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縁(えにし)の旋舞曲(ロンド)【Fabula Magia 魔術師の世界の物語】  作者: 杜野秋人
【序章3】とある女子高生の3日間
28/87

00-18.決着



「貴方、“人を呪う”ということがどういう事か解ってるのかしら?呪詛はね、対象の命とともに発した者の命も奪い去る恐ろしい術なのよ!?」

「し、知らなかったんだ、オレは何も知らなかったんだ!」

「貴方が知っていたかどうかなんて関係ないのよ。呪った(・・・)事実は(・・・)もう(・・)覆らない(・・・・)のだから、覚悟を決めなさいな」


 理の顔が恐怖を通り越して絶望に歪む。そして彼は、ポケットから折り畳みナイフを取り出した。震える手で刃を出し、それを紗矢に向ける。

 それを見て、紗矢の心も氷点下に達した。


「まだ解らないようね。人を殺すつもりなら、自分も殺される覚悟が必要だということが」

「うっ、うわああああああああ!!」


 叫び声を上げ、デタラメにナイフを振り回して理が突っ込んでくる。その額にピシリと何かが当たり、彼はそれだけで腰が砕けてその場に座り込む。紗矢が可能な限り威力を抑えた放射魔術の[投射]の術式で彼の額を撃ったのだ。怪我さえも負わない威力だったが、彼は魂が抜けたように動かない。

 その目の前、約2メートルほどの間を取って紗矢が仁王立ちになる。


「佐土原みたいなクズでもね、死ぬと悲しむ人がいるのよ。そしてそれは貴方みたいな情けない男でも同じこと。

だからね、今回だけは特別に見逃してあげるわ」


 見逃してやる、と言われたのが聞こえたのかどうか。顔面蒼白になって涙でグシャグシャだった顔にわずかに生気が戻ってくる。


「だけど、ただでは帰さないわ。今日ここまでのこと、全て忘れてもらうから。それが条件よ」

「わす…れる…?」


 紗矢はそれにはもう返答せずに霊炉(エンジン)を回す。霊力(オド)が生成され、対応する霊痕(ステイグマ)が赤く光る。ただしそれは服の下のことなので理には見えていない。

 理の額に小さな魔術陣が浮かび上がる。それはあっという間に彼の全身に広がり覆い尽くして、脳の中にまで張り巡らされてゆく。そして大脳辺縁系の海馬に達すると、魔術に関する記憶だけを彼の脳から見つけ出し、その部分だけ紗矢が術式で作った偽りの(・・・)記憶(・・)を貼り付けてゆく。付与魔術の[貼付]の術式だ。

 魔術師はこうして記憶を改竄し、新たな記憶を植え付けて不都合な事実を忘れさせるのだ。つまりこれこそが、今まで魔術師がただのひとりも発覚していない真の理由なのであった。



 術式が終わり、理は精神的な負担が限界を越えたようで意識を失って倒れ込む。脳を直接いじられるのだから常人が正気を保っていられるはずもないのだ。そして目が覚めた時には、新しく貼り付けられた記憶が根付いているという寸法である。

 理が意識を失ったのを確認して、紗矢は後ろを振り返る。


「これで良かったかしら、ザラ?」


 すると結界の中、紗矢の真後ろの空間が歪む。そこに姿を現したのはメイド服姿のままのザラである。


「気付いていたとは、なかなか上達したじゃないか紗矢」

「気付いてなんかないわ、まだまだあなたには全然敵わないもの。でもあなたの事だから、万が一に備えて必ず来てくれてると思っただけ」

「フッ。行動を読まれるとは、私も少し焼きが回ったかも知れんな。

だが、まあいい。終始冷静に事を運び、最後まで対応も処置も完璧だったぞ。[遮界]を解く前に私に声をかけたことも含めてな」


 満点をもらえて、少しだけ鼻が高い紗矢である。


「最初に相対するまではちょっと不安だったわ。彼が“暗黒の魔力”を纏ったままだったら正直どうなるか解らなかった。もしそうだったら、あなたとの約束も破っちゃうことになってたものね。でも、それがなかったから後は簡単だったわ。

だけど、少し疲れたわね。こんなんじゃ初陣とも呼べないけれど、この程度で疲れてたら先が思いやられるわ」


 肩に手を置き、首筋を伸ばしながら紗矢は反省を口にする。

 相手は魔術師ですらない素人で、魔術を用いたまともな戦闘さえなかったのに、紗矢の心身は緊張からくる疲労を覚えている。戦いとは、命をかけて戦うということは、やはりそれだけ心身に負担をかけるのだ。

 そして自分は、これから先ずっと魔術で敵と戦いながら生きていかねばならない。それを思えば少しだけ不安になる紗矢である。


「反省点まで的確に解っているのなら、私からは何も言うことはない。

さて、私は洗濯の続きをせねばならんから帰るぞ。お前も教室へ戻れ」


 満足そうに笑みを浮かべてそう言い残し、ザラはあっという間に消えてしまった。魔力の残滓が全く感じられないあたりは流石と言うしかなかった。

 あるいは、あれが噂に聞く[瞬歩]というやつなのだろうか。ザラが魔術だけでなく躯術も修めているという噂が本当なら、きっと[瞬歩]も使えるはずだろう。


 だが紗矢は気付いていない。ザラが帰ったと見せかけて実は姿と気配を再び消しただけだということに。[遮界]は[方陣]と組み合わせれば内外の出入りさえ封じるのだから、紗矢の技量を持ってすればザラでさえ解除されない限りは出入りができなくなるのだ。

 つまりザラは[遮界]に取り込まれる前から紗矢のすぐ後ろに来ていて、そして[遮界]に取り込まれただけなのだ。それに気付かないのは、やはり紗矢が未熟な証拠であった。



 紗矢が腕時計を確認すると、そろそろ昼休みも終わろうかというところだった。後は[遮界]を解いて誰かをここに呼び出せば済む。

 少し迷ったが、紗矢は緑を呼び出した。絢人と美郷は屋上にいるはずだったし、柚月に任せるのは少し違う気がしたのだ。そして自身の身だけに[遮界]を残したままで場を離れ、適当な物陰でそれを解くと昇降口の方へと歩いていった。もちろん、使った魔術の残滓を消すことも忘れなかった。







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