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02-01.邸への帰還

新章、というか魔道戦争の開催が宣言されてから実際に始まるまでの一夜のお話です。全10話を予定しています。






 太刀洗絢人を加えて五人になった一行は、[跳躍]を繰り返して夜8時半過ぎには黒森の邸まで帰り着いた。


「さ、着いたわよ」


 紗矢が当たり前のように、手を繋いだままの絢人に声をかける。だが反応がなく、代わりにドサリ、と何かが落ちた音がして手が引っ張られる。

 振り返ると、絢人が前庭に倒れ込んで口元を押さえていた。


「うぷ。き、気持ち悪い……」

「ちょっとぉ!?貴方まさか[跳躍]酔いしてるの!?」


 シュヴァルツヴァルトのような魔術師の家系に生まれた紗矢たちは、生まれついての魔術師である。乳幼児のころはさすがに我が身の霊核もなにも自覚できているはずもないが、物心のつく3歳ごろまでには手ほどきを受けて自己の霊核を認識して、魔術師としての第一歩を踏み出す。

 だから彼女たちには魔術師として生きた記憶しかない。魔術の訓練も魔術師としての自己が先にあるから、絢人のような一般人が魔術に直に触れるとどうなるのか、その知識がなかった。もちろんこれは紗矢だけでなくザラも、ドゥンケルやリヒトでさえも同様である。

 だからザラやドゥンケルは魔術に酔ったその軟弱さに呆れかえっていたし、リヒトは何が起きているのか分からずぽかんとしていた。


「こんなもので酔う(・・)など聞いたことがないぞ」

「こんな調子で大丈夫なのですか、この少年は」

「……」


「ちょっとホントに大丈夫なんでしょうね?こんなところで吐いたりしないでよ!?」

「うぷ……いや、大丈夫、吐くまでせずに済みそうだから……」


 とてもそんな顔色ではないが、絢人は強がっているのか無理に笑顔を作る。彼だって男の子だったから、情けない姿をできれば女の子には見られたくなかったのだ。

 絢人はそのまま、前庭の芝生の上に大の字になって寝転ぶ。少し休めば、まあ治まるだろうと考えたのだ。


「ならいいけど……」

「平気なのならさっさと立て。そんな所で寝るなど許さん。貴様にはこれからやることが山のようにあるのだぞ」


 心配しながらもややホッとする紗矢。

 厳しい目で見下ろして冷徹に宣言するザラ。

 まるで天使と悪魔のようだ、と絢人は思ったがもちろん口には出さない。


 結局、無理に身体を起こして絢人は紗矢たちとともに邸に入ることを選んだ。最悪の場合はトイレを借りよう、それしかない、と思いながら。



 黒森の(やしき)は明治時代の初期に建てられたドイツ建築の様式で、今の邸は太平洋戦争終結後に再建された二代目である。門をくぐって敷地内に入るとまず広大な前庭があり、正面に車寄せと重厚で不必要なほど巨大な正面扉が見える。

 外観は尖った屋根を持つ煉瓦造りの重厚な建物が二棟並んだような造りになっていて、正面扉はその間の中央部分に位置する。窓の位置から考えると、邸の造りは二階建てで屋根裏もありそうだ。


 今は陽の沈んだ夜間なので見えないが、奥の方には屋根より高い尖塔が聳えていて、その横、向かって右側には長い煙突が立っている。その他にも屋根の上に複数の小さな煙突が立っている。長い煙突は炊事場、小さなそれは各部屋の暖炉のものだ。

 正面玄関に向かって左側には比較的新しい造りのガレージがあり、その手前に奥へと続くであろう石畳の通路が延びているところを見ると、邸の裏にも庭がありそうだ。一体どれほど広いのか、絢人にはまるで想像もつかない。


 絢人にとって黒森邸を間近で眺めるのはこれが二度目である。

 黒森の邸は本町でもひときわ大きな豪邸なので、よく近所の子供たちの探検の標的になる。だから絢人も小学生の低学年の頃に友達と、美郷や緑を含めた当時の仲良しグループでこの前庭に忍び込んだことがあった。そして邸の主人に見つかって、優しく叱られた上で帰されたことを憶えている。

 あの時のおじさんはそれからしばらくして亡くなってしまい、父親が葬儀に出掛けていったのもよく憶えていた。


「どうしたのよ。まだ気分悪いの?」


 立ち止まって邸を眺めている絢人の様子を訝しんで、紗矢が声をかける。


「ん、いや。ちょっと、前住んでたおじさんのこと思い出してたんだ」

「前住んでた?真持(しんじ)おじさまのことかしら?」

「名前は分かんないけど、10年ぐらい前に死んじゃった人」

「ならきっと真持おじさまね。……って貴方なんで真持おじさまのこと知ってるのよ!?」


 黒森真持は総持の一代前の当主で、総持の長兄にあたる。紗矢にとっては伯父だが、数えるほどしか会ったことがない。この邸も総持の前は真持の家族が住んでいて、総持の一家はシュヴァルツヴァルトの本家に住んでいた。

 総持に代替わりして邸を継いだのがおよそ7年前になる。


「実は昔ね、この邸に忍び込んだ事があってさ」

「ウソでしょ!?よく生きてたわね貴方!」


 絢人は子供時代のイタズラを思い出してヘラヘラ笑っているだけだが、紗矢にとってはとんでもない話である。なにしろこの邸は魔術トラップで固められた要塞と言っていいのだ。迂闊に前庭に足を踏み入れただけでも下手すると消し炭である。


「ああ、この邸のトラップは10歳以下の霊核も自覚しておらんような子供には反応せんぞ。あと犬猫のような小動物も同様だ」


 巨大な正面扉のすぐ脇にある通用扉の鍵を開けながら、当然のようにザラが言う。


「えっウソ、聞いてないわ私!」

「今初めて言ったのだから当然だろう。真持どのの前からそうなっているそうで総持ももちろん知っている。紗矢、お前も当主となったからには承知しておけ」

「そ、そうなんだ……」

「この邸はよく目立つからな。昔からコイツのような近所の悪ガキどもが探検と称して入り込もうとする。総持も在宅時はよくそういう悪ガキを捕まえて説教しては追い返していた」


 悪ガキ、と言われてなんだか怒られているような気分になる絢人である。まあ実際に悪ガキだったのだから返す言葉もない。


「さあ入れ。詳しい話は中でするぞ」


 ザラが扉を開け、さっさと中に入っていく。その後を紗矢と絢人が続き、リヒトが入るとともに外を見回してからドゥンケルが入り、扉を閉める。

 しばらくすると、邸の右棟の一階に灯りが灯った。







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