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01-13.開戦(2)



「では決まりですね。この場に集った6名、それとまだ到着していない付与魔術師、以上の7名をもって魔道戦争の開催を宣言します。期間は明日(みょうにち)夜明けから7日間、争奪する霊遺物は、これです」


 そう言ってジャンヌが右手を天に掲げる。その掌に光が集まったかと思うと細長い棒状になり、すぐに形をなしてジャンヌの手に収まる。

 それは古びた槍だった。長さは3メートルあまりでそう長くはない。穂先から下の数十センチほどに古い布が絡み付いていてやや目を引くが、それ以外には特に目立った特徴もなく、一見して特に価値があるとも思えなかった。

 紗矢が知るジャンヌの霊遺物は剣、旗、指輪の3つであり、槍というのは聞いたこともない。ではこれは、ジャンヌの霊遺物ではないのだろうか。


「本当に、それが……?」

「何か不満でも?」


 紗矢の呟きに、穏やかな笑顔でジャンヌが反応する。


『不満だな。なんの価値もなさそうではないか。一体誰の霊遺物だ?』

『そうだな、命を賭ける価値があるとも思えんが』

『まあでも霊遺物でしょ?英霊の。だったら価値の分かる人に買い取ってもらえばいいだけさ』


 周りから口々に参戦者たちの声がする。相変わらず彼らの姿は見えないが、本来ならそれが当然なのだ。これから殺し合うのだから、おいそれと敵に姿など晒すものではない。

 魔術を使えないであろう絢人と理はともかくとして、紗矢が姿を隠していないのは絢人の手前、魔術で姿を隠すチャンスがなかっただけである。それに彼女の場合、黒森当主が参戦するのはほぼ確定事項なのだから、隠したところで姿などすぐに露見してしまうので意味がないとも言えた。


「そして参戦者には、これを」


 そう言ってジャンヌが左手を掲げると、紗矢の胸の中央部に鈍い痛みが走る。ブラウスのボタンを少し外して確認すると、そこには魔術の刻印が焼き付いていた。魔道戦争の参戦者に裁定者が課す隷印だ。


「裁定者に従わない場合、その隷印が貴方がたの霊核に攻撃を与えます。三度の攻撃ののち、四度目で霊核は砕かれるでしょう。心するように。

敗北、あるいは死亡すれば印はその時点で解かれます。もちろん勝者となった場合も」


「うわ、なんだこれ!?」


 Tシャツの胸元を広げて絢人が驚いているところを見ると、彼にも隷印が焼き付いたようだ。もうこうなってしまってはどうしようもない。


「本当に、彼らを参戦させるの?」

「隷印は参戦の証。それ以外に私から述べることはありません」


 ジャンヌは澄ました顔で、とりつく島もない。


「ああそれと。参戦者同士の同盟や連合は自由とします。同盟者が勝者となった場合、談合で誰が獲得するか決めることも許可します」


 そう付け加えて紗矢の方をちらりと見たのは、魔術師としてほぼ無力な絢人と同盟しろということなのだろう。


『ふん。同盟など弱者のすることだ』

『同意だな。他の全員を倒せばそれで済む。

話は以上か?ではこちらは身を隠させてもらおう』


 くぐもった声と重く低い声が聞こえる。どうやらこの2名は自分の力に自信を持っているようだ。


「話は以上です。解散して構いません」


 そのジャンヌの声とともに、3つの気配が次々とその場を離れていった。


「な、なあ。ところで、あんたがジャンヌ・ダルクって本当なのか?」


 ずっとどこかそわそわしていた絢人が、たまりかねたようにまだそこにいるジャンヌに声をかける。


「そうですよ」


 それを受けて、ジャンヌがさらりと笑顔で応えた。


「だ、だってジャンヌは15世紀の人物で、それが現代に生きてるなんておかしいじゃないか!しかも日本語喋ってるし!なあ黒森、どうなってんだよこれ。これも魔術かなにかなのか?」

