01-07.魔道戦争(1)
中心街の捜索は陽が落ちてから行うことになった。明るいうちから外国人を何人も引き連れて歩いているとさすがに目立つし、中心街は人通りも多い。もしも敵に遭遇して戦闘にでもなってしまえば、いくら[遮界]を施したとしても完全には隠蔽できないおそれもあるし、そもそも[遮界]を発動させる余裕などない可能性もあった。
それまでの時間に紗矢は工房で通信を開いてアルフレートを問い詰めた。彼は珍しく自分で応答せずに魔術メイドに対応を任せたから、もうその時点でクロと決まったようなものだった。
『どうか許して欲しい。サーヤを騙すつもりではなかったんだ。ただソージが、できれば内密にして欲しいと言ってね……』
「……どういう事よ?」
『ほら、もうすぐサーヤの誕生日じゃないか。彼はそれまでに霊遺物を日本に持って帰りたかったのさ』
聞けば、総持はかねてより紗矢の誕生日プレゼントとして英霊の触媒となる霊遺物を探していたのだという。その手がかりがようやく発見され、総持が本家に報告して探査と入手の指示を得たのがおよそ半年前のことらしい。以来、彼は一般の発掘チームとも協力しながらその所在を探し求め、ついにこの春になってフランスのある場所でようやくそれを発見したのだ。
だがもう少しで発掘が完了するというところで死霊魔術師と血鬼が姿を現し、死闘の末にわずかに及ばず総持は倒されたのだという。
『実は4月に入って連絡が途絶していてね。サーヤが心配するといけないと思って黙ってたんだ。でもこちらで異変を察知して救援チームを向かわせた時にはすでに遅くて、何とか連れ帰ってくることしか出来なかった。
それがつい先週のことだ。本当に申し訳ない、どうか許して欲しい』
「待って?お父様は戻ってるの?」
『…………棺だけど、ね』
溢れそうになる涙を紗矢は必死に堪えた。自分がしっかりしなければ父が心配するから決して泣かないと、通信を開く前に自分を奮い立たせたばかりなのだ。
少なくとも、血鬼と戦ってもなお父の遺体が戻っている、その事だけでも喜ぶべきことのはずだった。高位の吸血魔は殺した人間を暗黒の魔力で甦らせ、自らの眷属としてしまう事もあるのだから、父がそうならなかっただけ僥倖とさえ言えたのだ。
「その霊遺物は結局どうなったの?」
『残念ながら奪われたよ。ソージの身柄を取り戻すので精一杯だった。出来れば確保したかったんだけどね』
「そんなに価値があるものだったの?」
『そりゃあね。すでに失われたと考えられていた英霊ジャンヌ・ダルクの霊遺物だからね』
「ウソでしょ!?現存してたの!?」
『まあ推定でしかないけどね。持ち帰れれば本格的に鑑定もできたんだけど。でもソージは確信してたみたいだったね』
魔術の世界には英霊と呼ばれる存在がある。人類史にその名を刻んだ歴史上の偉人や、長く読み継がれ語り継がれてきた伝承や物語の主人公など、信仰とさえ呼べるほどの高い知名度を誇る存在は死後も霊体として世界に在り続ける。それが英霊で、そうした英霊たちは召喚魔術で現世に喚び出すことができ、召喚した魔術師にその力を貸すのだ。
だが何の補助もなしに目当ての英霊を召喚できるほど世の中は甘くない。特定の英霊を召喚するためには縁のある霊遺物を触媒として用意する必要があった。
ジャンヌ・ダルクの霊遺物は3つあるとされている。彼女が愛用した剣、彼女の部隊の旗印となった旗、それに彼女が両親から贈られて常に身につけていた指輪だ。だがいずれも彼女がイングランド軍の捕虜になって以降誰も見たものはなく、すでに失われたと考えられていた。
