00-19.後日談
放課後、紗矢は美郷と緑と柚月を改めて屋上に呼び出して、全て終わったことを告げた。
昼休みに理に武道館裏に呼び出されたこと、緑を使って身辺を探っていたことがバレていたこと、そして話を聞き出した結果、理は検索しただけで怖くなって魔術なんて使わなかったし、佐土原先生が亡くなったのは単なる偶然だったことなど、みなに語って聞かせた。
もちろんこれは、紗矢が[貼付]で作った記憶だ。理はもう、この記憶しか持っていないはずだった。
佐土原のことに言及したのは、理が佐土原の担任していた四組の生徒だったからだ。美郷たちが佐土原の死に関して理を疑っているようだったから、それでわざわざ言及したわけだ。
「しかしまあ、何事もなくて良かったよ。あいつが黒魔術なんて検索してると聞いた時にはどうなることかと思ったけど」
「…で、何故また太刀洗くんがここにいるのかしら?」
「えっ、だって美郷が来いって…」
「またなの?ていうか小石原くんの検索履歴の話までどうして彼が知ってるの?ねえ美郷、誰にも話さないようにって言ったわよね?」
「…だって、その、さ。
絢人にも教えてあげないと、やっぱ仲間外れは可哀想じゃん…」
ややもじもじしながら美郷が言い訳をする。だが紗矢にだって美郷が話した意味は分からないでもない。昼休み、三階に上がっていった2人を彼女は見ていたのだから。
おそらく絢人は屋上でフラッシュバックに怯える美郷を落ち着かせてやり、美郷はそのお礼代わりに情報をリークしたのだろう。元々、最初に彼にも話を聞いていたのだから、その意味で彼にも情報を渡すのは正当なことのはずだった。
「…まあいいわ。結果的に何事もなかったのだから」
ため息をつきつつも、そう言って収めるしかない紗矢である。むしろ今回のことでふたりの距離が縮まれば、結果オーライかもしれなかった。
「先輩にお兄ちゃんが武道館裏で倒れてるって聞いたときはホントびっくりしましたけど、あれって、なんでお兄ちゃん気絶してたんですか?」
「ああ、それはね。彼ったら意外と肝が小さくて。黒魔術に関する噂を色々聞かせてあげたら怖くなって失神しちゃったのよ」
もちろんデタラメであったが、何故あんなところで失神してたのかの記憶なんて植え付けてないから何とでも言えた。
「…噂って、どんな噂があるんだよ」
「ええと、ほら、『人を呪わば穴二つ』って言うじゃない?気に食わないやつをみんな呪い殺してやるとか言うから、呪いは呪った分だけ自分にも跳ね返ってくるとか、そういう話をしてあげたの」
(へえ~。紗矢ってば意外とそういう話に興味あるんだ)
(黒森先輩って、もしかして怖い話好きなのかな?)
(黒森って真面目なやつだと思ってたけど、意外とオカルト好きそうだな)
美郷と柚月と絢人が三人三様に同じ事を考えている顔をしていたが、紗矢はそれには気付かない。
(でも先輩、気付いてないみたいだから黙っとこうっと)
そして緑に気遣われていることにも気付かないのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「しかしまあ、アレだな。小僧の恐怖に怯えて涙でグシャグシャになった顔は傑作だったな。お前もなかなか堂に入った演技だったぞ。褒めてやる」
帰宅するなり、ザラが上機嫌である。
「え、えっと、私上手く演じられていたかしら?」
やや照れながらも紗矢は聞き返す。
「ああ、なかなかの名演技だった。
惜しむらくは、ヤツがそれを憶えていないことが残念だがな」
「……………あーーーーっ!」
ザラにそう言われて紗矢はようやく気付く。理が纏っていた暗黒の魔力にあれだけ怯えさせられた意趣返しにとわざわざ“恐ろしい魔術師”を演じたというのに、それを自分で[貼付]して全部無かったことにしてしまったのだ。
「そ、そんな…ちょっと待って…私の苦労って一体…。
いえそれよりも、このままだと私ひとりが無様を晒してしまった事になるじゃないの!ウソでしょ、そんなのダメよ!やり直しを要求するわ!」
「あっはっは、諦めろ。もう決着したことだ」
ザラが珍しく声を上げて笑うものだから、ますます紗矢は面白くない。面白くないが、確かに彼女の言うとおり、もうどうしようもないのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後、理はしばらくは嘘のように大人しかった。
彼は紗矢の姿を見るたびに何かがフラッシュバックするようで逃げ出すようになり、逆に『黒森さんが小石原くんに何かしたらしい』という噂すら一部で囁かれるようになってしまった。
紗矢は何とか訂正したいと思ったが、困ったことにほぼ事実だったし、これ以上下手に騒ぎ立てては誤解を上積みしかねないので渋々ながら沈黙を貫き通した。
「いや、本当に良くやってくれた。アイツが大人しいってだけでこんなにも学校生活が平和になるとは思ってもみなかったよ。
どうだ、やっぱり次期生徒会長選挙に立候補しないか?僕が全力で応援演説するから」
「お断りしますと言ったはずです!
