表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/87

01-14.ザラの見たもの(1)

途中で居なくなったザラさんから見た09〜13話。

全部で3話あります。



「……複数の反応がございます。

もっとも近いのは…この真下(・・・・)、です」


 魔力感知を試みたドゥンケルが、険しい顔で告げる。

 沖之島の駅前で一番高いビルの屋上、時刻は夜7時半より少し後。


「何だと!?」


 慌ててザラは手すりの向こう、ビルの外壁の下の地上を窺う。その地上、行き交う人の流れに逆らうように佇む人影がひとつ。

 紗矢の[遮界]が利いているので見えている筈はないが、それでもその人影は真っ直ぐザラを見上げていた。少なくともザラにはそう見えた。

 だから彼女は自分でも魔力感知を試みる。しかしその人物、両手に買い物袋を提げた少年とおぼしき人影からは強い魔力を感じない。暗黒の魔力のほうは真下は真下でもビルの裏側と、その人影から少し離れた位置に感じ取れた。


「チッ、気付いてやがる」


 しかしザラは敢えて皆に聞こえるように舌打ちする。直感のレベルで彼女自身にも明確に説明は出来なかったが、今は二手に分かれるべきだと魔術師としての勘が告げていた。


「降りるぞ!」

「えっ、でも」

「階段だ!行け!」

「行けって、ザラは!?」

「私はこのまま飛び降りる!」


 言うが早いか、ザラはすでに手すりを飛び越えていた。

 飛び越えた瞬間に彼女は自分で[遮界]を発動させる。術者である紗矢からある程度離れてしまえば彼女には紗矢の[遮界]は及ばなくなるため、自分で張らなければ彼女の姿は露わになってしまうのだ。

 それと同時に、彼女は空間魔術の[操重]も起動する。“重さ”を自在にコントロールする術式だ。

 [操重]は使うと思っていなかったから霊炉にセットしておらず、起動から発動というプロセスを経なければならない。そのため発動は[遮界]より遅くなり、発動がかなったのはビルの中ほどまで落下してからだった。だが強めに発動させたため、彼女の身体は中空で止まる。


 紗矢たちに階段を指示したのは[転移]で地上に降りさせないためだ。そんなことをすれば、おそらく暗黒の魔力の持ち主のほうは逃げ去ってしまうだろう。その点、自分ひとりならばどうとでもなる。


 先ほど眼下に見下ろした少年はザラには気付かず、見上げるのを止めて、そのままビルの外壁沿いの歩道を裏手へと歩いていく。この裏にはちょっとした緑地公園があり、その先は飲み屋街の裏路地になっていたはずだ。

 見たところ彼は紗矢とさほど変わらぬ年齢で、飲み屋街になど行くような歳ではないはずだが、わざわざそちらに向かったのが少しだけ興味を引いた。しかしそれよりも気になったのは、その少年の後を追って、紗矢が以前にお灸を据えたあの小僧が尾行をしていることだった。


(ほう、これは少し面白いことになりそうだな)


 最初の少年は暗黒の魔力を纏ってはいなかったが、それでもごくかすかな魔力を纏っていて、ザラにはその反応が[貼付]のものだと予想がつく。これは実際に[貼付]されている人間をそれと知って魔力感知したことがなければなかなか気付かないレベルの微小なもので、おそらく紗矢では気付かないだろう。

 一方で彼を尾行している小僧の方は明らかに暗黒の魔力を纏っている。それも隠すつもりがないのかと疑いたくなるほどはっきりと纏っていて、これはインターネットテキストどころではない、昨日今日あたりに“本物”と接触したとしか思えない反応であった。

 さては直感の正体はこれか、とザラは思い当たる。これは引き続き様子を見るべきだろう。もうすぐ紗矢たちが降りてくるだろうが、下手に接触すれば敵に察知されるおそれもある。今は合流せずにこのまま身を隠しておくべきだとザラは判断した。


 最初の少年がビルの裏に消え、それを追って尾行の少年もビルの向こうへと消えてから、数分もしないうちに紗矢たちが降りてきた。


「ドゥンケル、感知!」

「あちらです!」

「追うわよ!」

「はっ!」


 ドゥンケルは正確にビルの裏手を指差し、紗矢たちはそのままビルの裏手へと駆けてゆく。周りには見えていないが、元々紗矢たちの[遮界]から外れる前に別個に[遮界]を発動させたためにある程度リンクしていて、ザラには彼女たちの会話も行動も見えている。これが[遮界]のある意味での欠点でもあったが、今はむしろありがたい。

