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01-04.訃報



「さて。この出来の悪い落第生をどうしてくれようか」


 約1時間後。

 帰宅し、先ほど起こったことを素直に全部ザラに報告した結果、紗矢は制服姿のままリビングの床に正座させられていた。


「ご、ごめんなさい……」


 1時間前とは違う意味で紗矢は冷や汗にびっしょりである。目の前に仁王立ちになったザラは、近年でちょっと見たことがないほど静かに、だが強く激しく怒っていた。


「貴様、少なくとも四度は死んだと解っているんだろうな?」

「えっ、に、二度じゃなくて……?」


「…………これだから経験の浅いひよっこは始末に負えん。

いいか貴様、貴様はヤツと相対する前にもう二度死んでいるのだぞ!そんな事も解らずに、よくものうのうと生きていられるな!?」


 ザラの言う一度目とは、紗矢がまだ校舎内にいて魔術師も暗黒の魔力も全く察知できていなかった時だ。この時に先制を仕掛けられていれば、紗矢は何が起こったのかすら解らないままに為すすべもなく命を落としていたはずだった。そして二度目はやはり不用意な会話だ。もしこの時に何らかの呪詛の文言でも仕掛けられていれば、やはり先制され認識を狂わされ、何がなんだか解らないままに敵になぶり殺されていただろう。

 敵は校門で待ち構えていたのだから、紗矢の居場所は知られていた事になる。つまり紗矢に気付かれる前に敵は奇襲でいくらでも彼女を仕留めることが可能だったのだ。


 だからこそ、魔術師はいかなる時でも常に周囲を警戒して、身の回りの防御を固めておかなければならない。魔術師にとって先制を許すというのは死と同義なのだ。それなのに紗矢は、平和な沖之島の学園生活に親しむうちに、知らず知らず油断して警戒を怠ってしまっていたのだった。

 今まで幾度となく死線を潜り抜けてきたザラに言わせれば、腑抜けにも程があるとしか言いようがない。どこぞで勝手に野垂れ死ねと見放されても何の文句も言えなかった。


「貴様、次にヤツと会ったら泣いて跪いてヤツの靴にキスをしろ。ヤツの恩情(・・)にそれほど感謝してもまだ厭きたらんぞ」

「う、うう…」


 口を極めて侮辱されてもぐうの音も出ない紗矢である。全くもって言われるとおりで、何の反論も出来ないのだから文句の言いようもない。


「あ、あの、ザラ様。もうそのあたりで……」


 と、横からおずおずとザラに口答えをした者がいる。

 背の高い若い男で、鍛えられたがっしりとした大柄な体躯が目を引く。シュヴァルツヴァルト一族の使用人が身に付ける作業衣をまとっているが、それは随分くたびれてボロボロで、服の下から覗く首筋にも腕にも多くの古傷が見てとれた。

 袖のなくなっているその左肩に霊痕がうっすらと見えている。つまり彼は一族の魔術使用人、具体的には魔術師に従い、その指示を受け活動する下働きであった。


「黙れ!使用人(ディーナー)ごときが、口を挟めると思ったか痴れ者め!」

「……は、差し出がましい口を……申し訳ありません」


 だがザラに一喝され、彼は縮こまって恐縮する。


「ね、ねえザラ。そのふたりの紹介がまだなんだけど……」


 おずおずと紗矢も口を差し挟む。彼の脇にはもうひとり、紗矢とあまり変わらぬ背丈の女性が控えていた。こちらも彼と同じく使用人の作業衣をまとっているが、彼ほど傷だらけではない。じっと傅いたまま微動だにせず、目も伏せたままで言葉も発しない。

 ふたりとも、紗矢にとっては初対面の相手だ。


「……そうだな、貴様もこいつらと同じく使用人からやり直してみるか?」

「えっ、い、いえ……その、」


 完全に藪蛇である。紗矢は黙り込むしかなかった。


「お腹立ちはもっともかと存じますが、ザラ様。事は火急の件でございますので……」


 恐縮しつつも、男の方が再びザラに具申する。ザラはまだ怒りが収まらない様子だったが、やがて苛立たしそうに紗矢に正座を解くよう命じた。それでようやく紗矢もソファに座り直す。


「お初にお目にかかります、紗矢様。私どもは総持(そうじ)様の手駒としてお仕えさせて頂いておりました。私はドゥンケル、こちらは姉のリヒトと申します。どうかお見知り置きのほどを」


((リヒト)(ドゥンケル)、ね……)


 ソファに座り直して、臑をさすりながら紗矢は黙って彼の口上を聞く。彼らの名前は本名ではなく、いわゆるコードネームだ。

 彼らのような魔術使用人は賤民出身者や罪人が多く、満足に名前も与えられないのが普通だ。一族の魔術師たちの身の回りの雑用から戦闘の補助、汚れ仕事まで何でもこなし、いざとなれば使い捨てられる、便利な駒として扱われるのが当たり前だった。

