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【幕裏-絢人】05.交わるふたり



 絢人が駅裏の高いビルの所まで来たところで、前方に何か違和感があるのに気がついた。違和感、というか説明出来ない何かを感じた気がする、といった程度のものだったが、何故か無性に気になった。だがその場所まで行っても特に何も変わったことはない。

 何の気なしにビルの壁をてっぺんまで見上げて、そこに絢人は有り得ないものを見た。


 人が四人、屋上の転落防止柵の外側に掴まっていたのだ。


 えっ嘘なんで!?と思って二度見したときには、もうそんな人影はどこにも見当たらなかった。だが絢人の認識の間違いでなければ、大柄な人影がひとつと小柄な人影がみっつ、確かにそこにいたはずだ。

 おかしいなと思ってしばらく見上げていると、今度は人がひとり顔を出して、真っ直ぐに絢人を見下ろしてきた。遠すぎて顔もよく分からないが、どうやら女性のようだった。あまりに真っ直ぐ見下ろしてくるものだから、絢人はそのままその人影から目が離せなくなった。

 と、その人影が突然柵を乗り越え飛び降りたではないか。


「えええええ!?」


 心臓が飛び出るほど驚いたが、次の瞬間にはその人影は、まるで嘘のように消えていた。


「え…………あれ?」


 重たい荷物を無理に持ち上げて目をこすり、もう一度よく見るが、落ちてくる人など当然いるはずもない。


「っかしいなあ、なんか見間違えたかな?」


 周りを歩く人達は、何事もなかったかのように通り過ぎていく。もう一度上を見上げても、当たり前のように何もない。いつもの普通の、宵闇の空があるだけだった。


 結局、絢人は見間違いだと自分を納得させて終わりにすることにした。そうだよ、人がビルの柵の外に掴まっていることも、そこから飛び降りることも普通は有り得ないんだから、きっと何かの見間違いだ。

 気を取り直して、絢人はカフェへと急ぐ。あまり遅くなっても天嶺さんから小言を食らうだけだ。ビルの裏の公園を抜けて、裏路地の一番奥のカフェへと絢人は消えていった。


「ちょっと遅かったんじゃないか?何かあったかい?」


 戻った絢人に、天嶺が不思議そうな顔で聞いてきた。表情からしてこれは小言ではないと判断して、絢人は今見たことをそのまま話してみる。この人は割とこういう不思議な話をしても、頭ごなしに否定することがないから話しやすい。


「ふうん。じゃあ本当にいたのかもね」


 さして面白くもなさそうに天嶺は言う。


「いや分かんないッスけど。俺以外には誰も見てなさそうだったし」

「まあでも、君は見たんだろ?」

「まあ、見たといえば見たような……」

「じゃあいたんだよ。そういう事にしとこう♪」

「相変わらずいい加減ッスね……」


 調理場からはミライの調理の音が聞こえてくる。3人だけの店内はBGMもなく、不思議な気まずい空気に包まれていた。



 結局料理はミライと絢人が手分けして作り、天嶺がそれを片っ端から平らげた。もちろん絢人も負けじと食べたが、昼のハーブチキンが腹に残ったままであまり食べられなかった。


 それは突然のことだった。外から物凄い轟音が響いて、建物全体が大きく揺れたのだ。窓が割れるかと思うほどにビリビリと震え、厨房の壁にかけてあった洗いたての調理器具がいくつか落ち、棚の中の食器も何枚か割れた。


「わ、なんだ!?地震!?」


 椅子から転がり落ちそうになりながら、思わず絢人が叫ぶ。


「これは、落雷かなあ?」


 ビールを片手に顔を赤くした天嶺が、へらへらと笑いながら言う。


「いや落雷て。今日めっちゃ晴れてますよ!?」

「まあ分かんないけど」

「ちょ、ちょっと俺、外見てきます!」


「あー、待った、坊主」


 慌てて出て行こうとする絢人を天嶺が呼び止める。彼女は絢人に近付くと、その額に自分の右掌を添える。


「……なんスか?」

「ん、ちょっとしたおまじない」

「は、はあ……」

「荷物は全部持ったかい?外の様子を見たら、もうそのまま帰っていいよ。今日はありがとね」

「え、でも報告に戻って来なくていいんスか?」

「大丈夫大丈夫。きっと大したことないから」


 天嶺は時々こんな風に根拠もなく自信満々なことがある。そして不思議なことに、そういう時はたいてい本当に何事もないのだ。だから、この時も絢人は多分大丈夫なんだろうと思った。

 ただ、それにしては“おまじない”の意味がよく分からなかったが。普段はそんな事したこともないのに。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 店の外に出ると、ぼちぼち開き始めている周りの店舗からも騒ぎを聞きつけて人が何人も出てきていた。