「ふふ。そのあたりの詳しい話は彼女からお聞きなさい。

それよりも今は、貴方がたふたりはまず彼女の助力を仰ぐか決めるべきではありませんか?」


 絢人と紗矢の方を向いていたジャンヌは、振り返って理にも声をかける。


「オレはひとりでやる。そいつらとは組まない」


 理はにべもなくジャンヌの提案を拒否した。


「なんでだよ理。お前だって右も左も分かんねえんじゃないのか?」

「オレにはすでに助力者がいる。お前らとは違うんだよ」


 理はそう言ってニヤリと笑う。その身から暗黒の魔力が再び感じられるようになっているのを見て、彼が言う助力者とはあの死霊魔術師のことだろうと紗矢は察した。


「小石原くん、悪いことは言わないから奴らとは手を切りなさい。貴方のためになるとは思えないわ」

「ふん、余計なお世話だ。いいか覚えてろ、お前らへの復讐もこっちの目的のひとつに入ってるんだからな」


 無駄だと思いつつ切り出した紗矢の申し出を、理はにべもなくはねつける。それどころか彼は憎らしげな目を向けて明確な敵意を露わにしてきた。


「私たちに何の恨みがあるというの?」

「そうだぞ、俺たちずっと友達じゃねえか」

「うるさい!お前らにオレの気持ちなんか分からないだろ!」


 どうやら、理はまた何か他愛もないことで逆恨みを募らせているようだった。だがそれだけで魔道戦争にまで参戦するのはどう考えてもやりすぎだ。彼も絢人と同じで、魔道戦争の何たるかが解っていないとしか思えない。


「貴方ね、魔道戦争がどういうものか解っていて?」

「ハッ。少なくともそこのバカよりは解ってるさ。なに、他のヤツらを、太刀洗もお前も全員殺せばいいんだろ?簡単じゃないか。しかも魔術師の世界の話だから人間社会の法律や常識は無視でいいんだろ?願ったりだよ!」

「はぁ。やっぱり解ってないわね、貴方」


 彼には一度、人を殺すつもりなら自分も殺される覚悟を持たなければならないと警告したはずだ。だがその記憶は、残念ながら紗矢自身が[貼付]で書き換えてしまったから彼が憶えていないのも無理はない。

 結局、絢人だけでなく理を翻意させるのも紗矢は諦める他はなかった。緑には申し訳ないが、最終的に殺さなければならないかも知れない。


「俺は、お前と殺し合うのは嫌だけどな……」


 ポツリと絢人が呟く。理の言葉で、ようやく魔道戦争というものがどういうものか、少しだけ理解した顔だった。


「これだからお前は甘ちゃんなんだよいつまで経っても!オレの欲しいものを、オレの目の前でいつもいつも全部奪っていきやがって!今度は俺が奪う番だ、覚悟しとけよ!」


 理はそれだけ言い捨てると、公園から出て行った。


「貴方がた三人は友人同士のようでしたので参戦を認めましたが、少し早まりましたでしょうか…」


 黙ってやり取りを眺めていたジャンヌが、少し気まずそうに申し訳なさそうに言う。


「いや、友達だけど」

「いえ、友達じゃないわ」


 それに対して絢人と紗矢が同時に真反対のことを口走る。


「ていうか、そういう関係性が分かってて殺し合いに参加させるってどういう神経してんのよ!」

「いえ、それは……お互い助け合いの精神で……」

「その余計なお節介の結果がこれよ!だいたいあんたね、英霊(レジェンド)だか聖者(セイント)だかなにか知らないけど、ちょっと無条件で人ってものを信じすぎなのよ!」

「えええ……」


 紗矢の怒りは半ば八つ当たりに近いものだが、責められたジャンヌが困ってしまったように縮こまる。


「いや……黒森、相手は歴史上の偉人だからさ……」

「だから何よ!?今目の前にいるのはこのなんにも解ってないぽやっぽやのお嬢さんなの!人の苦労も知らないで、勝手に混ぜっ返すなって言ってんの!」

「ご、ごめんなさい……」

「と、とりあえずさ、俺に魔道戦争のこと教えてくれよ。まずはそこからだってジャンヌも言ってただろ?」

「え、ええ、そうです。おふたりの奮戦を期待していますよ」

「あんたは黙ってなさいよ!」

「ふえぇ……!」


「…………はあ、もういいわ。話終わったんでしょ?私たちも帰るわ」

「あっ、はい……お疲れ様でした……」

「あ、そう言えばあんたとコンタクト取りたいときはどうするのよ?」

「あ、えっと、私はこの地の聖典教会におりますので。それと参戦者が念じて私を呼べば、基本的にはいつでも参じます」

「そう。じゃ、そういうことで」


 そこまでで話を打ち切って、紗矢はスタスタと駅の方へ歩いていく。それを慌てて絢人が追い、少し離れて黙って控えたままだったドゥンケルとリヒトが無言でついて行く。後には所在なさげにジャンヌが独りポツンと立っているばかりだった。







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