【幕裏-絢人】06.そして運命は廻り出す(1)
「そこまでです。
不浄なるものよ、去れ」
不意に、静かな声が響いた。
辺りが清浄な光に包まれる。
公園の中央にいつの間にか、白銀に輝く中世騎士風の甲冑に身を固めたひとりの女性が立っていた。小柄だったがしっかりと甲冑を着こなしていて、おそらく自分専用に誂えたものだろう。
その甲冑を含めて目を引く美しさで、むしろ神々しいとさえ言えた。両手には何も持ってはおらず、剣の鞘は左腰に提げてはいたが肝心の剣が納まっていない。
その彼女が紗矢と何か言葉を交わしている。日本語でも英語でもないので絢人には聞き取れないが、紗矢は聞き取れているようだ。
「ジャンヌ・ダルクですって!?」
突然、紗矢が驚いたように声を上げる。なぜかそれだけが日本語だった。
「ジャンヌ・ダルクだって!?」
それを聞いて絢人もビックリである。確かにそう言われればイメージとしてはジャンヌ・ダルクにぴったりだったが、目の前の彼女はどう見ても生きている生身の人間である。いくら何でもジャンヌ・ダルクは自称以上のものではないはずだ。
と、紗矢が慌てたように振り返る。まるで絢人が後ろにいるのを今初めて知ったみたいな驚きの表情をしていた。
「ちょっ……!?あんたなんでまだ居るのよ!」
「なんで、って。お前を置いて逃げられねえって言ったじゃんか」
「いやそうだけど!」
「だいたい、お前俺のこと守ってくれたじゃんか。それなのにお礼も言わずにひとりで逃げたりできるかよ」
「~~~!」
彼女の表情が言い表せない感情に染まる。おそらく本人も、どう表現していいか分からないのだろう。それっきり黙ってしまった。
「この場に集ったのは、召喚魔術師、放射魔術師、結晶魔術師、韻律魔術師と、⸺そこの貴方」
突然、ジャンヌと名乗った女性が流暢な日本語を喋り出した。その指が絢人を指し示す。
「貴方にも魔術師の力が眠っていますね?心当たりはおありですか?」
「えっ、俺?」
「ウソでしょ!?」
絢人と紗矢は思わず顔を見合わせる。
どちらにもそんな心当たりは微塵もなかった。
「……ああ、なるほど。巧妙に[貼付]で隠されていますね。しかし、いいでしょう。貴方も魔術師として認めます」
「ま、待ちなさいジャンヌ!彼は関係ないわ!」
「いいえ、紗矢。彼にも争奪の資格ありと判断します」
「そんな……!」
何を言われているのか絢人にはまるで分からない。
俺が魔術師?なにで隠されているって?
「あの、俺、なんの話なのか全然分かってないんだけど……」
「ええそうでしょうね!」
「それと……付与魔術師が来ているはずですが、この場には到着していないようですね。
ですが、そこに、もうひとりいますね?」
自称ジャンヌ・ダルクはそう言って自分の後方を指差した。そこに姿を現した人物を見て、絢人も紗矢も驚きを通り越して唖然としてしまう。
そこにいたのは、制服姿の小石原理だったのだ。
「なんだよ、バレてたのか」
「いや、理……何やってんだお前」
「そ、そうよ!なんであんたがここにいるのよ!」
「なんで、って。決まってるだろ、魔道戦争に参加するためさ」
理まで訳の分からないことを言っている。
マドウセンソウ?なんだそれ?
「参戦したいのですね。しかし貴方は、死霊魔術に触れていますね?」
「だったらどうだって言うんだ?まさか死霊魔術師には資格がないとでも言うのか?だが言っておくが、霊遺物を持ち込んだのは死霊魔術師だぜ?」
死霊魔術?理は結局魔術なんか怖くて試してないんじゃなかったか?
「……いいでしょう。貴方にも資格を認めましょう」
「い、いいわけないじゃない!このふたりはどっちもただの人間よ!?私たちのような魔術師ではないわ!」
「いいえ、紗矢。彼らは魔術師です。貴女にも分かるでしょう、彼らの中に霊核があることが」
そこまでやり取りして、紗矢は言葉をなくしたように黙り込む。自称ジャンヌは絢人の方に再び向き直って、「どうするか、この場でお決めなさい」と、決断を迫ってきた。
いや、いきなりそんなこと言われても。絢人は困ってしまって紗矢の顔をチラリと見やる。
「……貴方が決めることよ。私が決めることじゃないわ」
「黒森は、参加するんだよな?」
「そうね。この土地は代々我が黒森家が魔術的に守護してきた土地。私が参戦しない選択肢は有り得ないわ」
黒森みたいな女の子が参加するのか。魔道戦争ってのが何なのか分かんないけど、どうも参加するのが当然みたいな言い方だし、何かのゲームなら仲間は多い方がいいんじゃないだろうか。
「だったら俺も参加するよ。力になれるか分かんないけど、仲間は多い方がいいだろ?」
「あんたね、そんなに気安く言って!どういう事になるか本当に分かってるの!?貴方も魔術師になるって事なのよ!?魔術師になったら二度と人間の社会には戻れないのよ!?」
ああ、なるほど。魔術師しか参加できないのか。黒森が魔術師だったってのはちょっと驚きだけど、たとえ魔術師でも偏見の目で見たり差別したらダメだって甘木先生も言ってたしな。それに去年のあれを考えたら、今度は黒森を守ってやるべきなんじゃないのか。
「んなこと言っても黒森も魔術師なんだし、お前は普通に今まで俺らと同じ生活してたじゃんか。俺は別に魔術師に偏見はないし、きっと何も変わらねえよ」
「……っ!」
「では決まりですね。この場に集った6名、それとまだ到着していない付与魔術師、以上の7名をもって魔道戦争の開催を宣言します。期間は明日夜明けから7日間、争奪する霊遺物は、これです」
自称ジャンヌが右手を天に掲げる。その掌に光が集まったかと思うと細長い棒状になり、次の瞬間には古びた槍がその手に握られていた。どうやって出したか全く分からないが、これも魔術なのだろうか。
これが……賞品?なんか古そうだけど、価値があるんだろうか?
「そして参戦者には、これを」
そう言って彼女が今度は左手を掲げると絢人の胸の中央部に鈍い痛みが走る。Tシャツの胸元から中を覗くと、そこにはいつの間にか焼き印のようなものが焼き付いていた。