「何があったんスか?」

「いや、どうもそこの公園に落雷があったらしい」


 いや本当に落雷かよ。天嶺さんスゲェな。



 緑地公園に近付くと、もう野次馬が何人も寄ってきている。どうも公園のど真ん中に落ちたようで落下地点は焼け焦げたように黒ずみ、公園の芝生が吹っ飛ばされて周りの木々の枝からくすぶった煙が出ていた。

 ただ公園には幸いにして誰もいなかったようで、それほど大きな騒ぎにはなっていなかった。


 と、そこに絢人は黒森紗矢の姿を見つけた。彼女は見慣れない大柄な外国人と一緒だった。

 珍しいな、こんなところで見かけたことなんて今までなかったのに。そう思って、絢人はつい声をかける。


「黒森?何やってんだこんなところで?」

「たっ、太刀洗くん!?」


 彼女はひどく動揺していた。もしかすると今の落雷がショックだったのかも知れない。このあたりの飲食店に来たわけでもないだろうし、きっと外を歩いていてまともに遭遇してしまったのだろう。


「今の落雷、お前大丈夫だったか?」

「え、ええ。何とか」


 それならいいが、珍しく動揺が激しいのが気にかかる。

 と、彼女が横の外国人になにやら外国語で叫ぶ。


「その外人さん、お前の知り合い⸺」

「危ない!」


 突然彼女が駆け寄ってきて絢人に抱きついてきた。そのままふたりはバランスを崩して折り重なるように倒れ込む。


「うわ!」

「あうっ!」


 ちょうど自分のすぐ後ろに人影がいて、倒れ込むと同時にその人物が腕を振るったように見えた。上体を起こすと、足の上に倒れ込んだ紗矢が左の脇腹を押さえている。その下のブラウスが切り裂かれ、血で染まっているのが見えた。


「わ、なんだ今の……?

って大丈夫か黒森!?お前怪我してんぞ!」

「だ、大丈夫……大した傷ではないから……。

それより貴方、逃げなさい!今の奴、通り魔よ!」


 彼女は脇腹を押さえて立ち上がり、足が自由になった絢人も立ち上がる。


「逃げろってお前はどうすんだよ!?お前置いて行けるわけねえだろ!」


 怪我している女の子を置いて逃げるなど、絢人の選択肢には有り得ない。別にナイトを気取るわけではないが、彼女には色々と恩もあるのでなおのこと見捨ててはおけない。通り魔だというのならなおさらだ。

 だが、ふと気付くと周りに誰も人影が見当たらなくなっている。通り魔はもちろん、さっきまでたくさんいた野次馬までが消えていた。というか、なんだか景色全体がぼやけて遠くなっているような、感覚が狂うというか、よく分からないがなんなんだこれ。


「あれ?でもそう言えば、他の人が誰もいないな」

「……えっ?」

「いやさっきの落雷な、相当な音と衝撃だったからさっきまで野次馬が大勢いたんだよ。でも今もう誰も姿が見えないから……」

「…………しまった!」


 カラカラカラ、とアスファルトの路面に何かがいくつも散らばった音がする。あっと思う間もなく、それはすぐに角と尻尾、それに長い口と牙を持って剣を携えた骸骨の姿になる。


「え、なんだ……?まさか竜牙兵ドラゴントゥースウォーリアー?」


「……貴方が早く逃げないから、こういう事になるのよ」


 絢人の横で、紗矢がぽつりと呟く。背を向けていてどんな顔をしているのか見えなかったが、その声はなぜかひどく冷たい響きだった。


 口の中で何事か唱えながら紗矢は両手を胸元に引き寄せ、掌を開きつつ前方に突き出す。両掌の先に4本ずつ、計8本生じた光の矢が竜牙兵めがけて飛んでいき、1本につき一体を破壊した。

 すぐさま彼女は再び同じ動作で次の竜牙兵を打ち倒しにかかる。その連続であっという間に竜牙兵の数が減っていく。


 え、これって、まさか……嘘だろ?いやでも、本当に……?


「お、おい黒森……」

「黙ってて!」


 彼女はとうとう全ての竜牙兵をたったひとりで打ち倒した。それも一太刀も浴びることなく、触れられることすらなく。しかも彼女は絢人の前に立ったまま一歩も動かなかった。全て掌の先から飛ばした光の矢だけで打ち倒したのだ。

 もう、疑う余地はなかった。


「もしかしてお前、魔術師……だったのか……」


「⸺そうよ。悪い?」


 振り向かぬまま、紗矢が突き放したように言う。その背が、寂しさと悲しみに満ちている気がして、思わずいたたまれない気持ちになった。







お読みいただきありがとうございます。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

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