 ザラはビルの壁に手をかけ、足で蹴って水平に移動する。重力を無力化するほど強い[操重]がかかっていると事実上の無重力状態と同じであり、こうしたことも可能になるのだ。足の力加減を上手く調整して角を無難に曲がると、彼女もビルの裏手へと回っていった。

 ザラがビルの裏側の角まで到達すると、ちょうど紗矢たちが公園の中を突っ切っていくのが見えた。


 と、そこへ自分が(・・・)向こうから(・・・・・)歩いてくる(・・・・・)ではないか。


「すまん、取り逃した」


 偽のザラは澄ました顔で紗矢に話しかける。

 おのれ死霊魔術師め、この私が狙った獲物を取り逃してそんなに平然としているものか。というよりそもそも逃がすはずがないだろう。化けるならもっと上手くやれ!


「なかなか逃げ足が早そうね」


 気付いているのかいないのか、紗矢が偽のザラに話しかける。


「ああ。だが大したことはない。どうせ逃げ足だけだ」

「そう」


 その素っ気ない反応で、ザラには紗矢が正確に偽物を見抜いていると分かる。自分がもしもあの偽物の立場ならもうこの時点で行動を始めているものだが、偽物には特に動きはない。

 ふん、雑魚め。

 そして紗矢の方は微小だが魔術の反応が始まる。ドゥンケルでさえ異変を見抜いて一歩前に出ているというのに、偽物ときたらまだ騙せていると思っているのか呑気に突っ立ったままだ。


「……アンタね、さすがにそれはザラが怒るわ」

「何を言っているんだ紗矢?何かおかしな事でもあったか?」

「真似るんならもう少し上手くやりなさい、って言ってんの!」


 これは小物だ、とザラは落胆する。コイツが仮に総持を倒した血鬼の仲間の死霊魔術師だとすれば、この程度の術師など総持に瞬殺できないはずがない。ということは、最初から血鬼が出てきて総持はコイツとは戦っていないか、でなければ知己などであって手心を加えたか。だが彼がそんな情に流されるとも思えない。

 まあいずれにせよ、これが相手なら私がわざわざ出て行かなくとも紗矢だけでどうとでもなる。もしもあの子が苦戦するとすれば、それはヤツが身に纏っている暗黒の魔力が暴走を始めた時だけだろう。


 紗矢が放った[投射]は偽のザラに命中する直前で無効化され、偽物はようやく本性を現す。だが紗矢とドゥンケルのふたりを相手にするには完全に役者不足だ。そもそも先に戦場を設定して待ちかまえていたはずなのに、ロクに罠の準備も済ませていないとあっては話にもならない。あるいは暗黒の魔力をアテにしているのかも知れないが、それにしてもお粗末に過ぎる。

 と、紗矢が八重刃(やえば)(きじ)を召喚して死霊魔術師に命中させた。クリーンヒットとはいかなかったが、それでも死霊魔術師の体勢を崩して反撃を封じることには成功する。


(ほう、いつの間にそんなものを召喚出来るようになったのか)


 ザラは少しだけ感心する。八重刃雉の召喚は少なくとも中堅レベルの術者でないとなかなか安定しないが、紗矢はそれを完璧にコントロールしてみせていた。しかもそれでいて、「もうちょっと使えるかと思ったのに。八重刃雉もイマイチね」などと言うものだから、ザラの口元もつい綻ぶ。

 続いて死霊魔術師が喚び出そうとした竜牙兵の群れは、紗矢が[投射]と平行して準備していた[還解]によって召喚されるそばから土に還っていく。これはどう見ても勝負ありだ。


「もしかして遠慮してるの?本気出さないと死ぬわよ、貴方」


 だが、紗矢のこの一言はいただけなかった。わざわざこんな警告をしてやる必要はなく、遠慮だろうが出し惜しみだろうが、その命をもって後悔させてやればいいだけなのだ。

 そのあたりが、戦闘経験がなく敵を殺すのに躊躇してしまう紗矢の弱点だと言えようか。


「この程度で勝ち誇るとは、所詮は初陣もまだの小娘よな」


 そして、それはさすがに死霊魔術師にも見抜かれたようだ。このあたり、死霊魔術師は雑魚ながらもそれなりに場数を踏んできていると知れた。

 死霊魔術師の纏う暗黒の魔力が一気に濃密さを増してゆく。さっさとトドメを刺さないからこうなるのだ。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