01-16.合流
紗矢たちはザラの浮かんでいるその真下を通って駅の方へと歩いていく。いつの間にか彼女の[遮界]は解かれていて、彼女らの姿は普通に衆目に晒されたままだった。
その紗矢の後ろ、ドゥンケルたちとの間にザラは降り立つ。ちょうど彼ら四人を丸ごと[遮界]で包める位置だ。
「どうやら面倒なことになったようだな」
「キャアッ!?」
いきなり後ろから話しかけられて紗矢が文字通り飛び上がる。
「ザ、ザラ!?今までどこに行っていたの!?」
「ザラ様!?ご無事でしたか!」
「えっ、だ、誰!?」
「それよりもまず確認することがある。その小僧はもはや全て知っていると見做していいんだな?」
その小僧、つまり絢人が紗矢の正体を知っているかどうか。それによって今後の対応が変わってくる。
裁定者が彼を参戦者と認めたからには彼もまた魔術師だと判断されたのだろうが、紗矢の学校生活をほとんど知らないザラは彼が敵なのか味方なのかまだ判断が付かない。参戦者となった以上はこの場で始末してしまう方が後々楽になるのは目に見えているのだが、紗矢がそうしない真意をザラは計りかねていた。
「え、ええと……その、」
紗矢はもじもじするばかりで、どうにも態度がはっきりしない。
「どうなんだ、ハッキリしろ。私が曖昧なのを嫌うとお前も知っているだろう?」
「そ、そうね。
⸺ええ、そう。私が魔術師だと彼に知られてしまったわ。黒森が魔術師の家系だというのも」
ややあって、観念したように紗矢が白状する。
「紹介するわ、ザラ。私の学校の同級生で、太刀洗絢人くん。私は彼が魔術師だとは思えないけれど、ジャンヌが言うには魔術師なのだそうよ。
……ていうか、あなた一体どこまで知ってるの?全部見ていたと思っていいのかしら?」
話の途中でザラがどこまで知っているか分からなくなり、紗矢のセリフの最後は確認のようになる。
「ああ、少し離れた場所から全部見ていた。死霊魔術師との戦闘も、裁定者が現れて以降のことも全部な。ただ少し遠かったから会話は全部聞き取れていないがな。
で、どうするんだ?まさかソイツの面倒を見るつもりか?」
「だ、だって、彼まだ何も分かってないし。巻き込んだみたいなものなのに、このまま放り出すのもどうかと思うじゃない?」
「⸺そうか、まあ好きにしろ」
内心呆れながらもザラは追認する。総持や紗矢の決定には基本的に従うというのは黒森家にメイドとして来た時から決めていることだ。あくまでも自分は次世代の天才たちのサポートであり、一族の将来を担う前途ある若者たちの手助け役に徹すると自任していたのだ。
だが、どう見てもお荷物でしかないこの少年を世話するなどというのはお人好しにも程がある。参戦者つまり敵なのだから、世話して育てるよりも殺して減らすべきのはずだ。
もしも同級生を手に掛けるのを躊躇っているのなら、いざとなれば自分が手を汚せばいい。本当はそうした非情さも身に付けて欲しかったが、この子の性格を考えるとおそらく無理だろう。
「え、いいの?」
紗矢が驚いたように聞き返す。
ザラのことだからてっきり「殺せ」と言われるだろうと思ったのに。
「ダメだと言っても聞かんだろう、お前は。元よりお前が主で私は従だ。主人の意向に沿うように動くのがメイドたるものの務め、私とてそのくらいは心得ている」
「あ、ありがとう、ザラ……」
「だが足手まといになるようなら始末するからな。最優先はあくまでもお前の身だ。いくら主命といえどその優先順位は覆らないと肝に銘じておけ」
「わ、分かったわ……」
「ええっと、俺……殺されるのか?」
状況に取り残されている絢人がおずおずと口を挟む。まさかそんな事はないだろうという顔をしていたが、それなりに不安そうでオドオドしている。
「殺すつもりなら、最初っから助けてないわよ。貴方は心配しないでついてくればいいの。
あ、でも、貴方今日からウチに泊まり込みね。独りにしておいたら瞬殺されて終わるから」
絢人の様子をチラリと確認してから、いやに素っ気ない態度で紗矢が言う。ザラにはその姿が照れ隠しにしか見えない。
ははあ、さてはこの娘……。
「え、なんでお前ん家に泊まらなきゃならねえんだよ。俺自分ちあるし、家帰るよ」
「このまま帰ったら死ぬって言ってんでしょ!分かんない人ね貴方も!」
「なんで死ぬんだよ?」
「話聞いてなかったの!?小石原くんだって貴方のこと殺すって言ってたじゃない!」
「いや理に殺されるほどヤワな鍛え方してねえし」
「……小石原くんだけじゃないわよ。他に三人の声が聞こえてたの聞いたでしょ?あいつらも『全員殺せばそれで済む』って言ってたじゃない。
それに、よく考えなさい?私も参戦者なのよ?私と同盟組まないってことは、貴方私からも狙われるって事なんだからね?」
ひとしきり言い争いをしたあと、呆れたように諭すように紗矢は口調を改める。邸ではこんな風に感情的になる姿などザラは久しく見ていない。
この子はどうやら彼のことを気に入っているようだが、そう考えると色々と納得もいく。そうか、この子も年頃なんだったな。恋愛感情など久しく忘れていたから気付くのに手間取った。
「ところで紗矢、まさかこのまま歩いて帰るつもりか?」
内心とは無関係のことをザラは敢えて口にする。
「えっ?」
「魔術師だと知られているのなら、そして邸に連れ帰るのなら魔術を使った方が早かろう?」
「……あ、そ、そうね。そうしましょう」
「決まりだな。その小僧はお前が責任持って連れて来いよ?」
「えっ?…………あ、そっか」
「なんだよ、今度はなんの話なんだ?」
またしても話についていけない絢人が不思議そうな顔で紗矢に訊ねる。
「え、ええと、その……どうしようかな。
と、とりあえず私の手を握って頂戴」
「え、いや、なんか恥ずかしいなそれ」
「いいから!説明が面倒くさいのよ!こっちだって恥ずかしいんだから早くしなさい!」
赤面しつつも半ば強引に紗矢は絢人の手を握る。それを確認してザラは、「よし、では帰るぞ」と、そう言って詠唱を開始する。
絢人の手を握り締めた紗矢、リヒトを腕に抱いたドゥンケル、そしてザラ。ふた組の男女とひとりはすっかり陽の落ちた中心街の街並みを、本町の黒森邸に向かって[跳躍]していくのだった。
このあと、絢人の視点で7話あります。
引き続きお付き合い下さい。