 おそらく彼の身体の傷もそのような酷使で付いたものだろう。普通ならばどこかでとうに死んでいてもおかしくなかったはずだ。


「我ら姉弟、いみじくも総持様に拾って頂き、大変良くして頂きました。あの御方には御恩しかございません……」


 彼の声が震える。声だけでなく肩も震わせている。

跪き頭を垂れたままで顔が見えないが、もしや泣いているのだろうか。


「前置きが長い。手短に話せ」


 冷たい口調で突き放すザラの声も、心なしか湿っているように聞こえる。それを聞いて紗矢の心にも一抹の不安がよぎる。


「待って。お父様に仕える貴方達が、なぜここにいるの?」

「大変、申し訳ありません……総持様は、総持様は……」

「死んだ」


 言葉を詰まらせ、はっきりと言えないドゥンケルに代わって、ザラが一言でそう言い捨てた。


「…………なんですって?」

「聞こえなかったか。死んだ、と言ったんだ。

つまり紗矢、今日からお前が正式に黒森当主だということだ」


「ど、どういう事よ!?お父様がなぜ死ななければならないの!?」

「申し訳……ありません……」


 驚き、信じられないといった表情の紗矢。

 不機嫌さの中に無念さを滲ませるザラ。

 頭を垂れ肩を震わせて謝罪するドゥンケル。


 紗矢は気付かないが、リヒトの肩もまた小さく震えていた。


「総持様は、お父上は、本家の密命を受けてある霊遺物(アーティファクト)の行方を追っておられました。そしてその途上で死霊魔術師と戦闘になり、死力及ばず…」

「嘘よ!」


 ドゥンケルの言葉を遮り、立ち上がって紗矢が叫ぶ。

 その目が、声が、怒りに充ちている。


「お父様が、死霊魔術師ごとき(・・・)に倒されたですって!?そんなことある訳ないじゃない!本家の最高戦力なのよ!?

そんなあっさりと、そう簡単に……死ぬわけ、ないじゃない!」


 言葉の途中から、少しずつ、紗矢の声が震えていく。この場の誰も何一つ嘘をついていないことくらい、紗矢にも分かるのだ。


「死霊魔術師には、血鬼が後ろ盾に付いていたようでな」


 無念そうな声でザラが付け加える。


「なん、ですって……!?」


 紗矢が驚くのも無理はなかった。いわゆる吸血魔(ヴァンパイア)と呼ばれる存在は、闇の眷族の中でも悪魔や魔神にもっとも近しい恐るべき存在である。

 中でも最上位種である血祖(ノスフェラトゥ)は、ひとたびその存在が確認されるや〈協会〉が総力を挙げて討伐隊を組織し、ただちに殲滅が実行されるほどの危険な存在であった。血鬼(マカブル)はその血祖に次ぐ上位種とされ、血祖ほどではなくとも魔術師にとっては脅威であり、通常は魔術師が単独で相対できるような存在ではない。

 それほどの脅威を前に、総持はただひとり立ち向かったという。いかに彼が高い能力を有していようとも、それは無謀な挑戦と言えた。


「協会は一体何をしていたの!?血鬼なんて協会が討伐部隊を組むような案件じゃないの!」

「本家の密命だと言っただろう。どうも本家はその霊遺物を秘密裏に入手したかったようだ。それにどうやらその血鬼は未知の存在のようでな」

「だからって!だからってお父様おひとりに……そんな……」


 そこまで言って、紗矢はふと気付く。


「待って、まさか……アルが……?」

「本家の指示だ、と言ったぞ。

そして総持が指示を受けたのは半年前だ」


「ウソ……!」


 アルフレートは本家当主に就任してもう10年になる。半年前の決定に彼が関わっていないというのは有り得なかった。つまり彼は、最初から全部知っていたのだ。

 そして紗矢は唐突に、先日の通信の際に彼の顔によぎったものを思い出す。もしやあの時すでに総持と血鬼が戦闘に入っていて、本家からも連絡が途絶していたのではないのか。


「なん、で…………どうしてなの、アル……」

「アルフレートが何を思っているかはこの際後回しだ。今問題なのは紗矢、お前が未熟なままで黒森当主を継がねばならんということだ」


 確かにザラの言うとおりだった。ろくに初陣も済ませないままに、紗矢はシュヴァルツヴァルトを支える三大分家の筆頭たる黒森家の当主を継がなくてはならないのだ。

 このままでは黒森家の弱体化と地位低下は免れない。だからこそ腑抜けた立ち回りで敵に翻弄され、あまつさえ見逃されておめおめと戻ってきた紗矢に対して、ザラがあれほど怒っていたのだった。

 ザラはヴァイスヴァルトの人間ではあるが、今は魔術メイドとして黒森側に属している。だからザラとて黒森の家勢が衰えるのは都合が悪い。そして何より、紗矢を一人前の魔術師にすることがザラの使命であり、かつての師匠でもあった総持との約束だったのだ。


「お前はもう“黒森当主の娘”ではない。黒森当主なのだ。だからもうこの先は一切、無様な戦いはできん。そして早速お前には試練が待っている。その暗黒の魔力を纏った魔術師とやらから、この土地を守るのは当主たるお前の務めなのだぞ。

それを脳裏に、霊核に、魂に深く刻め。この先どんな時も、飯時だろうと就寝中だろうと一分一秒たりとも忘れるな」


 今までにない真剣な表情で、ザラが覚悟を迫ってくる。その灰色の眼差しに射竦められて、紗矢も事の重大さを実感する。


「……そうね、そうだわ。私がしっかりしないと、お父様もきっと安心できないもの。

ええ、私は貴女とお父様に誓って、必ず黒森の名に相応しい当主になってみせるわ。すぐに完璧とはいかないかも知れないけれど、でももう二度と油断はしない。だから見ていてザラ。きっとやり遂げて見せるわ」


「その意気だ。期待しているぞ」


 真剣な眼差しで覚悟を誓う紗矢を見て、ようやくザラの表情にも少しだけ笑顔が浮かぶのだった。







総持さん、散々持ち上げといて登場前にご退場です。スマヌ。

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