01-08.魔道戦争(2)
所有者の定まっていない霊遺物は往々にして魔術師同士の奪い合いになる。近世以前は各魔術系統のトップである魔術貴族を中心に、各勢力が軍勢を糾合しての戦争行為で奪い合うのが常であった。それゆえ魔道戦争と称される。
だがそれでは霊遺物の価値よりも損害額の方が大きくなることが多く、それを憂慮した〈協会〉の主導でルールが取り決められた経緯があった。
その結果決まったのは、主に以下の取り決めである。
・魔術系統各系統の代表者のみ(最大7陣営)が参加すること
・期間は7日間以内
・〈協会〉から審判役となる裁定者を派遣すること
・参戦者は裁定者に逆らってはならず、その証として隷印の付与を受け入れること
・勝敗は死か、もしくは真摯なる敗北の宣誓によってのみ決着が認められる
・最終的な勝者が霊遺物を得て、その所有権にはいかなる者も異議を挟めないこと
・その他、細かい規定は裁定者の裁量に委ねられること
魔術師としての初陣さえ済ませていない紗矢は、もちろん魔道戦争の参加経験などない。勝者が決まるまでは参戦魔術師たちは己の魔術の全てをかけて戦い殺し合うのが普通で、紗矢にとって厳しすぎる戦いになるのは目に見えていた。
だが、父が命を懸けた霊遺物を巡る魔道戦争ということになると、紗矢が出ないわけにはいかない。特に沖之島が舞台になるのであれば、その地の守護者である黒森家が、新たにその当主となった紗矢が参戦しない選択肢は皆無と言ってよかった。
「ウソでしょ、ねえウソでしょ!?私まだ初陣も済ませてないのに!」
『こればっかりはどうにもならない、かなあ。
でもサーヤならきっと大丈夫だと思うよ』
「アンタ何を根拠にそんなこと言ってんのよ!?」
『だってサーヤは僕が見込んだ子だもの。それにソージとマーサの娘なんだから、きっと大丈夫だって信じてるよ』
「ホント気安く言ってくれるわよね!?バカじゃないの!?」
アルフレートは若いながらも世界屈指の実力を持つ魔術師のひとりであり、彼自身が15歳の成人とともに本家当主を継いで、その直後に起きた魔道戦争で初陣を果たした上で危なげなく勝利した経験を持っている。だから彼は紗矢にも当然同じことが出来るとなんの疑いもなく信じていた。
だが紗矢に言わせれば、アルフレートのレベルを基準に考えられてはたまったものではないのだ。特に今回の場合は血鬼さえ絡むかも知れず、彼の時と比較しても難易度は数倍に跳ね上がっていると言っていい。それを気安く大丈夫と言えてしまう彼の神経が、自分より劣るものの気持ちを斟酌できない彼の精神性こそが、憧れていた彼の元を紗矢が離れる決意のきっかけにもなったのだ。
とはいえ彼の言うとおり、どうにもならないのも事実である。もしも本当に魔道戦争になるのであれば裁定者権限で参戦者が限定されるため、死霊魔術師も血鬼も排除されることを願うしかない。だがそれでも、過去の魔道戦争において乱入者があった例も多く、事実上アテにはならなかった。
「やるしかないのは分かるけど…………。
はあ、もういいわ。私に死ねってことなのよね、これ」
『そう悲観するものでもないんじゃないかな?サーヤが勝って霊遺物を持ち帰ってきてくれれば黒森の功績にもなるし、こちらとしてはソージの願いも叶えられるし、全て丸く収まるんだから』
「うっさい!死ね!バカ!」
ブツッ。
例によって怒りにまかせて通信を切るしかない紗矢であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「アルフレートはなんと言っていたんだ?」
蒼白の顔面でリビングに戻ってきた紗矢を見て、さすがにザラも訝しむ。紗矢が顛末を語ると、さしものザラも呆れたようで、「あいつも一度死なねば解らんのだろうな……」などと突き放していた。
「しかし魔道戦争か、面倒な事になったな。協会からの情報ということであれば、すでに裁定者の選定も終わっているということだからまず確定だろうが……。
問題は、誰が裁定者として来るかだな」
ザラの言う通り、魔道戦争は裁定者次第という面がある。基本的には参戦者の誰よりも高位の魔術師が選ばれるようになっていて、協会によって強制力も与えられるから参戦者のコントロールは比較的容易になるはずである。だが、参戦は基本的には早い者勝ちであり、協会が設定した裁定者よりも高位の参戦者が現れることが往々にしてあるのだ。
例えば今回の場合だと、総持が無事だったなら彼が代表者として参戦することになるはずだが、彼は協会内ではアルフレートと同様の地位にあり、協会内で彼よりも高位の魔術師ということになると数える程度しか存在しないのだ。約10年前にローゼンヴァルトの当主が参戦した魔道戦争では、放射魔術系統の本家当主が自ら参戦した例があり、この時の裁定者は事実上無力だったという。
「ま、とりあえずそれは後回しだ。裁定者が来て魔道戦争を布告される前に死霊魔術師だけでも片付けておくとしよう。そうすれば幾分はやりやすくなるだろうからな」
「そ、そうね。じゃあ予定通りってことでいいのかしら?」
「ああ。出来れば今日中に片をつけておきたい」
ザラの思惑としては、死霊魔術師の討伐をもって紗矢の初陣を済ませる肚である。それをもって紗矢に自信を付けさせ、魔道戦争まで何とか乗り切らせようという算段であった。そしてそのためには、死霊魔術師の居場所を迅速に突き止めて奇襲する必要がある。
敵に主導権を与えず先制してそのまま倒すことが出来れば、血鬼に察知される前に離脱することもできるだろう。血鬼の方は協会が討伐隊を別途に組織してくるはずなのでそちらに任せればよく、黒森当主は魔道戦争に参戦するために討伐隊には加わらなくてよいはずだ。それでも何か不都合があるのなら、その時はザラが討伐隊に参加すれば黒森家のメンツも立つというものだ。
時刻はまもなく夜7時になろうかというところだった。春とはいえそろそろ日没の時間だ。人通りはまだ多いだろうが、今夜中に決着を付けるとなるとあまりのんびりもしていられなかった。




