そう、この美貌は魔性の美しさだ。この美貌と妖艶さで多くの男たちを手玉に取り破滅させてきた、それがメディアという魔女なのだ。

 それをかろうじて絢人は思い出した。いくら美人でもそんな怖い人は、なるべくならご遠慮申し上げたい。そもそも紗矢でさえ本来は近寄りがたいのに。


「あらあ、素晴らしい心掛けじゃない。そうよ、貴男はあんなクズみたいになっちゃ駄目。もっといい男になりなさいな」

「だから!ソイツを誘惑させるために喚んだんじゃないっつの!」


「なあ、もしかしてしっ」

「してないわよ!」

「いやまだ言い終えてねえし」


 絢人のツッコミを顔を赤くして遮る紗矢を見て、メディアは愉しそうに微笑んでいる。

 彼女にとってはふたりのようなウブな子供たちを手玉に取ることなど造作もないが、契約した召喚主である以上は一応尊重するつもりはあった。それにこの娘、紗矢はかつて何度も召喚に応じた魔術師・総持の娘でもある。メディアと紗矢は総持の召喚時に面識もあったので、その意味ではお互いある程度気心が知れていた。


「うふふ。そう心配しなくても、召喚主(アナタ)の不利益になることはしないわよ。からかうのは愉しいけれど、それ以上はしないでおいてあげるから安心なさい?」

「あ、当たり前じゃない!ていうか下手なことしようものなら契約打ち切るからね!?」

「あらあら、怖い怖い」


 ほほほ、と笑ってひらひらと踊るように歩き回るメディア。

 どう見ても翻弄されてるとしか思えない紗矢。

 どっちが主でどっちが従か、端で見ていても絢人にはよく分からない。


「さて、私はこの部屋を頂くわ。私の工房に接続するから、今後は入っちゃ駄目よ?

あと、話の続きはリビングでしましょうか。ネクタル……はないでしょうから、発酵酒(エール)でも頂くとしましょう」

「……注文多いわねえ、全く……」


 こうなるのが分かり切っていたから、実は紗矢は彼女の召喚には乗り気でなかった。

 裏切りの魔女とさえ言われるメディアは、逸話通り誘惑と裏切りを繰り返す、扱いを注意しなくてはならない危険な英霊だ。だが魔術に関してはメディアはもっとも詳しいひとりであるし、何よりも紗矢が今確実に召喚できる英霊はメディアだけだったから、他に選択肢はなかったのだ。

 自分の意志や危険度はさて置いても、今は絢人に魔術の何たるかを解らせるのが最優先である。贅沢やワガママは言っていられないのだった。







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