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01-02.情報交換



「あ、黒森。ちょっといいか?」


 休み時間、絢人は黒森紗矢の姿を見かけて呼び止めた。

 片腕で抱き込めてしまえそうなほど細い腰。腕も脚も首筋もその腰に見合う細さで、掴んだだけで折れそうなほど華奢だが病的に痩せているわけではなく、女性らしい丸みと膨らみはしっかりとした健康的なボディラインを描いている。腰まで伸びた艶やかな黒髪に長い睫毛、切れ長の目の中に浮かぶ漆黒の瞳、そして絹のような輝く白皙の肌は美術の教科書で見た女神像の彫刻を思わせる。

 その少女はおよそ、人間とは思えないほどの美しさを備えていた。なるほど去年の学園祭のミスコンテストで大差で優勝したのも肯ける。


「太刀洗くん?なんの御用かしら?」


 その愛らしい小さな薄い唇から発する声までが美しい。大学で声楽を専攻していたという音楽の本渡(ほんど)先生が大絶賛して、音楽大学への進学をしきりに薦めているという噂も、あながち嘘ではないだろう。


「いや、今朝ちょっと気になったんだけど、お前んち誰も来なかったよな?朝6時半過ぎくらい」

「そんなに朝早くから来客なんてありません」


 彼女はやや不機嫌そうにつれない返答を返す。


「そっか、ならいいんだ。忘れてくれ」


 それがいつもの彼女だったので、絢人は気にもとめずに詫びて立ち去ろうとする。


「……なにか、ご覧になったのかしら?」


 すると今度は彼女の方から呼び止めてきた。いつもならそのまま終わりになるところだが、珍しいこともあったものだ。


「ああ、いや、今朝その時間にお前んちの方に登ってく人とすれ違ったからさ。見たことない人だったし、近所の人じゃなくて誰かの家を訪ねてったのかも、って思っただけだよ」

「その話、少し詳しく聞かせて下さる?」


 今日の彼女は妙に食いつきがいいな。普段ならこんなに話すことも稀なのに。不思議に思いつつも、絢人は朝見かけた謎の人物のことを手短に紗矢に説明する。


「……そう。憶測でものを言うものではないけれど、もしかすると最近言われている空き巣の下見なのかも知れないわね。ありがとう、少し気をつけておきますわ」

「あー、うん。そうかもな。うちも母さんに言っとかないと」

「では、ごきげんよう」


 それだけ言って軽く会釈すると、彼女はそのまま自分の教室へと入っていった。


「おい太刀洗。ナンパならもう少しスマートにやらんと、彼女には何も響いとらんぞ」

「……行動の全てがエロに結びついとるお前と一緒にすんなよな稲築」


 後ろから声をかけてきた大柄な同級生の言葉をピシャリと一蹴すると、絢人はそのままトイレに歩いていった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「あ、黒森。ちょっといいか?」


 呼び止められて黒森紗矢が顔を向けると、同級生の太刀洗絢人がこちらを見て立っている。

 男子らしいがっしりとした体つきは、剣道部のレギュラーだというから同級生の中でもかなり鍛えている方だろう。だがそれ以外には特に目立ったところはない。取り立てて美男子(イケメン)というわけでもなく、スラリと長身なわけでもなく、素晴らしい美声の持ち主というわけでもない。

 どこにでもいるごく普通の男子高校生、それが彼の印象だった。

 ただ、彼とは去年ちょっとした縁があって、それで同級生男子の中では比較的よく話す方だ。それでも普段は声をかけることも、かけられる事もない。ないのだが、他の同級生や先輩たちのように欲望丸出しの視線を投げつけてきたり告白してきたりする事がないので、その意味ではよほど好ましい。


「太刀洗くん?なんの御用かしら?」


 急に声をかけられて少しだけドキリとして、それがつい声に出てしまう。いけない、彼を不快にさせてしまったかしら、と思ったがもう遅い。


「いや、今朝ちょっと気になったんだけど、お前んち誰も来なかったよな?朝6時半過ぎくらい」


 朝6時半と言えば、彼女はまだダイニングでメイドのザラが用意した朝食を摂っていた時間だ。それから父の経営する不動産会社の決済書類に不在の父に代わって目を通し、登校の準備をして家を出たのが7時過ぎだった。

