02-06.英霊
「しっかしまあ、さすがに広いなお前んち」
階段を下りてリビングに戻りながら、絢人が紗矢に言う。
「何言ってるのよ、こんなの全然狭い方よ」
「は?これでか?」
「そうよ。だって客間が4つしかないのよ?邸を隅から隅まで歩き回っても30分もかからないし、そんなの普通は有り得ないじゃない?」
「……いや、普通は客間とか無いし、歩き回れるほど広くないんだけど」
「え、そうなの?」
「てかお前どんなの想像してんだよ……」
「どんなの、って。私が生まれたシュヴァルツヴァルトのお邸は客間だけで何百もあったもの」
「……マジか……」
紗矢のナチュラルなお嬢様っぷりに当てられて、クラクラする絢人である。一体どんな想像を絶する世界で生きてきたのか、考えるだけで怖くなる。
「まあ、あれを基準に考えるのはさすがに無いな」
「ほら、ザラさんも言ってるし」
「……えぇー……」
ザラは若い頃に世界中を巡った経験があり、そのため“シュヴァルツヴァルト城”とまで言われる本家のあの邸が異次元の別世界だと分かっている。だが紗矢はまだそこと黒森邸にしか住んだことがなく、それ以外の世界を知らなかった。
なお、尖塔の三階を使っていいと言われたリヒトとドゥンケルは抱き合って泣いて喜んだ。彼らのような賎民は地下や家畜小屋に住まわせられるのが普通で、ちゃんとした部屋を、それも個室を与えられるというだけで天国のように感じたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さて。話の続きだが」
リビングに戻ってきて、ザラがおもむろに切り出した。これから絢人に魔道戦争の詳細を教えるつもりである。
なぜその前に邸の説明を挟んだのかと言えば、一通り説明を終えたあとの、疲れ切った深夜や早朝になってから邸の説明をするのは億劫だ、と考えた紗矢とザラの意向であった。
「どこから話したものかしらね……」
紗矢も少し迷っているようだ。魔道戦争という、魔術師の世界の特異なシステムをどう説明すれば簡潔に分かってもらえるか、難しいところだ。
「あのさ。あのジャンヌについて聞きたいんだけど。
なんか英霊、とか聖者、とか言ってたよな?」
なので、絢人はまず聞きたいことを自己申告してみる。
「ああ、あれね。あれは本当に15世紀に生きてたジャンヌ・ダルク本人だと考えていいわよ」
事も無げに紗矢は言うが、もうそれがまず絢人には信じられない。
「歴史上の偉人とか、神話や伝承上の英雄とか、昔から広く語り継がれてきた物語の主人公とか、そういう“誰でも知ってる”レベルの存在っているでしょう?そういう人たちはね、〈刻位〉に刻まれて霊核に〈楔〉を打ち込まれてその存在を規定されていて、魔術師の召喚で現世に喚び出せるの。
そういうのを喚び出すのが、私たち召喚魔術師ってわけ」
「ん?え?いや、全然分かんない」
「だから、……中位霊体って分かる?分かんないか」
「???」
要するに、紗矢とザラが交互にかいつまんで説明したことを要約すると、こうである。
元々地球上にあまねく存在する全ての生命は、地球の魔力によって構成された霊体であり、それを中位霊体と称する。それは人間も例外ではなく、また人間によって創造された物語なども魔力を帯びるという。
中でも人々に広く知られた歴史上の偉人、あるいは伝承や物語の主人公、そういった人々は〈世界〉によって特にその存在を規定され、〈楔〉を打ち込まれる事によって“情報”として〈刻位〉に登録される。そうして刻位に刻まれた存在を〈英霊〉というのだ。
つまり英霊とは、かつての人間であり同時に霊体でもある。それが刻位に刻まれることによってその死後も存在が残り、楔を介して刻位から情報を得ながら現代まで時を重ねているのだ。
だから、あの場に現れたジャンヌ・ダルクは確かに本人だが、霊体であって生前の本人そのままではないし、情報として自身の死後から現代に至るまでの知識を全て得ているという。
一方で英霊は、実体を持たない霊体であるため一種の不老不死であり、霊核さえ無事ならば何度でも蘇ることができる。霊核の情報は刻位に刻まれており、たとえ現界中に霊核を砕かれ消滅しても刻位の元情報が失われることはなく、霊核が再生されれば再び召喚が叶うようになる。
刻位に刻まれて以降ならば、英霊はいつどの時代でも喚び出せるのだという。そして喚び出された時点までの知識を持った状態で彼らは現界するのだ。
その代わり、彼らは輪廻の輪から外れて刻位に縛られる。二度と生まれ変わることはなく、新たな生を受けて人生をやり直すということができなくなるという。ただ人々に望まれた、よく知られた存在としての自己だけが全てになるのだ。
「いや、なんかそれ、ちょっと可哀想じゃない?」
「どうかしらね。今までその境遇を悲しんだり抜け出したいと願っている英霊がいた……なんて話は聞いたことがないけれど」
「ていうかそもそも、なんでそんな存在がいるんだよ」
刻位と楔については、なぜそんなものが存在するのか、誰がそんなものを作ったのか、詳しいことは一切解っていないという。英霊たちは知っているようだが、人間の魔術師にはそれを決して教えようとはしない。
もしもそれを解明できたら淵源に一歩近付けるはずだと信じて、古来から無数の魔術師が解明に挑んできたが、未だに成し遂げた者はいないという。
「ま、そこらへんの詳しい話は英霊本人に聞きましょうか」
あっけらかんとした顔で紗矢が言う。
「というと、ジャンヌを呼ぶのか?」
「わざわざ裁定者を呼ばなくたっていいわよ。なんたって私は召喚魔術師なんですから」
「なんだ、とうとう英霊召喚に挑戦する気になったのか?」
意外そうな顔をしてザラが問う。
「まあ、正直なりふり構ってられないしね。それにちょうどひとり、詳しい英霊を喚べる条件が揃ってるのだし」
やや不服そうな顔で紗矢がそれに答える。どうも彼女は英霊の召喚には乗り気でないようだ。
それに対し、ザラの方はややニヤリと笑うだけだった。




