02-04.明らかになる事実(2)
「さて、次は何を教えましょうか」
「そうだな、魔術の基礎を1から学ばせるなどと悠長なことは言っておれんしな。かといって召喚魔術をいきなりというのも……。いや、そもそも霊炉が1本だけならばロクな魔術も使えんか」
紗矢とザラが思案しているその横で、絢人がおずおずと手を挙げる。
「なに、絢人?」
「け、けん……えぇ!?」
「貴方の名前でしょ?私たち魔術師はある程度家系が決まってるから、ファミリーネームだと呼び分けしづらいのよ。だから普通はファーストネームで呼び合うの。
というわけで今から貴方のことは名前で呼ぶわ。貴方も私を名前で呼びなさい」
「いや……いきなりそれは、なんかちょっと恥ずかしいというか……」
恥ずかしさもさることながら、学校ではいつも澄ましてちょっとお堅い感じだった紗矢が急にフランクになりすぎて、戸惑うしかない絢人である。
「恥ずかしがってたって始まらないでしょ?貴方の家だって桜も柚月も魔術師なのよ?太刀洗なんて呼んだら誰が誰だか分かんないじゃない」
「いや柚月はともかくうちの母さんを呼び捨てにすんなよ」
「あら、白石は黒森の分家だって言ったでしょ?黒森が本家なんだから、分家の人間なんて当然呼び捨てよ」
「ええ……」
さも当然といった顔の紗矢を見て、絢人は抵抗を諦めざるを得ない。これは言っても無駄なやつだ。
「大丈夫よ、学校や表の社会では魔術師であることは隠してるんだから、外ではちゃんと『太刀洗くんのお母さん』って呼んであげるわ。桜もそこのところは弁えてるはずよ」
「そ、そんなもんなのか……?」
「そういうものよ。で、何か言いたそうだけど、なに?」
「いや、そこの……やたらおっかないメイドさんと後ろの外人さん、まだ紹介してもらってないんだけど」
「ああ、そうだったっけ」
「ほう。私の名前が知りたいと?」
ザラが悪い顔をしてニヤリと笑う。
その後方でドゥンケルの巨体がただならぬ気配を放つ。
「い、いやだって、なんて呼べばいいか分からないんじゃ……」
「まあそうよね。
ていうかザラもむやみに脅かさないの。ドゥンケルも止めなさい」
「ふ、ほんの軽い冗談だ。
私の名はザラ・ヴァイスヴァルトという。後ろのふたりは男がドゥンケル、女がリヒト。こいつらは黒森の使用人だ。奴隷と言っても構わん」
「いや奴隷は言い過ぎじゃ……。
えっと、メイドさんの方は、ザラ……さん?」
「ふん、まあそれで勘弁してやろう」
「“様”を付けろ小僧!」
「ドゥンケル、何度も言わせないで。それに聞いてたでしょ?絢人は白石の家系、黒森の分家よ?貴方こそ身の程を弁えなさい」
再びドゥンケルが吼え、紗矢がピシャリと抑え込む。黒森の分家と言われては、明確な上位者であるためドゥンケルは跪くしかない。
「……!も、申し訳ございません……!」
「や、その、そんな大層なもんでもないけど……」
「大層なものなのよ。魔術師の世界において家系は重要なんだから。
ついでだから教えておくけど、黒森家はドイツのシュヴァルツヴァルト家を本家に持つ魔術貴族の家系なの。シュヴァルツヴァルトの分家はいくつかあるけど、中でも黒森、ヴァイスヴァルト、ローゼンヴァルトの三家が三大分家と呼ばれているわ。
そして私はその黒森家の当主、ザラは今はウチのメイドだけどヴァイスヴァルトの先代当主の娘。つまり私とザラは同格、貴方は黒森の分家筋だから一枚落ちるの。分かった?」
「はあ。まあ分かったけど、なんでそんな同格の家のメイドなんてしてるのザラさんは?」
「それは貴様には関係ないことだ。余計なことに首を突っ込んでも良いことなどないぞ?」
「えっと、その、すいません……」
「分かればいい。物分かりのいい奴は嫌いではない」
にべもなくはねつけられて、思わず謝るしかない絢人である。
「あっちのふたりは姉弟で、……えっと、あんたたちどこの出身?」
「は。我らはゴルデンバウムの末端の出でございます。もはや家名すらも名乗れませんが」
「あら、じゃあ家格だけは高いわね。
ゴルデンバウム家は今はヴァイスヴァルトの分家だけど、本来はシュヴァルツヴァルトの直系の分家で同格だったの。家勢が衰えてヴァイスヴァルトの傘下に入ったのが……ええと……」
「およそ百年前だな」
「っていうことなの。今じゃゴルデンバウムもこういう賎民出しちゃうようになっちゃって、往時の面影もないわね。
このふたりは私のお父様が見つけ出して使用人として使ってたんだけど、今日こっちに来たからこれからは私が使うわ」
今日来た、と言われて絢人は朝のことを思い出す。
じゃあ、あのふたり組ってこの人たちか。
「そう、貴方が見たのはこのふたりよ。
私も学校で貴方に聞かれたときはまだ知らなかったのだけど、帰ってきたら居たからビックリしたわ」
「なあ。そういえばさっきから黒森当主って言ってるけど、お前確か親父さんいたよな?親父さんどうしたんだよ。今までの話だと、親父さんも魔術師なんだよな?」
紗矢の顔がピクリと震える。
「…………亡くなったわ」
やや間があって、呟くような小さな声で、そう一言だけ紗矢は答えた。
「えっ。それは……悪い。俺知らなくて」
「いいわよ、私も知ったの今日だったもの。
でも、その話は……ごめん、もう少し待って……」
俯いたままの紗矢の肩が小刻みに震える。それを見て、それだけで絢人は彼女の不安と寂しさを正確に見抜いていた。
彼女が父ひとり子ひとりの父子家庭だというのは、絢人も美郷から聞いていた。その父親が亡くなったのであれば、彼女の肉親は絶えてしまったということになる。
まだ16歳で、本来なら親の助けがなければ生きていけない年頃なのに、彼女は孤児になってしまったのだ。だったら、魔道戦争の間だけでも傍にいてやろう。彼女が寂しくないようにしてやろう。自分程度で力になれるかは分からないが、それでも何もしないよりはマシだ。
そう絢人は心に決めた。
紗矢が顔を上げる。
気丈にも強い決意を固めた顔をしていたが、絢人には泣きたいのを必死で堪える小さな子供の顔にしか見えなかった。