だいたい私、彼には何もしてませんから!」
だが宝珠山生徒会長に対してだけは全力で否定を入れる紗矢であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『やあサーヤ。その後の状況はどうだい?』
黒森邸地下、当主専用の魔術工房にて紗矢はシュヴァルツヴァルト城への直通の魔術通信を開いている。今回もアルフレートは直接応対してきた。
ホントにもう、どれだけ私のこと好きなのよ。
そう呆れつつも、まんざら悪い気分でもない紗矢である。
「解決したわ。その報告をと思って」
『そうか、それは良かった。では詳細を聞こうか』
そして紗矢は詳細に報告する。結局のところイレギュラーな単発事件でしかなく再発の恐れもほぼないだろうこと、危惧したような闇の眷族の侵攻などの兆候はないこと、紗矢自身がひとりで対処できてザラにも褒められたことなど、ある意味言わなくていい事まで彼女は全て語った。
『そうか、サーヤがひとりでね。
うん、それでこそ僕の花嫁に相応しいよ』
「だからあなたの嫁になんてなりませんけど!?」
どうもこの従兄と話していると7年前に戻ったような気分になる。あの頃は城内の専門の家庭教師に付いて勉学や魔術を学び、それ以外の時間はほとんど常に彼と一緒に過ごしていたのだ。年々開いていく彼との絶望的な能力差に内心打ちひしがれながらも、他愛もない下らない馬鹿話をして彼と笑い合う時間こそが、あの頃の紗矢にとってはかけがえのない安らぎの時間だったのだ。
だがもうあの頃には戻れない。アルフレートはすでに本家当主の座を継いで、紗矢は黒森の次期当主が決まっている。彼とは今後は本家当主と分家当主として、駆け引きを含めた魑魅魍魎の化かし合いの関係になっていくのだ。
それが少し寂しくもあり、また楽しみにもなりつつあった。
「…結局、腐れ縁なのよね」
『ん?何か言ったかい?』
「なーんでもないわよ。でね、インターネットの黒魔術テキストの件なんだけど…」
『ああ、それは〈力の塔〉の騎師たちが対応しているから、早晩根絶されると思うよ。それさえなくなれば、サーヤのところも心配いらなくなる』
「ええ、そうね。そう願うばかりだわ」
アルフレートや総持が所属するのは〈魔術協会〉の中にある3つの派閥のひとつ、〈知識の塔〉である。そして実力部隊である騎師たちが所属するのは〈力の塔〉であった。
つまりこの件に関して、指揮系統が異なるので紗矢はもちろんアルフレートでさえも騎師に対して権限を行使できない。成り行きを見守ることしかできないのだ。
「ちゃんと根絶を確認できたら、その時には報告を頂けるように要請できないかしら?」
『ああ、それは可能だと思うよ。我が一族の支配地で実際に事件が起きたのだから、そのくらいは要求できるだろうね』
「そう、ではよろしくお願いするわ」
『分かった。報告は以上かい?』
「以上だけど、お父様にもお知らせしておいてもらえる?」
『もちろん。先日の件ももう伝えてあるし、折り返しが間に合わなかったけど、サーヤとザラなら自分の指示など必要ないとも言っていたよ。サーヤがひとりで解決したって聞けば、きっとソージも喜ぶだろうね』
父が喜ぶと聞けば、紗矢も嬉しい。恥ずかしくて誰にも明かしていないが、彼女は子供の頃に母親を病で亡くしたこともあって、父親に甘えたがる面があった。
生きている肉親がもはや父親だけなのだから無理もない事ではあったが、今の紗矢のモチベーションは、何とか父に認められたい、褒められたい、その一心で維持されていたのだった。
「うん、ありがとう、アル。
それじゃ、また何かあったら通信を入れるわ」
『分かった。次は婚約式と婚約披露の打ち合わせかな』
「だからアンタとは結婚しないっつってんでしょーが!」
ブツッ。
「ああもう、何なのよ毎回毎回!しつこいっつうのよ!
もう絶対通信なんて入れてやらないから!」
せっかく良い気分だったのにいつものごとく台無しにされ、腹立ち紛れに通信を強制終了してからもしばらくは怒りが収まらない紗矢であった。
「…ホントはわたしだってそうしたいんだからね…バカ…」
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