そのうちのひとつがもし本当に発見されたのなら一般社会でも世紀の大発見だし、魔術社会としてもそれは同様だった。何しろそれまでのジャンヌ・ダルクと言えば生誕地のドンレミか、魔女として裁かれ処刑されたルーアンでなければ召喚できなかったのだから、それが霊遺物でいつでも召喚できるとなれば誰もが獲得に動くことだろう。
「待って?そんなものすごい霊遺物を、お父様が私の誕生日プレゼントに!?ウソでしょ私そんなの受け取れないわ!」
『いや結局奪われたから入手してないけどね。
きっとソージは霊遺物そのものよりも、サーヤとジャンヌの縁を繋げたかったんじゃないかな』
「それこそとんでもないわよ!フランスの国家英霊なんて私には身に余りすぎるもの!」
国家英霊とは、その国を代表するほど重要かつ強力な英霊のことである。ジャンヌ・ダルクはまさにフランスを代表する偉大な英霊であり、彼女と縁を繋ぎたい魔術師はフランスをはじめ世界中に数え切れないほど存在すると言ってよかった。なんのゆかりもない日本の魔術師である紗矢が縁を結べるような英霊ではないのだ。
『僕は、サーヤはジャンヌと縁を結ぶに相応しいと思うけどね。彼女の生まれたロレーヌ地方はシュヴァルツヴァルトと国境を挟んで隣同士だ。サーヤはシュヴァルツヴァルトで生まれたんだし、もうすぐジャンヌが世に出たのと同じ17歳になる。今がまさに縁を結ぶには最高の時期だと思うよ?』
「い、いや……そんなこと言われても……」
あまりのことに紗矢は戸惑うばかりである。確かに紗矢の属するシュヴァルツヴァルト家は召喚魔術系統の本家であり、一族には召喚魔術師が多い。紗矢も、父の総持ももちろんそのひとりであるし、紗矢自身も父が偉大な英霊たちを召喚しているのを今まで何度も目にしていた。
だが紗矢自身は、まだそうした英霊の召喚にはチャレンジしていない。せいぜい動物霊が昇華した存在である“化生”や、器物が年月を経て霊体と化した“付喪”の召喚経験がある程度だ。それなのに突然ジャンヌ・ダルクのような大英霊と縁を結べなどと言われても、喜びよりも先に戸惑うのが当然だった。
「と、とにかく、事情は分かったわ。お父様の葬儀を執り行わないといけないけれど、そちらにいらっしゃるのなら日本にお連れするのは本家葬の後ということよね?」
紗矢にとっての問題は、ひとまず霊遺物よりも父の葬儀だ。会社にも伝えなければならないし、喪主は当然自分になる。今後の日程を詰めなくてはならなかった。
葬儀までには例の死霊魔術師の対処も済ませなければならず、しばらくは忙しくなりそうだ。
『それなんだけどね、しばらくは無理だと思うよ』
「……なんでよ?」
『奪われてはい終わり、というわけにもいかないから、こちらでも当然霊遺物の行方は追っているんだけど、これがどうも沖之島に持ち込まれたようなんだよね』
「はぁ!?」
『そっちにソージの使用人がふたり行ったと思うんだけど、そろそろ着く頃じゃないかな?』
慌てて紗矢は死霊魔術師の一件をアルフレートに報告する。話の流れからすれば、件の死霊魔術師が霊遺物を持ち込んだ上で紗矢に挑戦してきたと考えるべきだった。
ということは即ち、死霊魔術師や霊遺物とともに血鬼までもこの沖之島に入ってきているということになる。例えザラがいてくれたとしても、とても紗矢の手に負えるような相手ではないはずだ。
「ちょっと!それはさすがに増援寄越すんでしょうね!?」
『そうしたいところだけど、〈協会〉に通告したら返事が芳しくなくてね。どうも“魔道戦争”になりそうなんだ』
「はあぁ!?」
『もしも魔道戦争ということになれば、代表者を立てて任せるしかなくなる。そして召喚魔術の場合、それは君ってことになるんだ』




