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01-05.準備と覚悟(1)



 紗矢は魔術工房に独り立っていた。

 彼女は自分の霊炉を確認(・・)する。全部で12本ある霊炉のうちの8本まで、たった今術式をセットし終えたところだ。残りの4本のうちの1本は霊核の維持と他の霊炉の燃料となる霊力(オド)の生成に充て、残りの3本は戦闘において応変に使い分けることにした。全ての霊炉に術式をセットしてしまうと動きが固定化され、融通が利かなくなってしまうのだ。


(これでよし)


 紗矢はひとり頷く。

 ひとまずはこれでやってみて、不都合があるなら入れ替えればいい。



 一般の人間社会では人が人と争ったり殺したりすれば罪になる。それは自明で、国際的にも統一された観念だ。だが魔術師の社会はそうではない。他人の魔術的成果や技術は殺してでも奪い取る。それが半ば当たり前であり罪に問われる事もない。

 魔術の研鑽、研究と実践を経て“淵源(えんげん)”へと至る道は個人が一代で成せるようなものではない。だから魔術師は他人の成果を奪ってでも自分の研究に取り込もうとするし、いざとなれば実体を捨て寿命を超えて、輪廻の輪を外れてまでも現世に留まり研究を重ねようとする。


 そも“淵源”とは何か。それはこの世界の魔力、もっと言えば魔力を生み出した“根源”とも言える神秘と、それが湧き出るとされる、地球の最奥にあると言われる“深淵”のこと。“深淵”に至り“根源”を解明する、それが全ての魔術師の悲願であるのだ。

 だからどの魔術師も自らがそこに至るため、最初に“淵源”を解明した者として世界に名を刻むために、同じ魔術師と時には連合し、時には殺し合いながら、未来へと進む。自らが届かなければ後進に、特に血を繋いだ子孫にその見果てぬ夢を託すのだ。

 シュヴァルツヴァルトをはじめとする主要な魔術貴族の家系は、そうした魔術師たちの中でも有力な者たちが味方として同族を増やした結果興ったものであり、もっと言えば〈魔術協会〉自体がそのような連合体でもある。彼らはそうして魔術工房を介して時を超えて過去から未来へと、一族単位で蓄えた知識と技術、そして成果を継承していくのだ。未だ見ぬ“淵源”の解明のために。


 とは言え他の魔術師を殺してその成果を奪えば、当然の帰結として自分も殺した相手の同族に狙われる事となる。そう、殺して奪って良いのならば相手も同じことをして構わないはずなのだから。殺され奪われる覚悟のある者だけが、殺して奪ってもよいのだ。

 それに世界には“暗黒の魔力”を纏う者たち、悪魔や吸血魔、それに死霊魔術師といった、世に破滅と混沌を招き入れようとする者たちもいる。ゆえに魔術師は常に戦いに身を置き、生死の狭間で生きていくことを強いられるのだ。

 そして今、紗矢は魔術師としてその覚悟を固め、準備を終えたところだった。今までは人間社会に馴れすぎて、その覚悟が出来ていなかったのだ。



 紗矢の霊炉(エンジン)の本数はかなり多い方である。一般的な魔術師だと霊炉の本数は4本から8本、10本備えていれば優秀と言える。この霊炉の本数こそが、彼女が天才と言われる所以であった。

 魔術師が魔術を使うには霊炉を稼働させて霊力(オド)を生み出さなければならない。そして魔術師が発動する魔術の術式は、ひとつ発動させるのに霊炉を最低1本使わなければならない。つまり魔術師が同時に発動・展開出来る術式は最大でも霊炉の本数、正確に言えば生命維持に振り分ける1本を除いた霊炉の残数に等しくなる。

 その霊炉にあらかじめ術式をセットしておけば、霊炉を稼働させて詠唱するだけで発動させることができる。そうすることで新規にセットする手間を省略できることになり、戦闘時の行動が一手早くなる。魔術師同士の戦闘において先手を取られるのは著しい不利を生むため、全ての動作は可能な限り簡略に、素早く行うに越したことはない。

 だが逆に言えば、紗矢は今までそんな準備さえ整えていなかったのだということにもなるのだ。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 準備を終え、紗矢は工房を出るとリビングへと戻る。


「整ったようだな」


 足組み腕組みしてソファにふんぞり返っていたザラが、紗矢の顔をチラリと一瞥して一言だけ聞いてきた。


「ええ」


 それを受けて紗矢も一言だけ返す。覚悟の決まった表情で頷く紗矢を見て、ザラはようやく満足そうな顔になる。だがすぐに、やや悔恨の混じった表情になる。


「本来なら、もっと早くに心構えを説いておくべきだったのだろうがな」

「ザラのせいではないわ。お父様の存在に甘えていた私が悪かったのよ」


 要するにふたりとも、黒森総持という大きすぎる(・・・・・)存在(・・)があったがために、まだまだ猶予があると思い込みのんびり構えすぎていたのだ。一族の慣例では紗矢はすでに成人であり、成人すれば家督が継げるというのに、成人後丸2年も経ってなお“モラトリアム”のつもりだった少し前の自分を、紗矢はぶん殴りたい気持ちでいっぱいだった。







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