【幕裏-絢人】01.絢人の土曜日(1)
絢人はなぜあの時あの場に現れたのか、っていう話。
全7話。
話は少し前、土曜日の放課の時間に遡る。
「よう絢人!帰りにゲーセン寄らね?」
放課になった途端にクラスメイトで悪友の戸畑が絢人の席に駆け寄ってくる。今日は学校の方針で部活が休みなものだから、きっと遊ぶことしか考えてないのだろう。
戸畑はいつも単純で、単純なだけに裏表がないから付き合いが楽だが、遊ぶことしか考えてないから時々呆れることもある。
「悪いな、俺今日は頼まれごとがあって行かなきゃいけねえんだ」
「頼まれごと?誰に?」
「バイト先の店長」
「え、お前バイトなんてしてたのか?」
「一応な。不定期だけど呼ばれたら行かなきゃダメなんだわ」
「ふーん、そっか。まあいいや、じゃあ稲築でも誘うか~」
戸畑はさして気にした様子もなく、大柄な悪友の所へ走り去っていく。
「おーい稲築~、帰りにゲーセン行こうぜ~」
「何を言ってる戸畑。俺がなぜ男と遊びに行かなきゃならんのだ?」
「お前ホントそればっかだな!」
戸畑も戸畑だが、稲築も稲築だ。
相変わらずこのふたりは悪い意味でブレない。
「全く、アホどもめ。たまにはまっすぐ帰って勉強すればいいものを。そんなだから万年赤点なんだというのに、全く懲りとらん」
やはり悪友のひとり、黒木が独り言のように声を出す。多分独り言だと思うのだが、まあ自分に同意を求めているのは明白だ。
「お前みたいに勉強しかしないってのもどうかと思うけどな。たまには遊びに行ったら?」
「何を言う太刀洗。俺にあいつらのレベルに落ちろと言うつもりか?」
「だから、お前もあいつらも極端なんだよ!」
だから三バカなんて言われるんだろうが、という一言は絢人は言わない。言わないのが友人への気遣いだと思っているのだが、たまにはハッキリ言った方がいいのかな、と思うこともある。だが角が立つのはできれば避けたい。なかなか難しいところである。
話しながら荷物をまとめ、絢人は三バカを放っておいて教室を出る。
昇降口で上履きを靴に履き替えて外に出て、校門へと向かう。その途中でやはり同級生の黒森紗矢がなぜか立ち竦んでいた。
(何やってんだあいつ。いつもならさっさと帰るのにな)
と思いながら彼女の横を素通りする。
周りに何人も生徒がいる状況で、用もないのに学校一の美少女に進んで話しかける度胸は絢人にはない。同級生女子の中では比較的よく話す方ではあったが、それでもそこまで仲良くなった気はしなかった。どちらかというと共通の友人である美郷が間に挟まっていた方が絢人にとっては話しやすいのだ。
絢人が校門を出て姿を消した直後に紗矢は弾かれたようにその場を飛び退くことになるのだが、その時にはもう絢人からは見えなくなっていたから、彼がそれに気付くことはなかった。
学校の校門は表通りから一本入った脇道に面していて、校門から右手に曲がってしばらく歩けば表通りだ。そこまでは学校の敷地を囲む煉瓦塀に沿って歩き、表通りの交差点を左に曲がって横断歩道を渡れば、あとは家までほぼ真っ直ぐだ。
見上げれば、潮見山の山稜が深い緑に覆われてそこに聳えている。聳えていると言っても標高三百メートル前後しかない低い山だからそう圧迫感はない。沖之大島自体がそう大きな島ではないから、無論小さいわけでもないのだが、山の大きさも島の大きさに比例するわけだ。
その潮見山に向かって絢人はゆるい坂道を上っていく。山の南山麓に広がる本町地区の自分の家へ向かって。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ただいまー」
「あら、お帰りなさい♪」
「……いや、寧々姉、昼間っから何やってんの?」
誰もいないはずの家に帰宅した絢人を出迎えたのは、近所の神社の巫女さんの音塚寧々だった。家族ぐるみの付き合いだから彼女はよく太刀洗家に来るのだが、土曜の昼間から来ていることはあまりない。今日はどうしたというのだろうか。
「新作をね、ケンちゃんに食べてもらおうと思って☆」
にこやかに笑いながら寧々は言う。その両手にオーブングローブがはめられているところを見ると、どうやらオーブンで何か焼いているようだ。
「いや、それだけのために無人の人ん家上がり込んでんのかよ……」
絢人は呆れかえるばかりだが、この人は合い鍵まで渡されているので実はこういう事は初めてではないし、初めてではないから呆れはするもののそれ以上深くツッコむ事もない。というかむしろこの時間に絢人が帰ってくるとなぜ知っているのだろうか。
「あらぁ、だって今日は学校の部活ないんでしょ?私だって知ってるわよそれくらい♪」
「…………あーそうだね。ウチの生徒のだいたい3分の1ぐらいは寧々姉の舎弟だもんな。そりゃ筒抜けだわな」
「やぁねえ、舎弟だなんて。『舎』は要らないし、『妹』を足さなきゃダメよ♡
さ、着替えて手を洗っていらっしゃい。もう焼き上がるから、できたてを召し上がれ♪」
「……へいへい」
絢人は昔から彼女に勝てない。7つ歳上で小さい頃から面倒を見てもらっているのだから当たり前ではあったが、勝てない勝負をいつまでも挑むほど子供でもなくなっているので今さらどうにかしようとも思わない。
なので大人しく自分の部屋に入って制服から部屋着に着替え、洗面所で手を洗ってリビングへと顔を出す。そこへ寧々が大皿に乗せた鶏の丸焼きを持ってきた。
「さ、ハーブチキンの照り焼きを召し上がれ♡」
「いや、クリスマスかよ!」
その巨大さと質量に、思わずツッコミを入れる絢人である。
ていうか、こんなのひとりで食べられるわけない。もうすぐ妹の柚月も帰ってくるとは思うけど、ふたりがかりでも食べきれる分量とも思えない。
「あら、クリスマスじゃなきゃこういうのが食べられないなんて、それはちょっと偏見じゃないかしら☆」
「偏見以前に量が多いって!」
「大丈夫よ~♪ケンちゃん、私のお料理残したことないもの。ね♡」
「ね♡じゃねーよ!」
無駄な抵抗と知りつつも絢人はツッコまずにいられない。この人は昔からそうだ、いつでも無茶ぶりと無理難題をふっかけてきて、笑顔で迫れば何でも通ると思ってるんだから。
まあその無理難題を全部聞いてきたのは絢人なので、今さら文句を言っても自業自得なのだが。