 その間、(やしき)に訪問客などひとりも来なかった。早朝なのだから当然だ。


「そんなに朝早くから来客なんてありません」


 ああ、また声が不機嫌になってしまったわ。なぜ彼と話すと、ついこんな口調になってしまうのかしら。少しだけ自己嫌悪に陥りつつも、なかなか自分では矯正できない紗矢である。


「そっか、ならいいんだ。忘れてくれ」


 一方の絢人は全く気にした様子はない。ないのだが、それに甘えてしまうわけにもいかない。かといって馴れ馴れしい口調になるのもどうかと思うし、加減が難しいところだ。


 ふと、紗矢は絢人のその姿に違和感を覚えた。

 彼の身体が、ごくわずかに魔力の残滓を帯びている。今までそんな事などただの一度もなかったのに。


「……なにか、ご覧になったのかしら?」


 それが気になって、立ち去ろうとする彼をつい呼び止める。

 何事もなければいいが、もしも魔術に関連する何かに彼が巻き込まれているのであれば助けてあげないと。それを助けられるのは、この学校で唯一の魔術師である自分だけなのだから。


「ああ、いや、今朝その時間にお前んちの方に登ってく人とすれ違ったからさ。見たことない人だったし、近所の人じゃなくて誰かの家を訪ねてったのかも、って思っただけだよ」


 彼は知らない人を見かけたという。もしもそれが魔術師で、魔力を帯びた視線を彼に投げつけたのだとすれば、彼の身に残滓がまとわり付くことも充分に考えられる。もしそうだとすれば…


「その話、少し詳しく聞かせて下さる?」


 調査の必要がある。そのためにはまず目撃者である彼自身から詳しく聞き取らないと。


 絢人は紗矢に朝見たふたり連れのことを語って聞かせる。といっても絢人に伝えられるのは風体だけでそれ以外の特徴は何も分からないし、時間にして1分強の出来事だったからそれ以上話せることもない。だがその少ない情報だけで紗矢はそのふたりが魔術師であろうとほぼ断定する。


 紗矢のように一般社会で暮らす魔術師は基本的に社会に上手く溶け込んでいて、魔術師同士でもなければまず見抜けない。だが魔術師とは本来は人目を避けて一般社会と隔絶して生活しているもので、どこか浮き世離れしているものだ。それが何らかの事情で人間社会に出て来ざるを得なくなった時には、変装のつもりで往々にして悪目立ちする格好をしてしまう事がある。

 おそらく、そのふたりもそういう事なのだろう。それで目立って彼の目に止まったのだ。そしてそういう流れの魔術師が、代々この地を支配する魔術師の家系である黒森家の土地にやってきておいて挨拶にも来ないというのは考えづらい。

 であれば、今日のうちにでも訪問があるはずだ。それがなければ黒森家を敵に回すことになるのだから、その時は容赦はしない。


「……そう。憶測でものを言うものではないけれど、もしかすると最近言われている空き巣の下見なのかも知れないわね。ありがとう、少し気をつけておきますわ」


 当たり障りのないことを言って、紗矢はその場を取り繕う。彼の身から感じる残滓からは邪悪なものを感じないので、喫緊の危険はないと判断してもいいだろう。少なくとも10日前、新入生の入学式当日に感じたあの悍ましい魔力に比べれば、よほど安穏としていられるはずだ。


「あー、うん。そうかもな。うちも母さんに言っとかないと」

「では、ごきげんよう」


 それで会話を打ち切って、紗矢は自分の教室へと戻っていく。とりあえず今日は普通に学校生活を送っても問題ないだろう。日中に訪問があったとしても、やはり魔術師であるメイドのザラがいるから対応してくれるはずだ。







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― 新着の感想 ―
[一言] あらすじの内容読めるのが先か、年越しが先か... 「彼だけが、気付いてしまった」から来ました! 続きを心待ちにしてます!
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